第十一話 勝ってほしい相手
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
学院剣術大会まで残り一週間。
訓練場の熱気は日に日に増していた。
朝の自主練習。
放課後の稽古。
普段は勉強ばかりしている貴族の子供達まで木剣を振っている。
大会が近いのだ。
当然だった。
***
「レオ君!」
「少し相手して!」
「次、私とも!」
訓練場の一角。
レオは生徒達に囲まれていた。
男子も女子も関係ない。
学院最強候補。
しかも教えるのが上手い。
人気が出ない方がおかしかった。
「ここはこうです」
木剣を握る女子生徒の姿勢を直している。
丁寧だった。
親切だった。
そして近い。
かなり近い。
「……」
私は木剣を握りながらその光景を見ていた。
別に気にならない。
全然気にならない。
「お嬢様」
「ひゃっ!?」
突然声を掛けられて飛び上がる。
振り返る。
ヴァルだった。
「どうしました」
「なにもないわ」
「そうですか」
絶対に信じていない顔だった。
***
その時だった。
「リリアナ嬢」
アレクシスが近付いてくる。
「こんにちは」
「こんにちは」
礼儀正しい。
本当に欠点が見当たらない。
「少し付き合ってもらえないだろうか」
「なにを?」
「剣だ」
私は目を瞬いた。
「私と?」
「ああ」
周囲が少しざわつく。
侯爵家の嫡男。
公爵家の令嬢。
模擬戦。
注目されるのも当然だった。
「いいわ」
木剣を受け取る。
向かい合う。
合図。
開始。
***
アレクシスは強かった。
やはり強い。
私も剣術は学んでいる。
貴族として必要だからだ。
だが。
十数合打ち合ったところで。
結果は見えてしまった。
「そこまで」
教師の声。
私の負けだった。
「ありがとうございました」
アレクシスが礼をする。
私も頭を下げた。
悔しくないわけではない。
だけど実力差は理解できる。
***
「流石です」
その時。
拍手が聞こえた。
レオだった。
いつの間にか近くまで来ている。
「リリアナ様もかなり強いですね」
素直な感想。
だから少しだけ嬉しい。
「ありがとう」
ふと。
思う。
「レオ」
「はい」
「もし私と戦ったら?」
気になった。
本当に気になった。
レオは少し考えて。
「嫌です」
即答した。
私は固まった。
「え?」
「戦いたくありません」
「なぜ?」
レオはきょとんとした。
むしろなぜ分からないのかとでも言いたげだった。
「好きな人を木剣で叩きたくないので」
訓練場が静まり返った。
まただった。
またやった。
この人は本当に。
本当に。
「レオ!」
「はい」
「場所を考えなさい!」
「考えました」
「考えてないわ!」
周囲から笑いが起きる。
私は顔を手で覆った。
***
だが。
その後。
なぜか少しだけ気まずくなった。
レオはいつも通り。
私はいつも通りではない。
授業中。
ふと目が合う。
逸らす。
しばらくしてまた目が合う。
逸らす。
「リリアナ様?」
ルイーゼが心配そうに見る。
「なにかあったんですの?」
「なにもないわ」
「顔が赤いですけれど」
「気のせいよ」
絶対気のせいじゃなかった。
***
放課後。
一人で図書館にいた。
本を読んでいる。
読んでいるはずなのに。
内容が頭に入らない。
『好きな人を木剣で叩きたくないので』
思い出す。
また思い出す。
もう何度目か分からない。
「もう……」
小さく呟く。
自分でもおかしいと思う。
三年前から好きだと言われている。
今さらだ。
今さらのはずなのに。
なぜか今日は少し違った。
***
「お嬢様」
また声がした。
顔を上げる。
レオだった。
最近本当にどこにでもいる。
「なんなの」
「本を返しに来ました」
「そう」
沈黙。
珍しい。
レオから話しかけてこない。
少し気になった。
「何かあったの?」
「いえ」
「そう?」
「一つだけ」
レオが言う。
「大会、優勝します」
真っ直ぐだった。
迷いがない。
いつもと同じ。
でも。
今日は少し違う気がした。
「そう」
「約束がありますので」
街へ行く約束。
それを言っているのだろう。
私は本を閉じる。
そして少しだけ笑った。
「ええ」
「はい」
「ちゃんと優勝しなさい」
レオが目を見開く。
驚いたらしい。
「応援しているわ」
その瞬間。
レオは嬉しそうに笑った。
子供みたいな顔だった。
その顔を見て。
私は気付いてしまう。
アレクシスも応援している。
ライバルとして好きだ。
頑張ってほしいと思う。
でも。
もし本当に。
どちらか一人だけを選ぶなら。
私が勝ってほしいと思っているのは――
「……」
私は慌てて思考を止めた。
まだ早い。
そんなこと考える必要はない。
大会はこれからなのだから。
それなのに。
帰っていくレオの背中を見ながら。
胸の奥が少しだけ温かかった。
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