第十一話 隣
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
最初のダンスが終わった。
拍手が響く。
自然に手が離れる。
ほんの少しだけ。
寂しいと思った。
私はすぐにその考えを追い払った。
気のせいだ。
きっと。
「お嬢様」
レオが戻ってくる。
手には飲み物が二つ。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取る。
自然だった。
本当に自然だった。
昔からこうしていたみたいに。
「疲れていませんか?」
「平気よ」
「なら良かったです」
それだけ。
なのに少し嬉しい。
私はグラスを傾けながら会場を見回した。
煌びやかな灯り。
音楽。
談笑する貴族達。
何度も見た光景。
だけど今日はなぜか違って見えた。
「リリアナ嬢」
声を掛けられる。
「こんばんは」
侯爵家の夫人だった。
その隣には娘もいる。
挨拶を返す。
世間話をする。
いつも通り。
だけど今日は少し違う。
隣にレオがいる。
誰かと話していても。
少し視線を動かせばそこにいる。
それが妙に安心した。
「こちらが噂の首席かしら」
夫人がレオを見る。
「レオです」
レオは綺麗に一礼した。
「初めまして」
「礼儀正しいのね」
「練習しました」
本当にそのまま答える。
夫人が小さく笑った。
「そう」
「はい」
「頑張ったのね」
「課題でしたので」
私は思わず吹き出した。
夫人も笑う。
娘も笑う。
レオだけが不思議そうだった。
「何かおかしいでしょうか」
「いいえ」
夫人が微笑む。
「素敵な方ね」
その言葉に。
なぜか胸の奥が少し温かくなった。
夫人達が去っていく。
レオが首を傾げた。
「お嬢様」
「なに?」
「褒められました」
「そうね」
「良かったです」
嬉しそうだった。
子供みたいに。
私は少しだけ笑う。
その時。
「リリアナ嬢」
今度は別の貴族が声を掛けてきた。
しばらく会話が続く。
王都の話。
学院の話。
舞踏会の話。
レオは口を挟まず、少し後ろで待っていた。
でも必要な時は自然に前へ出る。
飲み物を変える。
椅子を引く。
人を避ける。
何も言わない。
それが当たり前みたいに。
気付けば私は。
レオが隣にいることを前提に振る舞っていた。
***
会場の端に置かれた長椅子へ腰掛ける。
流石に少し疲れた。
「大丈夫ですか?」
「平気よ」
レオも隣へ立つ。
少し離れた位置。
近すぎず。
遠すぎず。
心地良い距離だった。
「お嬢様」
「なに?」
「課題はどうでしょう」
私は笑った。
今日何回目だろう。
「まだ聞くの?」
「大事です」
本気だった。
だから私は少し考える。
今日のことを。
迎えに来た時のこと。
馬車の中。
会場への入場。
挨拶。
ダンス。
全部。
「合格よ」
レオが目を見開く。
「本当ですか?」
「ええ」
「良かったです」
心から安心したような顔だった。
その顔を見て。
私はふと思った。
今日楽しかったのは。
ダンスが上手くいったからじゃない。
舞踏会が成功したからでもない。
ずっと。
ずっとレオが隣にいたからだ。
そんな考えが浮かぶ。
私は慌てて視線を逸らした。
「お嬢様?」
「なんでもないわ」
「そうですか」
レオは素直に頷く。
音楽が流れている。
笑い声が聞こえる。
舞踏会はまだ続いている。
なのに私は。
その時間が終わらなければいいのにと。
少しだけ思ってしまっていた。
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