病弱な妹
「お、お嬢様!?」
「ただいまー!」
交流のある使用人が目を見開いて驚いているのは、私がなんの前触れもなく転移を使って姿を見せたからだ。
こんなんでいちいち騒がれちゃ、やってらんないよ。
私は普段通り、元気よく彼女に向かって挨拶をした。
「また、転移をお使いになられたのですか……?」
「えへへ。ごめーん。緊急事態で……」
「乱用は避けてくださいと、旦那様から何度も諭されていたはずでは!?」
「そうだ。お父さん、いる?」
「ええ。公爵でしたら、書斎にいらっしゃいますが……」
「ありがとう!」
使用人のお小言なんて、聞いている場合じゃないや。
今はとにかく、事実確認をするのが先だ。
そう考えた私は、公爵令嬢らしからぬ全力ダッシュで廊下を駆け抜け、お父さんのいる書斎へ向かった。
「お父さん!」
「エルネット……。ノックくらい、しなさい」
「いいじゃん。家族なんだから」
「王太子と許嫁を解消して、気が抜けているのかもしれないが……。エルネットには今、別の縁談が舞い込んでいる」
「それって、第2王子との?」
「……知っていたのか」
事情を説明する前から状況を把握している件について、お父さんが目を丸くしているあたり、レオドールが直接求婚してくるのは、やっぱり想定外だったんだね。
それだけ切羽詰まっているのではと教えてくれたアルベールの話が、真実だと証明しているみたいだった。
「あのさ。それ、どうにかして、白紙に戻せないかな」
「何を言っている。これはまたとない、チャンスなのだぞ。姉妹で王家に嫁ぐなど……。我が公爵家始まって以来の快挙だ!」
「えぇ……」
――お父さんはあいつとの縁談に、乗り気のようだ。
つまり、私の味方はアルベールと自分だけしかいないってこと!
これって、まずくない?
さっさと駆け落ちの相手を探さないと、手遅れになりそうだ。
でもなー……。
こんな状況であいつとの結婚を阻止するために、誰かに協力を要請なんてできないよね……。
2人でいるところを見られたら、間違いなく修羅場になる。
――レオドールは剣術の達人だ。
こっちだって、ただでやられるつもりはないけどさ? 魔力には、限りがあるわけで……。
最悪の場合、惨劇が起きてしまう。
――あーあ。
私の退路、完全に断たれちゃったかも……。
考えれば考えるほど、憂鬱で仕方がない。
そんな中、お父さんは私とレオドールをくっつけるために、残酷な命令を下した。
「第2王子との仲を、できるだけ深めるのだ」
「無理だよ。あいつと私、不仲だもん」
「ええい! そんなわけがあるか! レオドール殿下は、エルネットを娶りたいと申し出てくださったのだぞ!」
「だから。それは何かの間違いで……」
「殿下との結婚が嫌なら、公爵家を出ていくんだな」
――そうか。その手があったか!
公爵家と縁を切れば、私は貴族の血を引く平民のエルネットになれる。
王族との結婚相手にふさわしくない状態になれば、王様もきっと、私とあいつとの結婚を認めないはず……!
妹やアルベールとの縁も切れて、一石二鳥だよ!
「今まで、お世話になりました!」
「……何を言っておるのだ?」
「私、今日から平民のエルネットになるね!」
そうと決まれば、最後に妹の顔を見てから家を出よう!
お父さんと話をしたおかげで名案を閃くなんて、私ってなんてラッキーなんだろ?
