あなたの妻になりたい
「彼はわたしの、生きる希望なんです。アルベール様がいないと……」
「惑わされるな。連れて行け」
「はっ」
「お、お願いです……! お願い、お願いだから……! 許して……!」
騎士達が優先されるべきは、罪を犯した少女の願望ではなく上官の命令だ。
逆らうものは、騎士を名乗る権利を剥奪される。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
縦社会で生きる人達に何を言っても無駄だと、わかってはいた。
でも――。
このまま捕らえられてしまったら、きっとよくない方向に彼女の心が歪むだろう。
私はそれを防ぐために、どうにかこの子の願いを叶えて上げられないかと、口を挟む。
「エルネット。こいつらの処遇は、俺に任せておけ」
「やだよ! あんたに任せたら、個人的な恨みも加算して、2人を酷い目に合わせるつもりでしょ!?」
「……ふん。俺のエルネットに、牙を向いたんだ。報いを受けるのは、当然だろう」
「黒魔術を使ったのは、悪いことだってわかってる! でも、マリンヌは私の大事な妹なの!」
「――くだらんな」
どうにかしてあの子の願いを叶えてやれないかと声を張り上げたが、私の主張は彼の放った5文字によってあっさりと棄却される。
頭に登っていた血が、さっと引いていくような感覚がした。
それがなぜなのかについては、すぐに答えを導き出せる。
彼がその後に紡いだ言葉が、私の心を揺れ動かしたからだ。
「それを許せば、あの男にも同じことが言えるだろう」
レオドールは恐れている。
私が兄と、結ばれるのを。
アルベールが黒魔術に手を染めたのは、私のせい。
そんな罪悪感を解消するために、兄の隣に寄り添いたいと言われるのだけは、絶対に避けたかったのだろう。
「俺は絶対に、許さん」
――そんなこと、言うわけがないのにね。
妹の願いは、アルベールと一緒にいること。
私は邪魔者でしか、ないんだから……。
「団長! 罪人の収容が完了いたしました!」
「ご苦労。急に呼び出して悪かったな。下がってくれ」
「はっ」
あいつの命令を素直に受け入れた騎士達は、敬礼をしたあと姿を消した。
彼は私達以外の人間がいなくなったのを確認すると、騎士服が汚れるのも厭わずに、土の上へ座り込んだ。
――その姿は、到底王族とは思えない。
第2王子と言うのも、名ばかり。
いないものとして、扱われて来たからだろうか。
レオドールは、玉座に座ってふんぞり返るよりも――地べたに腰を下ろして胡座をかいているほうが、似合っているような……。
「一勝一敗だな」
こちらがそんな失礼なことを考えているのも、もしかしたら見透かされていたのかもしれない。
彼は低い声でポツリと呟き、肩を竦めた。
「何言ってんの? 勝ってんじゃん」
「違う。身内の汚点だ」
「あー、ね……」
それを勝ち負けで称するのは、どうかと思うけど。
――なんだかなぁ……。
妹に泣き叫ばれた言葉が、今もなお胸の奥に突き刺さっている。
「大嫌いって、言われちゃった」
マリンヌも、酷いよね。
自分が転生者だって知っていたなら、私に教えてくれたらよかったのに。
ほら。数は少ないけどさ?
悪役令嬢とヒロインが手を取り合う話も、存在するのだから……。
――私は、もしもの可能性を考える。
もっと早くに前世の記憶を覚えているって、打ち明けていた場合――妹が黒魔術に手を染めることは、なかったのかな?
私は心の中でモヤモヤとした思いを払拭できないまま、そんな後悔に苛まれる。
そのまま、気分が晴れるまで彼の隣にすとんと腰を下ろして座っていようと決めた。
「気にするな」
「いや。でもさぁ。私がいなかったら……」
「冗談でも、二度と口にするな。不愉快だ」
レオドールは私の腰元に腕を回すと、そう吐き捨てながら抱き寄せた。
彼の逞しく筋肉質な身体に包まれた私は、憎まれ口を叩く。
「ほんと、短気……」
「これから忙しくなるぞ。覚悟しろ」
素直にならない私の気を、どうにかして引きたかったのだろう。
彼は指先を絡めると、離れないように握りしめる。
それに驚いた私がぱっと瞳を見開いて、レオドールを見上げた。
――紫色の瞳が、こちらをじっと見下している。
それにドキドキしている気持ちを認めたくなくて、言葉を濁した。
「そう言うのはちょっと、遠慮したいかなぁ、なんて……」
「なぜだ」
「だからさぁ……」
「はっきり言え」
「――あんたは私の、どこが好きなの?」
2人に横槍を入れる恋の障害は、確かにいなくなった。
――けどさ?
重要なことを聞き忘れていると気づいて、彼に問いかける。
この返答しだいによっては、自らが胸に抱く気持ちを素直に打ち明けることになるんだろうなと、考えながら……。
「……君だけは、俺に同情しなかった」
「そ、それだけ?」
「重要なことだ。王太子になれなかった。かわいそうな第2王子と、蔑まなかっただろう。それに俺は、どれほど救われたか……」
うーん。
それって、別に私じゃなくてもよくない?
