レオドールと初めて出会った日
私が初めてレオドールと出会ったのは、アルベールの許嫁になってから3か月後だった。
「エルネット!」
私の名を嬉しそうに呼ぶ金髪を視界に捉えた直後、ある違和感に気づく。
――魔力が、違う……。
アルベールは月のように凛然と輝くオーラを纏っていた。
でも……。
目の前にいる少年は、銀色の風を周囲に漂わせている。
変装は完璧だったが、魔力までは擬態できなかったみたい。
「あなた、誰?」
「……ぼ、僕だよ。君の許嫁。アルベールだ……!」
私の許嫁を騙る偽物は、明らかに嘘が露呈するのを恐れていた。
そんなバレバレの変身魔術で姿を隠して、王太子に成り代わるなど正気とは思えない。命が、惜しくないのかな?
「ふーん。アルベールだって言い張るなら、もういいよ」
普通の魔術師だったら見破れなかったもしれないけど、残念ながら私は天才だ。
この程度の魔法なら、いくらだって解除できる。
――だから……。
彼の正体など見当もつかなかった私は、指を鳴らして真の姿を暴いてしまった。
「う……っ!」
その結果――。
少年が悲鳴を上げた直後、パンっと何かが弾ける音とともに、彼の姿が変化する。
そこに佇んでいたのは、背中に背負うオーラとそっくりな銀の髪と、ミステリアスな紫色の瞳が印象的な少年だった。
まさか顔立ちがアルベールとそっくりのまま、変化しないなど思いもしない。
「あれ? 偽っていたのは、髪と瞳の色だけなの?」
だからこそ、こちらから不思議に思って問いかける。
すると――。
驚愕で目を見開いた偽物は、許嫁とは似ても似つかない声で呆然と呟いた。
「な、なぜ、バレた……!」
「あのさぁ。私を、誰だと思ってるわけ? 未来の天才魔術師だよ? この程度の変身魔術を解除するなんて、余裕なんだから!」
「師匠の魔術は、誰にも破れないはずなのに……!」
こいつの言う師匠が、誰かわからない。
だけど……。
こんな低レベルな魔術の解呪は、私にかかれば朝飯前だよ!
そもそも完璧な魔術なんて、この世には存在しないからね。
今回は、この少年の驕りに助けられたような形だ。
「解除できなきゃ、なんの力も持たない人間が不利じゃん。一方的に誰かを虐げる力なら、私はいらない」
「……貴様が魔術を使えるかどうかなど、俺には関係のない話だ……」
「ま、そうだけど。あんたをアルベールに仕立て上げた人間が、強い力の持ち主だって言うのはすぐにわかったよ。私じゃなきゃ、入れ替わりに気づけなかったかも」
「あ、当たり前だ! ガデムの魔術は凄い!」
「術者が強い力の持ち主でもさ?それを使役するあんたが弱くちゃ、話にならないよ」
事実を隠したところで、なんの意味もない。
いつかこの少年が傷つくだけなら、早いところ自覚しておいたほうがいいんじゃないかなぁって思ったんだけど……。
どうやら、彼にとってはありがた迷惑だったみたい。
そんな指摘を受けるなど想像もしていなかった少年は、声を震わせながら私に告げた。
「お、俺が弱い、だと……?」
「だって、そうでしょ?」
――そんなに、驚くようなことかなぁ?
魔術の力で、姿を変化させました。
アルベールとして振る舞います。
そうやって私のところにノコノコ顔を出して、正体を見破られちゃったんだから。
普通、すぐさま術者の元へ逃げ帰るでしょ?
それをせずここに留まり続けて、呑気に会話とか……。
命が惜しくないの?
こんなふうに思うのは、当然だよね?
