第二話 初めてのダンス
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
放課後。
学院の舞踏室。
高い天井にシャンデリアが吊るされ、大きな窓から夕日が差し込んでいる。
普段は使われることの少ない場所だが、貴族子女にとっては重要な教室の一つだった。
そして今。
私は少し後悔していた。
「お嬢様」
「なに?」
「何をすればいいんですか?」
目の前にはレオ。
本当に何も知らない顔だった。
当然だ。
平民育ちなのだから。
なのに。
どうして私はこんな課題を出してしまったのだろう。
「まず立ち方よ」
「立ち方」
「そう」
私はため息をつく。
「ダンスは剣じゃないの」
「はい」
「相手を倒す必要もないわ」
「分かりました」
少し考えて。
「倒したら失敗ですね」
「当たり前でしょう」
レオは真面目に頷いた。
だから笑ってしまう。
本人は至って真面目なのだ。
私はレオの前へ立つ。
そして右手を差し出した。
「まず手」
「こうですか?」
レオが手を重ねる。
大きくて固い手だった。
冒険者の手。
剣を握り続けた手。
少しだけ胸が跳ねる。
私は慌てて意識を逸らした。
「左手はここ」
「はい」
「私はここ」
肩へ軽く手を添える。
距離が近い。
思っていた以上に近い。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
ダンスというのはこんなに距離が近いものだっただろうか。
「お嬢様」
「なに?」
「顔が赤いです」
「赤くないわ」
即答した。
レオは不思議そうな顔をする。
だからそういう顔をするなと言っているのよ。
「じゃあ一歩ずつよ」
「はい」
「右」
「右」
「左」
「左」
「前」
「前」
ここまでは良かった。
本当に。
ここまでは。
ぐい。
「きゃっ!?」
身体が引き寄せられる。
気付けばレオの胸へぶつかっていた。
距離がない。
全くない。
近い。
近すぎる。
「すみません」
「な、何をしているの!?」
「前と言われたので」
「だからって!」
言葉が続かない。
後ろで見ていたルイーゼ達が吹き出した。
最悪だった。
「レオさん」
ルイーゼが笑いながら言う。
「ダンスは剣術と違いますわ」
「そうなんですか?」
「違います」
全員が答えた。
その後も練習は続いた。
右。
左。
前。
後ろ。
繰り返し。
何度も。
レオは覚えるのが早かった。
剣も勉強もそうだったが、身体を使うことになると特に飲み込みが早い。
「上手くなったわね」
「そうですか?」
「ええ」
「お嬢様のおかげです」
さらりと言われる。
本当に困る。
こういうことを平然と言うから。
気付けば他の生徒は帰っていた。
舞踏室には私達だけ。
窓の外は赤く染まっている。
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
レオが頷く。
そして少し考えてから言った。
「楽しかったです」
「そう?」
「はい」
即答だった。
「お嬢様と一緒だったので」
心臓が変な音を立てた。
私は慌てて背を向ける。
「そ、そう」
「はい」
「なら良かったわ」
声が少し上擦った気がした。
レオは気付いていない。
絶対に。
***
帰り道。
私は一人で考えていた。
ダンスを覚えさせる。
確かに課題だ。
貴族社会では必要な技術だ。
何も間違っていない。
そのはずなのに。
なぜだろう。
今日一日を思い返しても。
頭に浮かぶのは課題のことではなく。
楽しそうに笑っていたレオの顔ばかりだった。
そして私はまだ認めない。
この課題を出した理由が。
レオを成長させるためではなく。
もう少しだけ。
一緒にいたかったからだということを。
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