第一話 本当に来た
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
三年なんてあっという間だ。
貴族学院の制服へ袖を通しながら、私は鏡の前で小さく息を吐いた。
今日から学院生活が始まる。
王国中の貴族子女が集う場所。
成績、教養、礼儀作法。
すべてが評価される世界。
「お嬢様、お綺麗です」
エミリーが嬉しそうに言う。
「ありがとう」
「流石、公爵家のご令嬢です」
「そんなことないわ」
そう返しながら髪を整える。
少しだけ緊張していた。
どんな人達と出会うのだろう。
どんな三年間になるのだろう。
「それでは参りましょう」
ヴァルの声に頷き、私は馬車へ乗り込んだ。
***
学院の前は多くの馬車で賑わっていた。
侯爵家。
伯爵家。
子爵家。
豪華な紋章が並ぶ。
私は馬車を降りる。
周囲の視線が集まった。
クラインベルク公爵家。
王国有数の名門だ。
注目されるのも当然だった。
少しだけ居心地が悪い。
「お嬢様、こちらへ」
ヴァルに案内され校舎へ向かう。
その時だった。
「お久しぶりです、お嬢様」
不意に声をかけられる。
聞き覚えはない。
でも。
なぜか足が止まった。
振り返る。
一人の少年が立っていた。
私と同じ学院の制服。
黒髪。
真っ直ぐな瞳。
整った顔立ち。
知らない人。
のはずだった。
「……え?」
少年が微笑む。
「約束通りです」
心臓が一つ大きく跳ねた。
まさか。
そんなはず。
「街一番の冒険者になりました」
頭が真っ白になる。
三年前。
教会。
雑草の花束。
護衛を突破した平民の男の子。
好きです。
私と結婚してください。
そして――
「どうしたら振り向いていただけますか?」
私は言った。
街一番の冒険者になりなさい、と。
無理だと思っていた。
子供の夢物語だと思っていた。
だから。
「うそ……」
思わず零れた。
「本当に?」
「はい」
少年は当然のように頷いた。
「冒険者ギルドに確認していただければ証明できます」
本当に?
本当に?
本当に?
頭の中でそればかりが回る。
三年間。
たった三年だ。
子供が街一番の冒険者になれるわけがない。
そんな人、聞いたことがない。
「お、お嬢様?」
エミリーが心配そうに声をかける。
「エミリー……」
「はい」
「本当にいるの?」
「何がでしょう……」
「三年で街一番の冒険者になる人」
「存じ上げません」
ですよね。
私もです。
私だって知らない。
だって普通はいないのだから。
するとヴァルが険しい顔で前へ出た。
「お前、何者だ」
「レオです」
「質問に答えろ」
「街一番の冒険者です」
即答だった。
ヴァルの額に青筋が浮かぶ。
でも。
否定しない。
否定できない。
つまり事実なのだ。
私は少年――レンを見上げる。
三年前より背が高い。
少し日に焼けている。
でも目だけは変わらない。
あの日と同じ。
真っ直ぐな目。
「……どうして」
気づけば聞いていた。
「どうしてそこまで」
レンは不思議そうに首を傾げた。
「お嬢様が課題を出したからです」
まるで当然みたいに。
当たり前みたいに。
そんな顔で言う。
私は思わず額を押さえた。
この人。
本当にやってしまったんだ。
私が冗談半分で出した課題を。
本当に達成してしまった。
「お嬢様?」
「……少し待ちなさい」
「はい」
私は深呼吸する。
一度。
二度。
三度。
駄目だ。
全然整理できない。
「分かりました」
「何が?」
「次の課題をください」
さらりと言われた。
そして私は固まる。
次の課題。
そうだ。
そういう約束だった。
街一番の冒険者になったら次の課題。
確かにそう言った。
言ってしまった。
三年前の私。
なぜそんな約束をしたの。
いや。
普通達成しないでしょう。
する方がおかしいでしょう。
「お嬢様?」
「…………」
「お嬢様」
「うるさいわ!」
思わず叫んでしまった。
周囲の視線が集まる。
しまった。
慌てて咳払いする。
「ご、ごほん」
落ち着け。
公爵令嬢らしく。
冷静に。
優雅に。
「そ、そうね」
私は腕を組む。
必死に考える。
街一番の冒険者を達成した。
なら次は。
次は。
もっと難しくて。
もっと無理で。
絶対に達成できなくて。
「学院首席を取りなさい」
言った。
言ってしまった。
しかしレンは一瞬で答える。
「分かりました」
「まだ説明が終わってないわ」
「首席ですね」
「そうよ!」
「取ります」
即答。
迷いゼロ。
私は頭を抱えたくなった。
もしかすると。
本当に。
とんでもない人を拾ってしまったのかもしれない。
そんな予感がした。
そしてその予感は。
残念ながら、間違っていなかったのである。
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