第八話 約束
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
春季舞踏会前日。
学院の授業は午前で終わりだった。
教室は朝から騒がしい。
話題は当然、明日の舞踏会。
「緊張しますわ……」
「私は楽しみですわ」
「どなたと踊るんですの?」
参加するのであろう令嬢達が盛り上がっている。
私は窓際の席で本を開いていた。
もちろん内容は全く頭に入っていない。
明日のことを考えていた。
舞踏会。
そして。
レオのことを。
「お嬢様」
本人だった。
「なに?」
「明日ですね」
「そうね」
「課題の日です」
やっぱりそれだった。
私は思わず笑ってしまう。
「舞踏会は課題じゃないわよ」
「舞踏会で恥をかかないことは課題です」
「そうだったわね」
レオは真面目だった。
***
そのまま授業は終わり。
放課後。
最後のダンス練習。
舞踏室には私とレオだけ。
音楽が流れる。
手を取る。
歩く。
回る。
最初の頃とは比べものにならない。
自然だった。
「完璧ね」
気付けば口から出ていた。
「本当ですか?」
「ええ」
「良かったです」
レオが嬉しそうに笑う。
私は少しだけ視線を逸らした。
こういう顔を見ると弱い。
本当に。
弱い。
「これなら明日恥はかかないわ」
「それなら課題達成ですね」
「まだよ」
私は首を振る。
「本番は明日でしょう」
レオが納得したように頷いた。
***
練習が終わる。
窓の外は夕焼けだった。
帰ろうとした時。
「お嬢様」
レオが私を呼び止めた。
「なに?」
珍しく真面目な声だった。
「一つ確認したいことがあります」
私は自然と姿勢を正した。
「何かしら」
レオは少しだけ考えて。
そして聞いた。
「お嬢様のエスコート役は決まっておりますか?」
一瞬。
時間が止まった。
心臓が大きく鳴る。
エスコート役。
つまり。
明日、最初から最後まで隣にいる相手。
そういうことだ。
「まだ決まってないけど……」
私の声は少しだけ小さかった。
理由は分からない。
ただ妙に緊張した。
レオは小さく頷いた。
「良かったです」
「何が?」
「課題がありますので」
私は少し安心した。
やっぱりそれ。
やっぱりレオだ。
「舞踏会で恥をかかないこと」
「そうね」
「そのためには」
レオが真っ直ぐ私を見る。
「最初から最後まで責任を持つ必要があります」
夕日が差し込む。
窓の外が赤い。
「ですので」
一歩前へ出る。
「明日は俺がエスコートします」
胸が苦しくなる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
嬉しいと思ってしまった。
きっと課題だから。
そういうことにしておく。
「……仕方ないわね」
私は顔を逸らした。
「課題だもの」
レオが笑う。
「はい」
「必ず達成します」
その返事に。
私は小さく頷いた。
***
窓の外では夕陽が沈み始めている。
明日は舞踏会。
本当なら何度も経験しているはずなのに。
なぜだろう。
こんなに楽しみなのは初めてだった。
そして私はまだ気付いていない。
明日、一緒に会場へ入る瞬間。
それがただの課題ではないことを。
まだ。
気付いていなかった。
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