「そんな簡単に貴族を辞められたら、誰も苦労はしな……!」
私は何かを言いかけた父の言葉を無視して、自画自賛をしながら妹の部屋に向かった。
*
突然だが――私の妹。
14歳のマリンヌ・ヨトシーハは、美少女だ。
ミルクティベージュの腰まで長い髪を垂れ流し、桃色の瞳を持つ。
勝ち気で快活な印象を与える姉の私とは、大違い。
しかも病弱で、深窓の令嬢ときた。
微笑む姿はいつだって儚げで、悪役令嬢を陥れる性悪ヒロイン疑惑の鱗片など一ミリも感じられないほど、守ってあげたくなる。
私の世界で一番かわいい妹の――はずだった。
「お姉さま……」
なんだか今日のマリンヌは、様子がおかしい。
身体がつらいはずなのに、上半身を起こしてこちらを潤んだ瞳で見つめる目の奥底には、確かな決意が宿っている。
「どうしたの?」
私はベッド脇の椅子に座ったあと、妹の顔を覗き込みながら確認した。
するとあの子は拳を握りしめ、鈴の音が鳴くような美しい声で声を発する。
「わたしはアルベール様と、愛し合っているんです……」
彼女がそう言いたくなる気持ちは、よく理解できた。
この子にとって私は、目の上のたんこぶ。
さっさと排除したい、アルベールをたぶらかす悪女なのだから……。
――ここで選択師を間違えたら、一発アウト。
断頭台まっしぐらとか、勘弁してよ!
あいつに一方的な愛をぶつけられるのが嫌で逃げたのに……。
まるでその行動が無駄だとでもいうかのように、身の危険を感じる羽目になるなんて……!
私に、どうしろって言うの!?
そう怒り狂いたくなる気持ちをぐっと堪え、私は妹の姿を観察する。
――痩せ細った身体。青白い頬。
マリンヌはずっと、この部屋で1人きり。
こちらの状況など、アルベールが告げぬ限りはよく知らないのだ。
彼女に言いようのない怒りをぶつけて追い詰めたところで、なんの意味もない。
さらに火種が増えるだけだ。
だったら、ここは彼女を安心させる方向で話を進めたほうがいいだろう。
「うん。アルベールから聞いたよ。ごめんね? 今まで知らなくて。もう、邪魔はしないから……」
私はできる限り、この子に寄り添う姿勢を見せた。
だが――。
どうやら、この発言はマリンヌの地雷を踏んだらしい。
「だったらどうして、2人きりで会ったんですか……?」
彼女は桃色の瞳を潤ませ、私に問いかけた。
許嫁を解消するだけなら、彼の口から直接話を聞かなくてもよかったはずだと――そう言いたいのだろう。
「アルベール様はもう、わたしの婚約者なのに……!」
――こんな状態じゃ、アルベールを呼び捨てることすらも不安がらせてしまいそうだ……。
身体の弱いマリンヌは、精神的な負担が死に直結する。
素の自分で接したら、何が彼女の体調を悪くするきっかけになるか、わかったものではない。
――この子を見習って、お淑やかな令嬢を演じたほうがいいかも。
私はより一層発言に細心の注意を払いながら、誠心誠意謝罪をした。
「本当に、ごめんなさい。殿下は、お優しい方だから。直接許嫁に解消を伝えなくちゃって、躍起になっていたんだと思う。今はすごく、反省しているよ。軽率だったって……」
これで落ち着いてくれたら、どんなによかったことか……。
こちらの思惑とは裏腹に、彼女の瞳に溜っていた涙が、ポタポタと布団の上に溢れ落ちる。
どうやら、話が拗れるのは止められそうにない。
「酷いです……。わたしには、殿下しかいないのに……」
「マリンヌ……。泣かないんで……」
「どうして意地悪、するんですか……?」
――さて。
これは本当に、妹に対する嫌がらせの一環なのだろうか?
どうにも納得できず、唇を噛みしめる。
どうして私の周りにいる人達は、どいつもこいつも話を聞けないの……?
――マリンヌは、わかるよ?
この子はずっと自室に籠もりきりで、家族以外の人間とまともに会話する機会すらも与えられなかった。
だから、コミュニケーション能力が欠如していると結論づけられる。
でも、レオドールは?
あいつは、第2王子だ。
王族として、それなりに社交性が培われていなければおかしいはずだった。
――なのに……。
彼は自分勝手な、我儘王子に育ってしまった。
――それは多分、本来の気質だけではなくて……。
王太子のように、敬われていなかったから、なんだよね……。




