第五話 エスコート
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
春季舞踏会まで残り二週間。
学院の空気はどこか浮き足立っていた。
特に上級貴族の子女達は忙しい。
衣装。
装飾品。
招待客。
ダンスの確認。
話題はそればかりだった。
私はというと。
放課後の舞踏室で頭を抱えていた。
「違うわ」
「違いますか?」
「歩幅が大きいの」
「大きい方が速いです」
「速さを競うのではないのよ!」
レオは真面目な顔で頷いた。
本当に真面目だから困る。
ダンスなのに移動速度を考えている。
冒険者の思考回路はよく分からない。
「もう一度」
「はい」
音楽が流れる。
手を取る。
そして歩く。
以前よりは遥かに上達している。
最初の頃とは別人だった。
だけど。
貴族の舞踏会に出すにはまだ足りない。
「止まって」
「はい」
私はレオの肩へ手を置いた。
姿勢を直す。
「もう少し力を抜いて」
「こうですか?」
「そう」
近い。
やはり近い。
最近は慣れたつもりだったのに。
時々心臓が勝手に騒ぐ。
迷惑な話だった。
「おお」
拍手が聞こえた。
振り向く。
アレクシスだった。
「悪くないな」
「いつからいたの?」
「十分前くらいだ」
嫌なタイミングで来た。
絶対面白がっている。
顔を見れば分かる。
「なるほど」
アレクシスが頷く。
「それが次の課題か」
「そうよ」
「本当に?」
「そうよ」
即答した。
アレクシスの目が笑っている。
とても腹が立つ。
「レオ」
「はい」
アレクシスが腕を組む。
「舞踏会ではエスコートも必要だぞ」
「エスコート」
「会場への案内や立ち振る舞いだ」
レオが考え込む。
そして。
「難しそうですね」
珍しく弱気な言葉を口にした。
私は少し驚いた。
ダンスや勉強では見せなかった反応だった。
「苦手なの?」
聞く。
するとレオは少しだけ困った顔をした。
「知らないことが多いので」
その返答に。
私は少しだけ安心した。
この人にも苦手なものはあるらしい。
アレクシスが笑う。
「だったら練習すればいい」
「練習ですか?」
「ああ」
そして。
なぜかこちらを見た。
嫌な予感しかしない。
「リリアナ嬢がいるだろう」
やっぱり。
「ちょっと!」
「適任だ」
「適任じゃないわ!」
ルイーゼ達まで頷いている。
なぜ。
なぜ全員そうなるの。
レオは真面目に考えていた。
本当に真面目に。
「お嬢様」
「なによ」
「お願いします」
頭を下げた。
反則だと思う。
そんな真っ直ぐなお願いの仕方は。
「……課題だからよ」
結局そう言うしかなかった。
「舞踏会で恥をかかせるわけにはいかないもの」
「ありがとうございます」
レオが嬉しそうに笑う。
だから。
その顔は反則なのよ。
***
帰り道。
私はエミリーと馬車に乗っていた。
「お嬢様」
「なに?」
「楽しそうですね」
最近そればかり言われる。
「そんなことないわ」
「そうですか?」
「そうよ」
即答した。
するとエミリーが小さく笑う。
「舞踏会のお話をする時だけ」
「……」
「とても楽しそうですよ」
返事ができなかった。
窓の外を見る。
夕日が街を赤く染めていた。
舞踏会。
ダンス。
エスコート。
課題。
全部課題。
そのはずだ。
そのはずなのに。
もし。
舞踏会で誰かの隣に立つのなら。
レオだったらいいかもしれない。
そんな考えが浮かぶ。
私は慌てて首を振った。
まだ駄目。
まだ認めない。
だけど。
心のどこかでは分かっていた。
最近の課題は。
レオを試すためではない。
レオと一緒にいるための理由になり始めていることを。
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