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うまくいかない

 真っ昼間から、黒魔術の解呪。

 おやつ時にあいつが訪ねてきて、ちょっと休憩。

 夕方は、アルベールに相談……。

 目が回るような忙しさに疲弊の色を隠せない私が、やっとのことで実家に帰宅しようとすれば――。


「どこで、油を売っていた」

「げっ……。なんで、こんなところに……」


 なぜか門番と一緒に仁王立ちしていたレオドールが、私を呼び止めた。

 彼は不機嫌な様子を一切隠さず、こちらへ厳しい視線を向けて見下してくる。


「婚約者が他の男に言い寄らぬように管理するのも、俺の役目だ」

「いや、だから……」


 あんたが勝手に、私を婚約者扱いしているだけでしょ!?

 もう、勘弁してほしい……。

 なんで1日に何回も、大嫌いな人間と顔を合わせなきゃいけないわけ?

 そんなふうに、うんざりしている私の姿を見かねたのだろう。


 レオドールはため息を溢すと、私の手首を掴んで王城の中に戻っていく。


「来い」

「ちょ、ちょっと!」


 私がどんなに大声を出しても、彼は真逆に進むのを止めなかった。

 王城で働く人々は、何事かとこちらをジロジロ見つめている。


 だけど……。


 彼らはどうやら、見て見ぬふりをすると決めたらしい。

 そりゃ、そうか。

 相手が第2王子じゃ、口出しなどできるはずがないよね。


 こちらが諦めにも似た感情を抱いて観念すると、彼は堂々と空き部屋に私を引っ張り込む。

 その後、流れるような動作で鍵をかけ、壁際に追い詰めた。


「何す……!」

「忌々しい……」


 左手で壁に手をついた彼は、私の胸元を覗き込んで鼻を鳴らす。


 ――これって、壁ドンじゃん!

 一体なんのつもり?


 身の危険を感じ、こちらも負けじと睨みつけてやる。

 すると――。


「あの男の匂いがする……」


 あいつは直近まで一緒にいた片割れの匂いを嗅ぎ取ったようだ。

 なかなか、気味の悪い発言をしてきた。


「はぁ? 何言ってんの?」


 いくらイケメンだからって、許されるものではない。

 さすがにこの言葉は、聞き捨てならなかった。


 アルベールと会話をしていた際には距離があったし、野外だった。

 臭いなど、付着するわけがなかった。


 ましてやこいつは、魔術の使えない脳筋騎士団長。

 魔力や魔術の気配なんて、嗅ぎ分けられないよね?


「あれの、どこが好きだったんだ」


 あいつは苛立ちを隠せない様子で、思い悩む私に凄む。

 そんなこと聞かれたって、困るとしか言いようがなかった。


『優しいところが、好きだったんだよ』


 素直にアルベールへ抱く気持ちを打ち明けてやろうかと迷ったが、止めた。

 私を見上げる彼の瞳が、死んだ目をしていると気づいたからだ。


「顔か、声か。性格か?」


 ――軽い気持ちで普段どおりに挑発的な言葉を投げかけたら、命を奪われかねない危うさが全身から滲み出ていた。


「俺でもいいだろう」


 失言によってもっと激昂させるくらいなら、黙っていたほうがいいよね。


 そう考えた私は、じっと唇を噛み締めて黙秘を貫く。

 早く嵐が過ぎ去りますようにと、願いながら。


 すると――。

 あいつの言動が、だんだんと怪しくなってきた。


「俺にしろ」


 押し売りが激しすぎるのも、問題だ。

 私が彼以外求めるつもりはないと言質が取れるまで、一生煩く騒ぎ立てるつもりなのかもしれない。

 そんなの、非効率にも程があるのにね。


「もう二度と、あの男に言い寄るな」


 あいつの表情が、苦悶に歪む。

 私はそれを目にしたあと、ようやくレオドールが勘違いを拗らせて暴走していると気づく。

 その後、対策を講じるべく重い腰を上げた。


 ――普通に否定をするだけじゃ、きっと喧嘩になる。

 こいつが指摘されて、嫌な発言をしなきゃ。


「何それ。嫉妬してんの?」


 誰がつけ入る隙を、与えるもんか。

 怯える表情なんか、見せてやんない。


 私はそう自身を奮い立たせ、小馬鹿にしたような笑みを心がける。

 そして、彼の本心を引き出そうと試みた。


 すると――。


「そうだ」


 あいつは悩む素振りもなく、口元を綻ばせてはっきりと肯定した。


 ――まさか、素直に認めるなんて!

