第十六話 髪飾り
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
私は鏡の前で立ち尽くしていた。
「お嬢様?」
エミリーが首を傾げる。
「どうしました?」
「……」
答えられない。
理由は簡単だった。
机の上。
小さな箱。
昨日レオから貰った髪飾り。
青い花を模した飾りが朝日に照らされていた。
「付けたいんですか?」
「違うわ」
即答した。
「付けていきたいんですか?」
「違うって言ってるでしょう」
エミリーが笑う。
最近このメイドは少し遠慮がなくなった気がする。
気のせいだろうか。
「では何で悩んでいるんです?」
「悩んでないわ」
「その髪飾りを十五分見ていた人の言葉とは思えません」
余計なことを覚えている。
私は小さくため息をついた。
***
結局。
髪飾りは付けた。
理由は単純だ。
もらったのだから。
せっかくなのだから。
他意はない。
全くない。
***
教室へ入る。
いつものように何人かが挨拶をする。
私は自分の席へ向かった。
そして。
「おはようございます、お嬢様」
レオがいた。
「おはよう」
返事をする。
すると。
珍しくレオが固まった。
「?」
「どうしたの?」
レオは数秒止まったまま。
それから。
「付けてくれたんですね」
言った。
その視線の先。
髪飾り。
私は少しだけ気まずくなる。
「もらったからよ」
「嬉しいです」
即答だった。
だから困る。
こういう時くらい照れてほしい。
本当に。
少しくらい。
その会話を。
ルイーゼ達が聞いていた。
「あら」
「まあ」
「まあまあ」
やめてほしい。
その反応。
「綺麗ですわね」
ルイーゼが笑う。
「レオさんから?」
「違うわ」
反射的に否定する。
「昨日の買い物で購入したのね」
完全に知っている顔だった。
情報が早い。
どうして令嬢達はこういう話だけ異様に早いのだろう。
その時だった。
「似合っているな」
アレクシスが教室へ入ってきた。
そして自然にそう言った。
私は少し驚く。
「あ、ありがとう」
「青は君によく合う」
さらりと言う。
慣れている。
こういう誉め方に。
流石侯爵家である。
すると。
なぜかレオが考え込んだ。
「どうしたの?」
聞いてみる。
「いえ」
「なに?」
「勉強になります」
意味が分からなかった。
***
授業開始。
だが。
私は妙に落ち着かなかった。
理由は髪飾り。
レオの視線が時々向いている気がする。
気のせいかもしれない。
でも気になる。
そしてその度に。
『付けてくれたんですね』
という言葉を思い出してしまう。
***
放課後。
私は中庭を歩いていた。
少し風に当たりたかった。
考え事をしたかった。
すると。
ベンチに座るヴァルの姿が見えた。
珍しい。
「ヴァル?」
「お嬢様」
彼は立ち上がろうとしたが、私は止めた。
「そのままでいいわ」
「ありがとうございます」
しばらく沈黙。
そして。
ヴァルは不意に言った。
「お嬢様は楽しそうですね」
私は目を瞬いた。
「そう見える?」
「はい」
即答だった。
「学院へ入学されてから特に」
「……」
「笑う回数が増えました」
私は返事ができなかった。
そんなつもりはない。
自覚もない。
けれど。
ヴァルが嘘を言う人ではないことも知っている。
「そうかしら」
「そうです」
短い言葉。
だけど重かった。
***
夕方。
帰り道。
私はふと髪飾りへ触れる。
青い花。
少し不格好な包装。
でも。
丁寧に選んだことが分かる贈り物。
気付けば。
自然と口元が緩んでいた。
そして。
その事実に自分で驚く。
三年前。
教会で出会った男の子。
無茶な課題を出した。
絶対にできないと思った。
でも。
彼は本当にここまで来た。
「……」
空を見上げる。
青かった。
髪飾りと同じ色だった。
私はまだ認めない。
認めるつもりもない。
だけど。
一つだけ分かることがある。
レオが笑うと嬉しい。
それはきっと。
気のせいではなかった。
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