第二話 ありえない
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
入学式が終わった。
だが私の頭の中は何一つ入ってこなかった。
学院長の祝辞も。
教師達の紹介も。
すべて右から左へ流れていく。
理由は一つ。
数列前方。
平然と椅子に座っている黒髪の少年。
レオ。
三年前に告白してきた平民の男の子。
そして街一番の冒険者。
ありえない。
本当にありえない。
私は横目で彼を見る。
本人は真面目に話を聞いている。
まるで何事もなかったかのように。
(どうしてそんなに平然としているのよ……)
三年だ。
たった三年。
私は冒険者のことは詳しくない。
でも分かる。
普通じゃない。
絶対に普通じゃない。
すると隣に座る侯爵令嬢が小声で話しかけてきた。
「リリアナ様」
「なにかしら?」
「先ほどお話していた方をご存じなのですか?」
「え?」
「有名な方ですよ」
私は目を瞬いた。
「有名?」
「ご存じありませんの?」
逆に驚かれた。
そんなはずはない。
ついさっき再会したばかりなのだから。
「最近王都でもかなり話題になっていますわ」
「……どんな?」
「十三歳でAランク冒険者になったそうです」
危うく椅子から落ちそうになった。
「えっ!?」
思わず大きな声が出る。
周囲がこちらを見る。
「あ……」
私は慌てて口を押さえた。
「し、失礼しました」
侯爵令嬢は不思議そうな顔だ。
私は平静を装う。
だが内心は大混乱だった。
(Aランク!?)
街一番どころではない。
王国でも上位ではないのか。
どうなっているの。
本当に。
本当に何をしたら三年でそんなことになるの。
私が呆然としているうちに入学式は終わった。
***
教室へ移動する。
新入生用のクラス分け。
当然ながら成績順だ。
私は首席候補の一人として最上位クラスへ入る。
そこまでは知っていた。
問題は。
「同じクラスね」
「はい」
目の前にレンがいることだった。
彼は特待生席に座っている。
平民でも特例で入学できる制度。
ただし入学試験上位者のみ。
つまり。
「あなた」
「はい」
「試験順位は?」
「二位でした」
私は机に額をぶつけそうになった。
おかしい。
何もかもおかしい。
冒険者なのではなかったのか。
なぜ勉強までできるのか。
「ちなみに一位は?」
「リリアナ様です」
少しだけ安心した。
よかった。
そこだけは勝った。
そこだけは。
するとレンが素直に言う。
「流石です」
「当然よ」
つい胸を張る。
レンは本気で感心している顔だった。
少しだけ気分が良い。
ほんの少しだけ。
「ですが」
「なに?」
「次は勝ちます」
その一言で全部吹き飛んだ。
「は?」
「首席を取る課題ですので」
本気だった。
この人、本気で言っている。
私は額を押さえる。
「あなたね」
「はい」
「首席というのはそう簡単なものではないのよ?」
「分かっています」
「私は昔から家庭教師を付けられているの」
「存じています」
「王国でも最高レベルの教育を受けているわ」
「でしょうね」
「なら――」
「だからこそ首席を取る価値があります」
私は言葉を失った。
迷いがない。
見栄もない。
ただ目標を見ている。
それだけ。
(変わってない)
三年前と。
何も。
あまりにも真っ直ぐで。
少しだけ眩しい。
その時。
「おーい!レン!」
教室の扉が勢いよく開いた。
大柄な男子生徒が入ってくる。
「お前もう来てたのか!」
「来ていました」
「試験終わったら一緒に飯食う約束だったろ!」
「覚えています」
どうやら知り合いらしい。
大柄な少年は私に気付き固まった。
「うおっ」
それから慌てて頭を下げる。
「し、失礼いたしました!」
貴族だと気付いたらしい。
私は軽く頷く。
すると彼はレンへ顔を近づけた。
「しかしマジで同じクラスか」
「そうですね」
「お前の執念勝ちだな」
執念?
私は聞き逃さなかった。
「どういう意味かしら」
大柄な少年は固まった。
「え?」
「今の話よ」
「あ……」
しまった、という顔。
レンは無表情。
大柄な少年は観念したように頭を掻いた。
「いや、その……」
「話しなさい」
「レンが学院受験した理由です」
「理由?」
なぜだろう。
嫌な予感がする。
「こいつ三年前から」
やめろ、と言いたそうな顔をレンがした。
だが遅い。
「公爵令嬢に会うために勉強してたんです」
教室が静まり返った。
私は固まった。
「…………え?」
「街一番の冒険者になった後も、ずっと勉強してました」
「…………」
「会いに行くんだって」
「…………」
「絶対同じ学院に入るんだって」
顔が熱い。
理由は分からない。
でも熱い。
「レン」
「はい」
「本当なの?」
レンは少しだけ考えた。
そして。
「はい」
頷いた。
「お嬢様が学院へ入学されると聞いたので」
当然のように。
呼吸するように。
「一緒にいたかったので来ました」
私は机に突っ伏した。
もう駄目だ。
この人。
本当に駄目だ。
絶対に。
絶対に普通じゃない。
お読み頂き、ありがとうございます。




