第三話 宣戦布告
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
昼休み。
私は教室の窓際で頭を抱えていた。
理由はもちろんレンである。
入学初日。
まだ半日しか経っていない。
それなのに既に疲れている。
「リリアナ様」
「なにかしら」
侯爵令嬢のルイーゼが遠慮がちに声をかけてくる。
「その……あの方とはどういうご関係で?」
聞かれると思った。
教室中が気になっている。
当然だ。
平民出身の特待生。
十三歳でAランク冒険者。
そして公爵令嬢へ堂々と話しかける。
注目されない方がおかしい。
「昔少しだけ話したことがあるの」
嘘ではない。
だいぶ省略しているだけで。
「幼馴染ですか?」
「違います」
「婚約者候補とか?」
「違います」
「恋人」
「違います」
思わず即答した。
ルイーゼが少しだけ残念そうな顔をする。
その反応は何なの。
すると教室の向こうから歓声が上がった。
「すごい!」
「本当にAランク冒険者なの!?」
「ドラゴンと戦ったことあるのか!?」
話題の中心はやはりレンだった。
男子も女子も集まっている。
そして当の本人は困った顔をしていた。
「ありません」
「え?」
「ドラゴンは戦ったことありません」
どうやら質問に答えているらしい。
「Aランクってどれくらい強いんだ?」
「分かりません」
「分からないのかよ!」
「測ったことがないので」
周囲が笑う。
レンは本気で答えている。
だから余計に面白い。
私はついその様子を見てしまった。
すると。
女子生徒の一人が言った。
「レン君って格好いいよね」
なぜか胸がもやっとした。
気のせいだろうか。
「強いし優しいし」
「確かに」
「意外と話しやすいし」
「平民って聞いてたからもっと怖いと思った」
レンは苦笑している。
やめてほしい。
そんな風に笑わないでほしい。
……いや。
別にやめてほしくないけど。
違う。
そうじゃない。
私は何を考えているのだろう。
その時だった。
「失礼」
教室の空気が変わった。
自然と人が道を開ける。
一人の少年が入ってきた。
銀髪。
整った顔立ち。
自信に満ちた立ち姿。
そして胸についた紋章。
王国有数の名門侯爵家。
アレクシス・フォン・ローゼン。
私も名前を知っている。
入学前から首席候補と呼ばれていた人物だ。
「初めまして」
アレクシスは真っ直ぐレンを見る。
「噂は聞いている」
「そうですか」
「アレクシス・フォン・ローゼンだ」
「レンです」
握手。
だが互いに笑っていない。
周囲も気付いたらしい。
静かになる。
アレクシスが言った。
「入学試験二位だったそうだな」
「そうらしいです」
「私は三位だった」
「そうですか」
「悔しかったよ」
レンは首を傾げた。
本当に意味が分からないらしい。
アレクシスは少し笑う。
「だから勝負しよう」
教室がざわついた。
「勝負?」
「当然だ」
アレクシスは堂々と言う。
「首席を懸けて」
おお、と声が上がる。
首席候補同士。
面白くないわけがない。
だがレンの反応は。
「構いません」
あっさりだった。
「勝った方が首席でいいと思います」
「面白い」
アレクシスが笑う。
初めて楽しそうな顔をした。
この二人。
案外気が合うのかもしれない。
そんなことを思った時だった。
「ところで」
アレクシスがこちらを見る。
嫌な予感。
「リリアナ嬢」
「なにかしら」
「放課後、お時間をいただけないだろうか」
教室がしんと静まった。
そして次の瞬間。
全員が察した。
私も察した。
これは。
間違いなく。
「学院生活も始まったばかりだ」
アレクシスが微笑む。
「ぜひ親睦を深めたい」
つまりお茶の誘いだ。
貴族社会ではよくあること。
問題はない。
ないのだが。
「……考えておきます」
無難に返す。
するとアレクシスは満足そうに頷いた。
「では返事を待っている」
そう言って席へ戻る。
途端に教室が騒がしくなった。
「ローゼン侯爵家だぞ」
「お似合いじゃないか?」
「将来有望だしな」
「家格も完璧だ」
全部聞こえている。
だから私は黙っていた。
そして何となく。
レンを見る。
彼は。
なぜか少し考え込んでいた。
珍しい。
初めて見る表情だった。
「どうしたの?」
気付けば聞いていた。
「いえ」
「なにか考えていたでしょう」
「少し」
レンは真面目な顔で答える。
「侯爵家の嫡男ですよね」
「そうね」
「強敵ですね」
ぶっ。
私はお茶を吹きそうになった。
「きょ、強敵!?」
「はい」
「何の話よ!」
「課題です」
当たり前のように言う。
「お嬢様と結婚するための」
教室が静まり返った。
全員が固まった。
私も固まった。
そして数秒後。
顔が熱くなる。
「な、ななななな!」
言葉が出てこない。
するとレンは首を傾げた。
「違うんですか?」
「違わないけど違うわ!」
「そうですか」
「そうよ!」
何がそうなのか自分でも分からない。
ただ一つだけ分かった。
この学院生活。
絶対に平穏には終わらない。
そんな予感しかしなかった。
お読み頂き、ありがとうございます。




