第十九話 婚約者候補
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
誕生日会から三日後。
私は父に呼び出された。
珍しいことではない。
公爵家の人間としての話はよくある。
でも。
なぜか嫌な予感がした。
***
執務室の扉を叩く。
「入りなさい」
重い声。
「失礼します」
部屋へ入る。
父は机に座っていた。
書類を読んでいる。
私が来てもすぐには顔を上げなかった。
それだけで分かる。
仕事の話だ。
そして。
あまり良い話ではない。
「リリアナ」
「はい」
父がゆっくり顔を上げる。
「お前も十五だ」
私は黙った。
話の続きを理解してしまったから。
「そろそろ婚約者候補を決める」
静かだった。
あまりにも静かで。
だからこそ重かった。
私は何も言えない。
言葉が出てこない。
「異論はあるか」
「……ありません」
公爵令嬢だ。
分かっていた。
いつか来る。
当然の話だ。
でも。
こんなに早いとは思わなかった。
「候補者の選定は既に始めている」
父は淡々と続ける。
「侯爵家」
「公爵家」
「王城関係者」
並ぶ名前。
どれも優秀だろう。
どれも立派だろう。
政治的にも正しい。
だからこそ。
胸が苦しかった。
「しばらくは顔合わせも増える」
「分かりました」
「以上だ」
会話は終わった。
私は一礼する。
そして部屋を出た。
廊下を歩く。
足が重い。
理由は分かっている。
認めたくないだけで。
***
学院へ向かう馬車の中。
窓の外を見る。
何も考えたくなかった。
それなのに。
一人の顔が浮かぶ。
レオだった。
意味なんてない。
関係ない。
そう思うのに。
頭から離れなかった。
***
学院へ着く。
教室へ入る。
「おはようございます」
レオだった。
いつも通り。
本当にいつも通り。
「おはよう」
私は席へ座る。
レオも隣へ座る。
「お嬢様」
「なに?」
「誕生日会は楽しかったですか?」
楽しそうに聞いてくる。
私は少しだけ視線を落とした。
「ええ」
「良かったです」
嬉しそうに笑った。
その顔を見ると。
余計に苦しくなる。
やめてほしい。
そんな顔をしないでほしい。
***
放課後。
「お嬢様」
レオが追いかけてくる。
「今日は訓練しませんか?」
いつもなら行く。
いつもなら。
「今日はやめておくわ」
レオが止まった。
「体調が悪いんですか?」
「違うわ」
「なら」
「少し用事があるの」
嘘だった。
ただ。
今は一緒にいたくなかった。
いると辛いから。
でも。
一緒にいたくないわけじゃない。
それが一番厄介だった。
「そうですか」
レオは素直に引き下がる。
そして笑う。
「また明日ですね」
「……ええ」
私は背を向ける。
歩き出す。
振り返らない。
振り返ったら。
きっと顔に出る。
だから振り返れなかった。
***
夕暮れの廊下を一人で歩く。
胸の奥が苦しい。
婚約者候補。
公爵令嬢。
家のため。
全部分かっている。
だからこそ。
何も知らずに笑っているレオを見るのが。
少しだけ辛かった。
お読み頂き、ありがとうございます。




