別れを告げて
「迷惑だと言っている。それを受け入れなかった、貴様が悪い」
さすがに、ここまで言われて自覚できないほど、私も馬鹿ではない。
彼にとってこれまでの行動は、本気でありがた迷惑でしかなかったのだろう。
「……私のこと、ほんとに嫌いだったんだ……」
私はもっと早くに、気づくべきだったのだ。
彼のために一生懸命頑張っていたことはすべて、無駄でしかなかったのだと……。
そうしたら、お互いに傷つかずに済んだのに……。
「ごめんね。気づかなくて。ずっと、照れ隠しだと思ってたの。レオドールは、私を無理に追い返さなかったし……」
何度も嫌だと口にしているのに、迫ってくる。
彼からしてみれば、恐ろしくて仕方なかっただろう。
私は深く反省し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「でも。本気で嫌がっているなら、もう辞めるね。今まで、本当に……」
自覚のないいじめっ子って、こんな感じなのかな……。
自分が知らず識らずのうちに加害者になっていると気づいた以上、レオドールのそばにはいられない。
どれほど謝罪をしたとしても、許されない大罪を犯したのだから。
私達は、言葉を交わすべきじゃない。
心の底からそう思ったからこそ、縁を切ろうと試みた。
だけど……。
「この程度で謝罪をして身を引くくらいなら、最初から手を差し伸べるな」
彼はそれを、許してはくれなかった。
私は何を言われているか理解できなくて、呆然とレオドールを見上げる。
すると、目を合わせた彼もこちらが状況を把握できていないと、すぐに認識したのだろう。
唇を噛み締め、忌々しそうに吐き捨てる。
「貴様の顔を見ているだけで、苛立って仕方がない……!」
「な、何それ? レオドールが言ったんじゃん! もう二度と、会いに来るなって!」
「そこまでは言ってない」
「はぁ? 嫌いなんでしょ? 顔も見たくないんでしょ? だから私は、あんたの望み通りもう二度と関わらないって……!」
「それが無責任だと、なぜ気づかない!」
レオドールの主張にはどうしても納得できなくて、言い合いになった。
彼の口にする内容は、支離滅裂だ。
嫌なのに、離れないでほしい。
こちらが差し伸べた手を引っ込めるのは、無責任だと怒りを露わにする。
彼は私に、どうしてほしいんだろう……?
「いや。だから……」
その答えを探るべく、必死に言葉を紡ぐ。
だが、彼も黙ってはいない。
こちらを鬼の形相で睨みつけ、低い声で吐き捨てる。
「責任を取れ」
「なんの?」
「中途半端に手を差し伸べたのなら、この程度で根を上げるな。最後まで、そばにいろ」
「矛盾してない? 結局、どっちなの?」
彼の望みは、いくら考えても理解できない。
だけど……。
レオドールの唇から答えが紡ぎ出されたことで、ようやくなんとなく悟ることができた。
こいつは結局、私が離れていくのが嫌なんだって。
「自分で考えろ」
それがどうしてなのかは、教えてもらえなかった。
――本当は、ここで「わかった」と納得するべきだったんだろう。
でも、それだけはプライドが許さなかった。
なんだか、負けたような気がしたから。
苛立った結果、つい本心を口にしてしまう。
「なんなの、あんた。意味分かんない……」
「それは、こちらの台詞だ」
普段の調子を取り戻した彼は、こちらから視線を逸らす。
その間に、私は先ほどあいつが見せた行動の分析を行った。
嫌いだけど、そばにいてほしい。
それってつまり、ツンデレ?
普段の辛辣な態度はツン期で、今はデレ期なのかも!
ほーん。なるほどね~。
もしもそうだったら、私に対する心ない言葉は全部、好きの裏返しになる。
けど……。
本当に、この考察は合っているのだろうか?
前世の記憶を合算しても、こんなあまのじゃくと会話した覚えなんてない。
だから……。
どれが正解なのか、現段階ではよくわからなかった。
「レオドールって、もしかして私のこと……」
「忌々しい兄の許嫁になど、好意を抱くものか」
「えぇ……」
その答えを探るべく、ストレートに問いかけてみた。
でも、それは彼のツン期を引き出す地雷質問だったらしい。
「おぞましい妄想を巡らせるな。不愉快だ」
レオドールはこちらへそう言い放つと、胸元で両腕を組んで私を拒絶した。
「はいはい。わかりましたー。剣術しか取り柄のない脳筋は、これだから……」
「少し魔術が得意だからって、調子に乗るな」
――ほんと、素直じゃないんだから。
私を見下す紫色の瞳に受けて立つと、2人の間にはバチバチと火花を散る。
この睨み合いは、どちらかが視線を逸らすまで、永遠に続くだろう。
――絶対に負けられない戦いが、勃発した瞬間だった。
「あれ? エルネット。ついに、レオドールと仲良くなれたんだね」
一歩も引かない私達の攻防戦は、思わぬ乱入者によって終わりを告げる。
いつまで経っても待ち合わせの場所にやってこない私を見かねて、アルベールが迎えに来たからだ。
――そろそろ子どもは、お家に帰る時間だからね。
弟と許嫁の姿を目にして嬉しそうな声を耳にした私達は、ほぼ同時に彼を振り返る。
「どこが!?」
「貴様の目は節穴か」
「わぁ。息もぴったりだ」
こんな発言で喜んでもらっちゃ、困るんだけど……。
納得できずに眉を顰めれば、アルベールはお腹を抱えて笑い始めた。
どうやら、その表情すらもレオドールとお揃いになっていたようだ。
「ちょっと! 真似しないでよ!」
「言いがかりを、つけてくるな」
「私は事実しか、言ってない!」
「ふん。騒ぎ立てるしか脳のない、じゃじゃ馬が……」
「むきー!」
せっかく私が、酷い扱いを受けるレオドールを救ってあげようと思ってたのにさ! まさか、恩を仇で返されるなんて思いもしなかったよ!
苛立ちを隠せぬまま地団駄を踏んでいれば、苦笑いを浮かべたアルベールが話に割って入った。
「今日はこれくらいにしておきなよ。また、3か月後に会おう」
「う、うん……」
許嫁の言葉に従いたい気持ちは、山々だ。
しかし――。
このままあいつと別れて、本当にいいのかな?
急に心配になって、私はレオドールの顔色を窺った。
けれど……。
兄の姿を見捉えたあとの彼は、また私と心の距離が離れてしまったようだ。
胸の前で両腕を組み、ツンツンモードに移行している。
「レオドール! またね!」
どうにかあいつの心を、こっちに引き戻せないかな?
そう思い立って、笑顔で声をかけたけど……。
私に背を向けて歩き出した彼は当然のように挨拶を無視すると、その場を去ってしまった。
――こうして私達の奇妙な関係は、ようやく始まった。
だけど……。
――それから、9年後。
双子の兄が口にした許嫁解消と弟の求婚によって、終わりを告げたのだった。




