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犬猿の仲

「変な薬でも、飲んだ?」

「俺は至って、正常だが」

「正気とは、到底思えないんだけど。態度といい、発言といい……。なんか、ちょっとおかしいよ」


 いつもと様子の異なるレオドールに遠慮してしまい、だいぶオブラートに包んで指摘したけど――今の彼が、普段と違うのは明らかだ。


『ふん。冗談に決まっているだろう。まさか、俺の嫁になりたかったのか?』


 平常時ならこんなふうに、私をおちょくってきたはずなのに……。

 レオドールの提案を素直に受け入れないほうがおかしいと言わんばかりの反応を見せるのは、どう考えても彼らしくなかった。


「貴様がそう思うのも、無理はない。俺はずっと、この時を待ちわびていたのだからな……」


 どうやら、あいつにも自分がおかしいと思われるような行動をしている自覚はあるらしい。

このまま話を続けても、埒が明かないと考えたのだろう。

 思わせぶりな発言を口にした直後、距離を縮めるためにゆっくりとこちらに向かって足を動かし始めた。

 その姿には、覇気迫るものがある。


「ちょ、ちょっと。何? 怖いから、こっちに来ないでよ!」

「俺は、本気だ」

「一定の距離を保っていても、伝えられるでしょーが!」


 ――こいつとゼロ距離なんて、冗談じゃない!


 私は移動式のキャスターつき椅子に座っていたのをいいことに、文句を言いながらコロコロと音を立てて後方に下がる。

 レオドールはこっちに向かって進んでも縮まらない距離に苛立ちを隠し切れない様子で、表情がどんどん険しくなっていく。


 ――なんでこいつ、こんなに怒ってるの?


彼の求婚を、断ったから?

受け入れるのが当然だと思っていたなんて、自意識過剰にも程があるでしょ!?


 今すぐ転移魔術を使って、自宅に逃げ帰りたい。

でも……。


 残念ながら魔力は、すっからかん。

 こんな状態で転移魔術なんて発動させれば、命にかかわる。


 私はどうにかして、こいつの前から魔術を使わずに姿を消す必要があった。


「エルネット」

「ぅ……っ!」


 低い声で大嫌いな人間に名前を呼ばれた瞬間。

 ゾワゾワと背筋が凍るような寒気と、背中の痛みを感じた。


 椅子に座ったまま、バタバタと両足を動かして後ろに下がろうとしても、ガツガツと身体を打ちつける痛みに声にならない悲鳴を上げることしかできず――私はその時になってようやく、いつの間にか壁際に追い込まれていたのだと知る。


「怯える必要はない。俺を受け入れさえすれば、全てが丸く収まる」


 ――後ろは、壁。

前には、レオドール。


 左右に空きスペースはあるが、相手は百戦錬磨の騎士団長だ。

 魔術の利用を禁止された状態で近距離戦なんて挑んだところで、床に組み伏せられるのがオチだった。


 退路が完全に断たれている状態で、私はどうやってこいつに勝てばいいわけ……?


 あー、もう!

イライラする

頭を使う戦術は、苦手なのに!


「誰があんたを、受け入れるもんか! あっち行って!」


 ――こうなったら、四肢を使って遠ざけるしかない。


 私は触れられる場所まで距離を縮めたレオドールの鍛え抜かれた胸板をドカドカと勢いよく蹴りつけ、抵抗した。

しかし、彼は涼しい顔をしたままこちらの膝裏に腕を入れて、強い力で拘束する。


「ちょっと! 何す……!」


 ぎゃあ! 下着が見える!


 慌てて足を蹴り上げるのを止めれたところ、レオドールは私の耳元で再び命じた。


「俺の妻になれ」


 ちょっと! なんで、そうなるわけ!?

 はいわかりましたなんて、頷けるはずもない。


だからこそ――気持ち良さそうに眠っている同僚達を叩き起すほどの勢いで、私は絶叫する。


「何度提案されたって、答えは変わんないってば!」

「君は今日から、俺の婚約者だ」

「話を聞いてよ!」

「これは決定事項だ。拒否権はない」

「はぁ……?」


 すると、彼の口からは耳を疑うような発言が飛び出てきた。

 面を食らった私が思わず惚ければ、レオドールが再び低い声で囁く。


「心配するな。アルベールなど、すぐに忘れさせてやる」

「いや、だから……」


 耳元に吐息が当たって、くすぐったいったらありゃしない!

 こいつは何度否定したら、私の話を聞いてくれるんだろうか。


 ――学習能力の、ない奴め……。


 そう、恨めしそうな視線を向けたのが、きっとよくなかった。

 彼は私に本気だと自覚させるために、首筋に顔を埋める。

そして、そこに噛みついた。


「ちょ……っ」


 ピリッとした痛みを感じて、思わず首元を押さえる。

 彼は戸惑うこちらの様子を満足そうに見つめたあと、身体を離した。

その後、ニヤリと口元に歪な笑みを浮かべて捨て台詞を残す。


「所有印が消える頃に、また顔を出す」


 ――この痛みって……。キスマークだったの!?

 あの野郎! 乙女の肌に、傷をつけるなんて!

もう怒った! 絶対に、許さーん!


「今日のことは、忘れるな。脳裏に、しっかりと焼きつけておけ」

「もう二度と、会いに来るなー!」


 人の話を聞かない男の命令なんか、誰が聞くもんですか!


 私は力いっぱい叫ぶと、彼を追い返した。


「第2王子からプロポーズを受けるなんて、やっぱりエルネット様は凄いです……!」


 ――私がよく眠れるように、給湯室へお茶菓子を取りに向かったはずの後輩が戻ってきた。

彼は去りゆくあいつの背中と私の顔を交互に見つめ、歓声をあげる。


 ドヤ顔で、胸を張りたいところだけど……。

 あいつから提案された内容が受け入れがたいだけに、思わず後輩へ問いかけてしまった。


「なんであいつ、私に求婚してきてんの?」

「さぁ……?」


 私たちは互いに顔を見合わせ、難色を示す。

 意味が分かんなさ過ぎて、どうにかなってしまいそうだった。


 ――まぁ、あいつの気持ちなんて……。

 一部始終を聞いていただけの後輩に、わかるわけ無いないか。


『じゃじゃ馬が……』

『この、朴念仁!』


 だって私達は、水と油。

 幼い頃から顔を合わせれば喧嘩ばかりしてきた、犬猿の仲なのだから――。

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