説得を試みて
「エルネット。この間は、ごめん。風邪を引いたせいで、君との面会をすっぽかしてしまって……」
あいつとの初対面から、3か月後。
本物のアルベールは、申し訳無さそうに頭を下げた。
――あー。なるほどね。
ようやく、状況を理解できた。
私は、思い切って彼に問いかける。
脳裏に過った仮説が事実か、確かめるために。
「うんん。大丈夫だよ。アルベールの代わりに、レオドールって男の子が、私へ会いに来てくれたから」
「え……?」
「あの子のこと、知ってるんだよね?」
レオドールの名前を口にした直後、露骨に許嫁の顔色が変化した。
私から彼の名前が出てくるなんて、想像もしていなかったって感じかな。
なんか文句があるなら、全部あの子に言ってほしい。
私は2人と出会ったばかりで、何も知らないんだから……。
「レオドールは……。僕の、弟だよ」
「へぇ。そうなんだ?」
「うん……。僕達は、双子で……」
「だから顔立ちも、よく似てるんだね」
「ごめん……。隠すつもりは、なかったんだけど……」
「うんん。全然、気にしてないよ。そりゃ、最初は驚いたけどさ? ずっと、気になってたから。素直に打ち明けてくれて、ありがとう!」
私だって、妹がいるって許嫁に打ち明けていない。
だから、ここはお互い様ってことにしておこう!
こちらが満面の笑みを浮かべれば、彼は不安そうにこちらへ問いかけた。
「……レオドールのこと、気になるの?」
「そりゃ、ね。鬱々としてるって言うか……。危うい感じがしたから。あのまま放置しとくと、黒魔術の依代になっちゃいそうで……」
「それは……」
「お兄ちゃんとして、もっと気にかけてあげたほうがいいんじゃない?」
こうした指摘は、本来であれば大人の魔術師がすべきだ。
でも……。
黒魔術って、術者以外は専門家がいないみたいなんだよね。
私が解呪した時だって、お祭り騒ぎだった。
対処方法がわからなくて放置されてるならさ?
私達だけで、どうにか侵食を食い留めなくちゃいけないでしょ?
だから、提案したんだけど……。
アルベールの反応は、芳しくない。
なんでだろ?
弟なのに、助けたくないとか?
「……僕には、無理だ」
「なんで?」
「弟から、嫌われているから……」
その疑問は、すぐに解消された。
彼はどれほど手を差し伸べたところで跳ね除けられるに決まっていると、諦めているようだ。
――これは、もしかしなくとも……。
私の出番?
ピコーンッと閃いた私は、思い切って聞いてみた。
「アルベールはレオドールのこと、どう思っているの?」
「もちろん、大切にしたいと思っているよ」
「だったら、私が2人の仲を取り持ってあげる!」
私の想像は、当たっていたみたい。
二進も三進も行かなくなった兄弟の仲を改善するには、部外者の手を借りるのが一番だよ!
こちらが笑顔で提案すれば、アルベールは思いもしない提案を受けたからだろう。
驚いた様子で、私の名を呼んだ。
「気難しい性格をしてるっぽいから、うまくいくかまではわかんないけど……。協力すれば、なんとかなるかも!」
「エルネット……」
「やる前から駄目だって決めつけるより、やってからどうするか決めたほうがよくない?」
「……うん。僕、レオドールに話してみるよ」
「それか、このまま会いに行ってみる?」
「今から……?」
私の後押しを受けたアルベールは、しばらく悩んでいたみたいだった。
でも……。
最終的には、レオドールと向き合う覚悟を決めた。
「そう、だね……」
でもね? きっと、それだけじゃ足りないと思うんだ。
だからこそ、このままの勢いで、弟に突撃しようって提案したの。
彼はあんまり、乗り気じゃないみたいだったけど……。
アルベールは、優しい性格をしているからさ?
私が強めに言えば、きっと従ってくれるはずだよね!
「ほら。善は急げって言うでしょ?」
アルベールは、日本のことわざがよくわからなかったみたい。
不思議そうに呆然と突っ立っている、今がチャンス!
「アルベール! 案内して!」
私は彼の手を取り、レオドールの元へ向かった。
*
レオドールはお供もつけず、1人で黙々と模造刀を振るっていた。
彼は、第2王子。
正当な血を受け継ぐ、王族の一員なんだよね?
いくらなんでも、不用心すぎない?
アルベールには、ぞろぞろと護衛騎士から従者まで、山ほど周りを彷徨いているのに……。
「王太子と第2王子って、こんなに扱いが違うの?」
「うん……」
「なんか、酷くない? 双子なんでしょ? こう言うの、よくないよ……」
「それは……」
アルベールが何かを言いたげに、弟へ視線を移す。
その直後、レオドールが私達に気づいた。
彼は兄の喉元に剣の切っ先を突きつけると、低い声で威嚇する。
「わっ。あ、危な……!」
「帰れ」
喉に突きつけた剣の切っ先が喉を抉ったところで、大きなダメージにはならないだろうが……。
もしものことを考え、許嫁を守るように魔術障壁を発動させる。
レオドールは私達が手を繋ぐ姿を視界に捉え、露骨に嫌そうな顔をした。
「ちょっと! その言い方はないでしょ? せっかく私達が、会いに来たのに!」
「ありがた迷惑だ」
彼は武器から、手を離す
私の魔術障壁を、模造刀では打ち破れないと判断したようだ。
その後、こちらに背を向けた。
「あなたの事情は、アルベールから聞いたよ。このままでいいと、ほんとに思ってるの?」
「貴様には、関係ない」
「あるよ! だってこんなの、おかしいじゃん! ちゃんと、言わなきゃ駄目!」
「俺が黙って大人しくしていると、本気で思っているのか」
「だって、そうでしょ?」
この際だから、全部ぶち撒けちゃえばいいのに……。
レオドールは鼻を鳴らしたあと、小馬鹿にしたような口調でか細い声を紡ぐ。
「ふん……。舐められたものだな」
その声音には、失望の色がより濃く込められていた。
――もしかしなくとも、私。間違った?
もしも誤解をしてるのだとしたら、大変だ。
私はすぐさま、フォローをしたんだけど……。
「こいつに、成り代わるべきじゃなかった」
「私達は、あんたを責めたいわけじゃ――」
「貴様らは自分達がどれほど恵まれているか、理解していないからそんなことが言えるんだ」
一度悪い方向に思考を巡らせたら、止まれない。
彼は次々に、心の奥底に抱いていた苦しみを吐露し始めた。
「どれほど手を尽くしても改善されない環境。誰にも手を差し伸べてもらえず、孤独に苦しむ俺の気持ちなど、わかるはずがない」
「そうだよ。だからこうやって、私達が会いに来たの!」
レオドールからしてみれば、どうして誰もこの苦痛を理解してくれないのかと、誰かに責任転嫁したくて堪らないんだろうけど……。
どんなに一人で抱え込んでいたって、無意味でしかない。
言葉にしなきゃ、他人には伝わらない。
だからこそ、大事なのは――。
私達は今ならきっと、わかり合える。
真正面からぶつかれば、こちらの気持ちも届くはず!
そう考えた私は、彼の説得を続けた。