 あり得ないでしょ!?


 私は狼狽えそうになるのをぐっと堪え、吐き捨てた。


「余裕のない男は、嫌われるよ」

「ああ。身を持って、痛感している」

「だったら……!」

「落ちるところまで落ちた。あとは、這い上がるだけだ」


 レオドールは千尋の谷から突き落とされた獅子のような発言をすると、狙った獲物は逃さないとばかりに紫色の瞳に強い意志を宿らせる。

 その後、はっきりとした口調で宣言した。


「俺は必ず、エルネットに好きと言わせてみせる」

「ちょ、ちょっと……」

「俺なしではいられなくなるように、何度も愛を伝えよう」

「そう言うの、必要ないから……!」

「逃げるな」

「や……っ!」


 レオドールは視線を逸らそうとした私の肩を強い力で掴むと、オレンジ色の瞳を覗き込んできた。


 ――幼少期とは比べ物にならないほどに力が強くなり、ガタイがよくなった。


 そんな彼と至近距離で見つめ合うと、嫌でも立派な男の人に成長したのだと感じさせられてしまう。

 だからかな?

 心臓が嫌な音を立てて高鳴るのを、黙って聞いているしかなかった。


「真正面から、受け止めろ。これはエルネットの、得意分野なはずだが」


 それが恋をした時の息苦しさだとは、思いたくない。

 これは――。

 急に異性に迫られて、驚いているだけだ。


 きっと、そうに違いない。


 彼から強引に迫られ、喜ぶなんてあり得ないと信じたいのに……。

 全身に熱が灯るのを、止められなかった。


「だ、だって……。こんなの……」

「おかしくない。俺の気持ちを、見て見ぬ振りをしてきただけだ」


 ――こいつの言っている話は、本当なんだろうか?

 そんな素振り、私に対しては一度も見せなかった癖に。


 逃げ道を塞いで、好きだ、愛している。

 そんなふうにバカの一つ覚えみたいに囁くなんてさ?

 こんなの、卑怯だよ。


「こう言うところが、嫌いなんだってば!」


 私は苛立ちを隠しきれず、胸の奥底に抱いていた怒りを爆発させた。


「あんたはいっつも、自分のことばっかり!」


 相思相愛の夫婦になりたいと願うなら、一方的に愛をぶつけるのは止めるべきだ。

 私の意見も取り入れ、どうするのが一番2人のためになるかを真っ先に考えなくちゃ。

 それが無理なら、こちらへ言い寄る資格すらない。


 たとえ相手が、私でなかったとしてもね。

 これはいわば、最低限のマナーだ。


「あんたなんて、絶対好きにならないんだから!」


 一発お見舞いしたところで、その手が掴まれて防がれてしまうだろう。

 それを重々、承知の上であったからこそ――私は睨みつけるだけに留める。


「言いたいことは、それだけか」


 再び険悪な空気が、2人の間に満ちる。

 だけど――。

 居心地の悪さなんて、今は全く気にならない。


 だって……。


 ある魔術を完成させるまでの時間稼ぎさえできれば、それだけで充分だったから。


「うるさい口は、塞ぐに越したことはない……」


 あいつは剣呑な眼差しを私に向けたあと、口元を歪めて顔を近づける。


 ――私はこの瞬間を、ずっと待っていた。


 彼にとっては、こちらの唇を奪う絶好のチャンス。

 その行為に意識が集中して、その他が疎かになっている。

 この状況であれば、レオドールの拘束から抜け出せる確率が高まるはずだ。


 ――意識を、一点集中。


 口を塞がれる前に、転移魔術を発動させてやるんだから……!


「エルネット。俺は……」


 ――よし、今だ!


 彼の言いかけた言葉を拒絶するように、魔術を発動させる。


 こうして私は、あいつをこの場に残して逃げ出した。


「うまくいかないな……」


 私がいなくなったあと―――あいつが反省の色を隠せない様子で顔を覆っていることに、気づかぬまま……。

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