第九話 初めてのわがまま
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
次の日。
リリアナは朝から機嫌が悪かった。
自覚はあった。
だから余計に気分が悪い。
***
教室へ入る。
レオは既に席にいた。
何かの資料を読んでいる。
最近ずっとそうだ。
授業の合間も。
休み時間も。
王都へ行く馬車の中でも。
たぶん。
私の知らない場所でも。
ずっと。
前へ進んでいる。
「おはようございます」
レオが顔を上げる。
「おはよう」
短い会話。
それだけ。
以前なら。
もっと自然に話せた気がする。
***
昼休み。
レオはまた囲まれていた。
「本当なのか?」
アレクシスが聞いている。
「何がですか」
「騎士団の件」
「まだ途中です」
「否定しねぇのか」
周囲が笑う。
リリアナは少し離れた場所から見ていた。
遠い。
距離ではない。
何かが。
昔よりずっと。
***
放課後。
鐘が鳴る。
レオが立ち上がる。
「失礼します」
まただ。
戻ってきてからいつもそう。
王都。
仕事。
課題。
その繰り返し。
気付いた時には。
「待ちなさい」
声が出ていた。
教室が静まる。
レオも止まる。
「お嬢様?」
自分でも驚いた。
皆も驚いている。
ルイーゼまで目を丸くしていた。
でも。
止められなかった。
「今日は行かないで」
言った瞬間。
教室が凍り付いた。
私も固まる。
何を言っているのだろう。
レオが一番驚いていた。
「えっと……」
珍しく困っている。
それでも私は視線を逸らさなかった。
「今日だけでいいから」
声が小さくなる。
「少しくらい学院にいてもいいでしょう」
沈黙。
誰も喋らない。
アレクシスでさえ。
レオはしばらく考えていた。
本当にしばらく。
やがて。
「分かりました」
小さく頷いた。
「今日だけ」
それだけで。
胸の奥が少し軽くなる。
そんな自分に気付きたくなかった。
***
夕暮れ。
二人は学院の中庭を歩いていた。
特別なことは何もない。
話す内容も大したことじゃない。
授業の話。
ルイーゼの話。
アレクシスの話。
そんなものばかり。
なのに。
楽しかった。
驚くほど。
「最近のお嬢様は変わりましたね」
レオが言った。
「そうかしら」
「はい」
少し笑う。
「昔はそんなわがまま言いませんでした」
リリアナは足を止めた。
わがまま。
確かにそうだ。
今までの私は。
公爵令嬢だった。
やるべきことをやる。
我慢する。
当たり前だった。
でも今は。
少しくらい。
我慢したくなかった。
「たまにはいいでしょう」
そう答える。
レオは目を丸くした後。
少しだけ笑った。
「はい」
夕日が二人を照らしていた。
昔は。
追いかけていたのはレオだった。
今は違う。
今日。
初めて。
リリアナは自分のわがままで。
レオを引き留めた。
それが少しだけ嬉しかった。
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