第十五話 初めてのお出かけ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
休日の朝。
私は鏡の前で固まっていた。
「……」
「お嬢様?」
エミリーが不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
「別に」
「三十分ほど同じ服を見ていますが」
余計なことを言わないでほしい。
私は視線を逸らした。
今日は約束の日だった。
剣術大会優勝のご褒美。
レオのお願い。
一緒に街へ行く。
ただそれだけ。
本当にそれだけだ。
「護衛だもの」
自分に言い聞かせる。
「そうですね」
エミリーが少し笑った。
その顔が少しだけ気に入らない。
***
学院の正門前。
レオは既に来ていた。
時間よりかなり早い。
こういうところは真面目なのだ。
「おはようございます」
「おはよう」
レオは一瞬だけ目を見開いた。
「どうしたの?」
「いえ」
「なに?」
「今日はいつもと雰囲気が違います」
私は思わず視線を逸らした。
普段より少しだけ軽い服装。
貴族らしい飾りも減らしている。
街を歩くためだ。
ただそれだけ。
「街用よ」
「似合っています」
さらっと言われた。
心臓が少し跳ねる。
だからこの人は困る。
本当に困る。
***
王都の商業地区。
休日ということもあり賑やかだった。
屋台。
露店。
雑貨屋。
服屋。
人で溢れている。
「すごいわね」
「そうですね」
レオは楽しそうに周囲を見ていた。
意外だった。
もっと平然としていると思っていたから。
「王都へはよく来るんでしょう?」
「依頼で来ます」
「なら慣れてるのでは?」
「仕事と遊びは違います」
なるほど。
少しだけ納得した。
***
しばらく歩く。
レオは本当に護衛だった。
人混みでは半歩前。
危なそうな人がいれば自然に位置を変える。
何も言わない。
でも。
守られているのが分かる。
「慣れているのね」
「冒険者なので」
その一言で終わった。
***
雑貨屋へ入る。
本屋へ入る。
服屋も見る。
時間はあっという間だった。
「これ綺麗ね」
小さな髪飾りだった。
青い花を模した装飾。
値段を見る。
少し高い。
「気に入りましたか?」
レオが聞く。
「見るだけよ」
私は棚へ戻した。
別に必要ではない。
そう思ったから。
***
昼食。
王都で有名なカフェだった。
学院の令嬢達もよく話題にしている。
「美味しいわ」
「はい」
レオも満足そうだった。
その時だった。
「リリアナ嬢?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
「あら」
アレクシスだった。
まさかの遭遇。
「奇遇だな」
「そうね」
アレクシスは二人を見る。
そして。
少しだけ笑った。
「なるほど」
何が「なるほど」なのだろう。
聞きたくない。
「デート中だったか」
聞かなくても言った。
「違うわ!」
即答。
店内の視線が集まる。
しまった。
「護衛よ」
「そうか」
全然信じていない顔だった。
非常に腹立たしい。
アレクシスは軽く手を上げる。
「では邪魔はしない」
「ええ」
「レオ」
「はい」
「次は負けん」
レオが笑う。
「楽しみにしています」
ライバル同士なのに仲が良い。
少し不思議だった。
***
夕方。
帰り道。
空が赤く染まっていた。
楽しかった。
認めたくはないけれど。
かなり。
「お嬢様」
「なに?」
レオが立ち止まる。
何だろうと思った。
すると。
レオはどこかの店へ入った。
「レオ?」
すぐに戻ってくる。
手には小さな箱。
「これ」
差し出された。
「なに?」
「今日のお礼です」
箱を開ける。
中には。
昼間見ていた髪飾り。
青い花の髪飾りだった。
私は固まった。
「どうして」
「ずっと見ていたので」
覚えていたのだ。
気付いていたのだ。
「でも高かったでしょう」
「優勝賞金があります」
そうだった。
そういえば優勝していた。
「受け取れないわ」
反射的にそう言った。
貴族として。
当然だ。
けれど。
レオは真っ直ぐ私を見る。
「受け取ってください」
静かな声だった。
「三年前」
私は息を止める。
「お嬢様がくれた約束のおかげでここまで来られました」
夕日が差し込む。
レオは少しだけ笑った。
「だからこれはお礼です」
私の胸がまた騒ぎ始める。
三年前。
出来心だった。
ほんの少し。
希望を残しただけだった。
それなのに。
この人は今でも。
その約束を大切にしている。
「……ありがとう」
気付けばそう言っていた。
レオが嬉しそうに笑う。
その顔を見て。
私は胸の奥で静かに思った。
――困った。
きっと私は。
思っていたよりずっと。
レオのことを気に入ってしまっている。
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