第三話 手を取る理由
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
それから数日。
放課後になると、私は舞踏室へ向かうようになっていた。
もちろん課題のためだ。
決して他の理由ではない。
絶対に。
***
「お待たせしました」
舞踏室へ入ると、レオは既に来ていた。
いつも早い。
多分、三十分以上前から来ている。
「待ってないわ」
「そうですか」
待っていた。
少しだけ。
でも言わない。
音楽が流れる。
学院の先生が用意した練習用の曲。
最初の頃はぎこちなかったレオも、今ではかなり様になっていた。
「右」
「はい」
「左」
「はい」
「回って」
「こうですか?」
自然に動く。
最初の頃のように踏みつけられることも、引き寄せられすぎることもなくなった。
正直、覚えるのが早すぎる。
「本当に飲み込みがいいわね」
「そうでしょうか」
「そうよ」
私は小さく頷く。
レオは少し照れたように笑った。
最近、前よりよく表情が変わるようになった気がする。
くるりと回る。
自然と目が合う。
近い。
最初の頃は気にならなかったのに。
今は少しだけ意識してしまう。
「お嬢様」
「なに?」
「ダンスって楽しいですね」
私は少し驚いた。
「楽しいの?」
「はい」
即答だった。
「覚えるだけなら剣の方が好きですけど」
「でしょうね」
「でも」
レオは少し考える。
「これは二人でやるものなので」
胸が跳ねた。
まただ。
本当にこの人は。
何でもない顔でそういうことを言う。
「そうね」
だから私はそれだけ返した。
それ以上話したら変なことを言いそうだったから。
***
その日の練習はいつもより長かった。
気付けば周囲には誰もいない。
窓の外は赤く染まっている。
「今日はここまでね」
「はい」
レオが頷く。
そして不意に聞いてきた。
「お嬢様」
「なに?」
「次の夜会はいつですか?」
私は目を瞬いた。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「課題です」
やっぱりそれだった。
「ダンスは夜会で使いますよね」
「そうね」
「なら実際に踊れるか確認した方がいいと思います」
真面目な顔だった。
本気で言っている。
だから返事に困る。
夜会。
貴族社会の入り口。
そして。
基本的には決まった相手と踊る場所。
「確かにそうだけど」
「はい」
「まだ早いわ」
「そうですか」
素直に引き下がる。
なんだか少し残念そうだった。
それが不思議だった。
どうして残念そうなのだろう。
課題のためなら別に誰と踊ってもいいはずなのに。
***
帰り道。
私はそのことを考えていた。
夜会。
ダンス。
エスコート。
貴族社会。
頭の中で言葉が並ぶ。
そして。
そこへ自然にレオの姿が浮かんだ。
私は立ち止まる。
「違うわ」
誰に言い訳したのか自分でも分からない。
今のは違う。
課題を考えただけ。
ただそれだけ。
だけど。
心のどこかで思ってしまった。
もし夜会へ行くなら。
隣にいるのがレオだったら。
少しだけ楽しそうだと。
その考えを追い払うように首を振る。
まだ早い。
私は公爵令嬢で。
レオは平民だ。
そんなことは分かっている。
それでも。
舞踏室で笑っていたレオの顔が。
なかなか頭から離れてくれなかった。
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