悪夢
「あー。嫌な夢、見たなぁ……」
充分な睡眠を取ったおかげで、魔力は満タンになった。
でも……。
気分は、最悪と言ってもよかった。
これも全部、私に告白をしてきたあいつのせいだ。
嫌いだと言って遠ざけたかと思えば、そばにいろと命じてくる。
レオドールは私を、どう思っているの?
どっちが彼の、本心?
――それがわかれば、苦労はしないんだよなぁ……。
『私が好きって、ほんと?』
『それくらい、自分で考えろ』
レオドールに問いかけたって、こんなふうに門前払いを食らうだけだし――。
彼の人となりをよく知っていて、私が話しやすい人を思い浮かべるしかない。
該当人物は、やっぱりあの人しかいないよね?
「エルネット様、お疲れ様でした。今日は、大変でしたね」
「うん! お疲れ! 私、行くところができたから!」
「は、はい……」
唸り声を上げて、考え事をしていたのがよくなかったのかな。
こちらの様子を見かねて、後輩くんが声をかけてくれた、
だけど――。
ごめん。今は、構っている暇がないんだ。
一刻も早く、相談しなきゃいけないの!
この時間ならきっと――複雑な手続きを踏まなくても、会えるはずだから。
「また明日!」
私は勢いよくラボを飛び出すと、王城の外れに位置する野原を目指した。
*
王城の外れに位置する、よく手入れの施された野原は――幼いころにレオドールが、1人で模造刀を振り回していた場所だ。
私がラボで働くようになったあと、くらいかな?
あいつはそのあとを追うように騎士団へ入隊し、すぐさまメキメキと頭角を現した。
彼の居場所は、いつの間にか騎士団の詰め所になっていて――。
弟の代わりにここを守るように、晴れている日は兄が本を読み、この場所で暇を潰すようになっていた。
「アルベール!」
私達はもう許嫁ではない。
彼は、妹のものだ。
彼女の許可を得ずに2人きりで会うなんて、言語道断だ。
勘違いされたら、大変なことになる。
こう言うのはあんまりよくないって、わかっていた。
だけど……。
他に相談する相手がいないんだから、仕方ないよね。
私はそうやって勝手に自分の都合がいいように解釈すると、困惑の色を隠しきれない様子のアルベールに笑いかけた。
「エルネット……?」
「ごめんね! 時間は取らせないから! 少しだけ、相談に乗ってくれないかな!?」
「もちろん。大歓迎だよ」
彼の様子を遠くから見守っていた関係者達は、私をすぐに元許嫁から引き離そうとしていた。
だけど……。
本を閉じてそれを手で制したアルベールは、優しい微笑みを浮かべて受け入れてくれる。
そのお陰で、どうにか目的を達成する前に退散せずに済んだのだった。
――よかった……。
そうほっと一安心して、息をつく暇もない。
変な疑いをかけられ、悪役令嬢として処刑されないためにも。
接触は、最小限にしなくちゃ……!
私は気まずくて逃げだしたくなる気持ちをぐっと堪え、彼に向かって声を発した。
「あ、あのさ。あいつから……求婚、されたんだけど……」
「ああ……。レオドールはエルネットが、ずっと好きだったからね」
私がすべてを説明しなくても、元許嫁は察してくれたようだ。
彼は当然のようにそう告げると、どこか困ったように眉を伏せた。
「いやいや。なんの冗談? だって私達、犬猿の仲なのに……」
「また、面白い単語を使っているね」
「あ、ごめん。ええと……めちゃくちゃ不仲でしょ?」
困惑しすぎて日本のことわざがここでは通用しないのを、すっかり忘れていた。
慌てて言い直せば、アルベールは呆れを隠さずに言葉を紡ぐ。
「喧嘩するほど仲がいいって、言うからね」
王太子はどこか寂しそうな顔を浮かべ、私達の関係をそう結論づけた。
どうやら彼にとってこの展開は、意外性のない状況であったようだ。
「こんなこと、アルベールに相談するべきではないって、わかってるんだけど……」
「うんん。頼ってくれるのは、すごく嬉しいよ」
「本当?」
彼は私に向かって優しく微笑むと、どこか遠くを見つめながら告げた。
「レオドールは、見てわかる通り……。意地っ張りで、自分の気持ちを素直に言えないタイプなんだ」
「だろうね」
それは何度も会話をしているから、よく理解している。
あいつが兄とよく似た性格だったら、レオドールの気持ちを疑わなくて済んだ。
なのに……。
そう言うところが、損をしていると言うか、なんと言うか。
口ではボロクソ言い合いながらも縁切りができないのは、見ているこっちまでもどかしくなるような不器用さを、彼が抱えているせいなのかもしれないね。
「これが最後のチャンスだと、思っているんじゃないかな」
「私が今、フリーだから?」
「うん。勇気を出してアプローチすれば、自分のものになる。そう思ったら、居ても立っても居られなかったんだ」
「いくら急いでいるからって……。好感度が地の底まで落ちている状態で、言い寄ってくるのは、ちょっと……」
私が難色を示すと、アルベールの口からは思わぬ言葉が飛び出てきた。
「そうかな? 今の状態は弟にとって、すごく動きやすいと思うけど……」
「なんで?」
「これ以上好感度が下がるのを、恐れなくていいじゃないか」
私はその発言によって、どれほど嫌がっても聞く耳を持たぬままグイグイと来る理由をようやく理解した。
――あっ。そう言う感じかぁ……。
そんなの、きっちり面と向かって説明してもらわなきゃ、わかるわけがないって!
元許嫁がいい笑顔で告げる姿を目にして、思わず引いてしまった。
そんな私を見かねた彼は、真顔で釘を刺してくる。
「レオドールは、本気だよ」
「ええ……? これからも、積極的に言い寄ってくるの……?」
「うん。弟と結婚したくないのであれば、僕ら以外に好きな人を作らないとね。できるだけ、早く」
「そんなことを、言われても……」
そもそも私は前世も喪女で、今世だって悠々自適のお1人様生活を送る気満々だったんだけど……?
今すぐに生涯添い遂げたいと思うような異性を作れと言われたところで、無謀でしかなかった。
「どちらにせよ、君は貴族のご令嬢だ。好きな人ができなくたって、政略結婚は避けられない。でも……僕はエルネットには、幸せになってほしいと思っているよ」
「アルベール……」
「レオドールの目に余るような行動があれば、僕にいつでも相談して。エルネットなら、いつでも大歓迎だから」
なんて優しい、王太子なんだろう!
妹と真実の愛を芽生えさせていなければ、惚れていたかもしれない。
――まぁ、今さら彼の魅力に気づいたって、もう遅いんだけど。
もうすでに目に余る被害を受けて、あのまま食べられてしまうかもと怯えているなんて、相談できないよなぁ……。
私はどんな困難も、誰にも頼らず立ち向かって来た。
天才魔術師なわけ。
だからこそ――。
妹の婚約者に一から百までおんぶにだっこなんて、そんな惨めな姿は晒せないでしょ。
「ありがとう。私、頑張ってみる!」
「うん。もうすぐ、夕暮れ時だ。気をつけて帰るんだよ」
「転移魔術があるから、大丈夫!」
私はアルベールにお礼を告げると、笑顔で彼と別れた。
「こんな思いをするくらいなら、手放さなければよかったな……」
――別れ際に彼が不穏な言葉を呟いていたのだと、気づけぬまま……。




