第五話 前夜
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
婚約者候補との正式な顔合わせまであと一日。
リリアナは学院へ向かっていた。
馬車の窓から流れる景色を見る。
何も考えない。
何も期待しない。
そう決めた。
***
教室へ入る。
「おはようございますわ」
ルイーゼが声を掛ける。
「おはよう」
「明日ですわね」
その言葉だけで分かった。
婚約者候補の話。
「ええ」
それ以上の言葉はなかった。
ルイーゼも何も言わない。
最近は誰も深く聞こうとしない。
私が話したがらないと分かっているから。
***
授業が始まる。
窓際の席は今日も空だった。
一か月以上。
誰も座っていない席。
最初は気になった。
今も気になる。
でも。
見ないようにするのは上手くなった。
ただ時々。
視界の端に入るだけだ。
***
放課後。
アレクシスが近付いてくる。
「また顔合わせか」
「ええ」
「そうか」
短い返事。
それだけだった。
少し前のアレクシスなら。
もっと何か言っただろう。
でも今は違う。
皆気付いている。
何を言っても私は変わらないと。
「お前さ」
アレクシスが珍しく言葉を続けた。
「楽しいか?」
私は少し考えた。
考えて。
「分からないわ」
そう答えた。
本当に分からなかった。
最近。
嬉しいも。
楽しいも。
よく分からなくなっている。
アレクシスは何も言わなかった。
小さくため息を吐いただけだった。
***
屋敷へ戻る。
夕食。
父も母もいた。
珍しいことではない。
でも今日の食卓は妙に静かだった。
「明日だな」
父が言う。
「はい」
「準備はしておきなさい」
「分かりました」
会話は終わる。
それだけだった。
昔なら。
もっと緊張したと思う。
不安になったと思う。
でも今は違う。
何も感じない。
ただ。
早く終わればいいと思った。
***
夜。
部屋へ戻る。
机の上には青いペンダント。
自然と手が伸びる。
冷たい感触。
「もう終わったことよ」
小さく呟く。
返事はない。
当然だった。
ペンダントが返事をするはずもない。
ベッドへ座る。
窓の外を見る。
夜空だった。
明日。
未来の婚約者と会う。
きっと立派な人だろう。
父が認めるほどなのだから。
だからそれでいい。
それで。
全部終わる。
そう思いながら目を閉じる。
***
その夜。
リリアナの夢には。
最後まで一度も。
婚約者候補の顔は現れなかった。
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