第十話 最初のダンス
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
会場内へ足を踏み入れた瞬間。
視線が集まった。
最初は私へ。
そして次に。
隣を歩くレオへ。
「彼か」
「学院首席の」
「平民出身という……」
「公爵令嬢をエスコートしているのか」
ひそひそと声が聞こえる。
当然だった。
普通ならあり得ない組み合わせだ。
けれど。
レオは全く気にしていなかった。
「お嬢様」
「なに?」
「大丈夫ですか?」
「え?」
「人が多いので」
私は少し呆れた。
注目されているのは分かっているはずなのに。
この人は本当に。
私のことしか見ていない。
「平気よ」
「そうですか」
レオは安心したように頷いた。
その時だった。
「リリアナ嬢」
侯爵家の子息が声を掛けてくる。
以前から何度か挨拶したことがある人物だった。
「お久しぶりです」
「ええ」
形式的な会話。
貴族社会では珍しくもない。
だが。
相手の視線がレオへ向く。
「こちらは?」
分かっていて聞いている。
そんな顔だった。
私は答えようとする。
その前に。
「レオです」
本人が名乗った。
堂々と。
迷いなく。
「本日はお嬢様をエスコートしております」
静かだった。
それだけ。
なのに。
なぜだろう。
少しだけ嬉しかった。
侯爵子息は一瞬だけ驚いた顔をしたが。
すぐに微笑んだ。
「噂は聞いている」
「学院首席だったね」
「はい」
レオは落ち着いていた。
礼儀も。
受け答えも。
完璧だった。
私は少しだけ誇らしくなる。
まるで自分のことみたいに。
それが少し悔しかった。
***
しばらくして。
開会の音楽が鳴り響く。
会場全体が静まった。
最初の一曲。
舞踏会の始まり。
多くの貴族達がパートナーへ手を差し出している。
すると。
「お嬢様」
レオだった。
「課題です」
私は吹き出しそうになる。
こんな場面でもそれ。
「そうね」
「一曲お願いできますか」
右手が差し出される。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸が高鳴った。
私はその手を取る。
「仕方ないわね」
「ありがとうございます」
音楽が始まる。
歩く。
回る。
自然だった。
驚くほど。
前まであれだけ苦労していたのに。
今は違う。
レオの動きは滑らかだった。
堂々としていた。
周囲からも小さなどよめきが聞こえる。
「上手いな……」
「本当に初めてか?」
「見違えたぞ」
私も同じことを思っていた。
練習より上手い。
きっと。
必死に練習したのだろう。
私に言わないだけで。
「どうでしょうか」
レオが小さく聞く。
私は少しだけ笑った。
「合格よ」
本心だった。
レオが嬉しそうに笑う。
その顔を見る。
近い。
とても近い。
でも。
嫌じゃなかった。
むしろ。
少しだけ。
この時間が終わらなければいいと思った。
***
曲が終わる。
拍手が響く。
自然と手が離れる。
その瞬間。
胸の奥が少しだけ寂しくなった。
理由は分からない。
分からない。
分からないはずなのに。
***
私はその夜。
何度も何度も。
レオと踊った最初の一曲を思い出すことになるのだった。
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