「詰めが甘すぎるんだよ。私がアルベールの姿を偽ったあんたを許せないって思っていたら、今頃首が飛んでいるかもね」
本気で偽物を加害するつもりはないけど、これ以上苦言を呈する気にもならずに肩を竦める。
その様子を見ていた彼は、愕然とした様子で声を震わせた。
「……き、貴様も……。俺よりも、アルベールを大事にするのか……」
この少年は自身の危機的状況に陥ることに関して、興味を抱けないみたい。
これは、はっきり言ってあげないと駄目な感じかも。
私は渋々、彼に事実を突きつけた。
「当たり前じゃん。まだ出会ったばかりだけどさ? 私は一応、あいつの許嫁だから」
名前も知らない男の子よりも、許嫁のアルベールを優先するのは当然なのに……。
「俺だって……」
こいつにとって、私の解答は不正解だったみたいだ。
「俺にだって、貴様の許嫁になる権利があった。あいつさえ、いなければ……。アルベールが数分先に産まれたせいで。俺はいつだって、あいつの影……。スペアにしか、なれない……」
ブツブツと彼に対する呪詛のような言葉を吐き出した直後から、綺麗に透き通った銀色のオーラが、鈍色に怪しい光を放ち始める。
――これは明らかに、まずい傾向だ。
「ちょっと、大丈夫? なんか、変だよ。思い詰めてるって言うか……あんまりそれ、よくないんじゃ……」
「うるさい!」
このままの状態で、黒魔術に秀でた人間に見つかりでもしたら……。
いろいろと面倒なことになりそうだ。
だからこそ――。
私は慌てて、彼を落ち着かせようとしたんだけど……。
「アルベールを愛する、貴様など嫌いだ!」
その甲斐も虚しく、少年は私の差し伸べた手を勢いよく叩き落とした。
――パチンッ。
音を立てて強い力でぶたれたせいか、じんじんと指先が痛む。
文句の一つも言ってやらなきゃ、こっちも収まりがつかないよ。
そう思って、眉を吊り上げて怒鳴りつけてやろうとしたんだけど……。
「う……」
――明らかにやりすぎたと言わんばかりの顔をした彼と、目が合ったせいだろうか?
なんだか、毒気を抜かれてしまった。
少年は、瞳を大きく見開いて怯えている。
恐らく、このあと起こるであろう出来事を想像して、どうにかなってしまいそうなんだろう。
怒られるとわかってるなら、やらなきゃいいのにね?
――まぁ、わざとじゃなさそうだから……。
フォローくらいは、してあげないとかわいそうかな。
私は考えを改めると、後退りする彼とゆっくり距離を縮めた。
「私のことは、嫌ってもいいけどさ……」
「く、くるな……!」
「傷ついている人を放っておくほど、私も鬼じゃないよ」
「黙れ! 貴様になど、会いに来なければよかった! こんな惨めな気持ちを味わい続けるくらいなら、消えたほうが……」
「そんなの、冗談でも言わないでよ」
自己否定は、ほんとによくない。
心の隙間につけ込むため、悪いものが寄ってくるから。
このまま彼と別れて、黒魔術の触媒にされては堪らない。
私は名前も知らない少年を安心させるため、口元を綻ばせる。
その後、少年の指先に触れた。
「ちょっと1回、落ち着こう?」
こっそり彼の周りに漂う嫌な気配を払い除けたつもりだった。
でも……。
少年はずっと、どんよりとした重い空気に支配されていた。
だからこそ――。
それが突如取り払われたら、私が何かしたんじゃないかと思うのは当たり前だ。
「う……っ」
彼は呻き声を上げて私の手を振り払うと、呆然と呟いた。
「貴様は一体、な、なんなんだ……」
「初めまして! 私は、エルネット! ヨトシーハ公爵家の娘だよ」
「違う! 名前など、聞いていない!」
「そう? でもさぁ。いつまで経っても、アルベールの偽物なんて不名誉な呼び方をするわけにはいかないし……」
「ぐ……っ」
彼も私の指摘を受けて、ようやく本名を名乗っていないと気づいたのだろう。
言葉を詰まらせた少年は、先程まで怒り狂っていたのが嘘のように狼狽え始めた。
「教えてよ。なんて名前なの?」
「お、俺は……」
無邪気に問いかければ、彼の表情が曇る。
そんなに、言いたくないのかな? 目を白黒させて、青くなったり赤くなったり。
忙しそうに表情を変化させる少年は――年相応のかわいらしさがある。
なんだろ、この感じ。
口調は荒々しいけど……。
こう言うのって、ギャップ萌えって奴?
よくよく見れば、顔立ちも整っている。
それに……。
アルベールと、そっくりだ。
許嫁の姿を偽っていた件さえ見ないふりをすれば、毛嫌いするような人間ではないかもしれない。
そんなふうに、こちらが勝手に好意的な感情を抱いた直後――。
「レオドール様!」
誰かの名前らしき単語を口にした青年が姿を見せたことによって、彼はそちらへ駆け出してしまった。
私は耳を澄ませて、彼らの会話を盗み聞きする。
「ご無事でしたか。変身魔術が解除されたので、何かあったのではないかと……」
「行くぞ、ガデム!」
「レオドール様!? お待ちください。まだ、ヨトシーハ公爵令嬢に説明が……」
少年は、ガデムと呼ばれた青年の腕を掴んだ。
その後2人は、そのまま私に背を向けて姿を消してしまった。
「無視とか、引くわー……」
――こうして私は、レオドール・リスティムルクと最悪の初対面を終えた。