そう言ってくれる女性だったら、誰でもよかったってことだよね?
――ほんとに、伝えてもいいのかな……。
レオドールは、私を嫌っていなかった。
何度も守ってくれた。
それは、すごく嬉しい。
危機が訪れると、彼の姿を思い浮かべて助けを求めるようになった時点で――私がもう、戻れないところまで来ているのは明らかだった。
「言葉だけでは信じられないのなら、態度で証明してやろう」
「い、いや。いい。わかった! もう、何も言わないから!」
でもなぁ。
想いを打ち明けたあとに心変わりをされて、傷つくのだけは絶対に嫌なんだよね。
結局自分のことしか考えていない私を、言葉にせずとも態度で見透かしたのだろう。
彼は繋いだ指先に力を込めると、顔を近づけてきた。
「ぎーやぁー!」
「奇声を上げるな。ムードもへったくれもない……」
「だから言ってんじゃん! そうやってすぐに貶してくるあんたが、私は……!」
――嫌いだと叫んだ言葉は、最後まで声にならない。
レオドールが私の唇を、塞いだからだ。
ムードもへったくれもないのは、あんただって同じじゃん……。
そう言いたくなる気持ちをぐっと堪え、触れ合った場所から伝わる熱に焼き焦がされぬように耐えた。
「好きの間違いだろう」
「話、聞いてた?」
「素直になれ」
「いや、だから……」
もう、話が通じないなぁ。
こんな男と結婚なんか、考えられないって思ってたのに……。
熱を帯びた瞳で見つめられると、おかしくなってしまう。
なんだか胸の奥底がムズムズするような、今まで感じたことのない感情が湧き上がってくるような気がした。
もしかしなくとも、これが恋!?
えー。信じたくないよ。
認めたくない。
だけど……。
彼の優しさと私に向ける愛が本物なのは、明らかだから……。
それを受け止めれば、すべてが丸く収まるってわかってはいる。
でも……!
「エルネット……」
犬猿の仲の相手から色っぽい声音で名前を呼ばれるのは、やっぱり無理……!
「逃げるな」
「ぎゃあ!」
とりあえず、気持ちが落ち着くまで逃走しよう。
敵前逃亡を図ったのだが、不発に終わる。
手を引っ張られ、大きな身体にすっぽりと包みこまれてしまう。
「本当に、色気のない奴だな」
「百年の恋も、冷めたでしょ?」
「いや。むしろ燃え上がった」
「ええ……」
「絶対に、君の口から好きと言わせてみせる」
「もう、そう言うのは、いいってば……!」
嫌がれば嫌がるほどレオドールの瞳に熱が籠もり、スキンシップが激しくなるとか。
どうかしてるんじゃないの?
そんな言葉を発したところで、喧嘩になるだけだ。
なんの意味もないのであれば、我慢するしかない。
「レオドールなんて嫌い」
「ああ」
「いつも自分の気持ちばっか押しつけてきて、私のしてほしくないことをする」
「すまん」
「そうやって心にもない謝罪を真顔でするところが……」
「ああ」
「好き……」
もう逃げられないと観念した私は、瞳を潤ませて彼に告げた。
レオドールはその言葉を耳にした瞬間――私と向かい合わせになるよう体制を整えてから、まっすぐに紫色の瞳をこちらへ向けて告げる。
「やっと、素直になったな」
「に、二度と言わないからね!」
「それは困る」
私の大好きな優しい笑みを浮かべた彼は、やっと私の口から望む言葉を引き出せたのが、嬉しくて仕方がないのだろう。
ご機嫌な様子で首筋に鬱血痕を増やしながら、私に諭す。
「夫婦円満の秘訣は、狂しいまでに互いを求め合うことにある」
「そんな話、聞いた覚えがないけど……?」
「一度だけでは、満足できない。これからは何度でも、俺に愛を囁いてもらわなければ……」
うーん。私から好きの2文字を引き出しただけで、満足してほしかったんだけどなぁ……。
どうやらレオドールの猛攻は、私の唇から愛の言葉を引き出すまで続くらしい。
一難去って、また一難って感じ?
想いを通じ合わせて、ゴールな訳じゃないんだ。
ここは女性向け小説の世界ではなくて、現実だから。
私達はこれからも、何度だって愛する彼と減らず口を叩き合い、攻防戦を繰り広げることになりそうだ。
それに辟易するか。
こう言うのも悪くないと受け入れるかは――私次第、なんだよね。
「もう、逃さない。永遠に」
背筋が凍るような、怖いことを言われている自覚はあった。
だけど――。
遠ざければ遠ざけるほど、身の危険が迫る。
そう学習した私に、恐れるものなど何も無いない。
仕方ないよね。
他人に嫉妬する姿だって、彼の一部なんだから……。
ちゃんと愛して、受け入れさえすれば、すべてが丸く収まるはずだと信じている。
「……仕方ないなぁ。私がいないと情緒不安定になる騎士団長様のために、譲歩してあげる」
こうして私は、レオドールの妻になる決意を固めた――。




