犬猿の仲だった夫婦
黒魔術の使用は、重罪だ。
真実の愛に目覚めた王太子と公爵令嬢が手を取り合って黒魔術に手を染め、第2王子の婚約者を襲おうとした話は――瞬く間に市井へ広まった。
アルベールは廃嫡。
辺境伯預かりとなり、妹には国外追放が言い渡された。
2人とも生涯魔法を使えないように、特別な呪いをかけられたそうだ。
レオドールは私と協力して黒魔術を蔓延させた犯人を捕らえた褒美に、兄の代わりに王太子となるのが決定。
彼はその直後、私を娶ると宣言。
さっさと王の許可を得て、あっと言う間に私は彼と夫婦になってしまった。
――あの子は最後まで、婚約者と一緒にいたいと願っていた。
でも……。
その願望は、叶えられなかった。
「ねぇ。あの子が病弱なこと、知ってるでしょ? 今まで満足に、外へ出歩くことすらできなかったんだから……。最後の願いくらい、叶えてやったら?」
「貴様は一体、何を言っているんだ」
いくら悪事に手を染めたとしても、あの子は血を分けた大切な妹だ。
マリンヌと過ごした穏やかな日々の思い出が失われるわけでもないし、あの決断はあまりにも非情すぎるのではないかと抗議した。
「命を奪わなかっただけでも、感謝してほしいくらいの重罪を犯した女だぞ。望みなど、叶えられるはずがないだろう」
「でも、さ……」
「罪を犯した人間に同情して、なんになる。中途半端な優しさは、つけ入る隙を与えるだけだ」
「レオドール……!」
「あの女のことは、忘れて生きろ」
だが、彼は聞く耳を持ってくれなかった。
何それ。なんでそんな、酷いことが言えるの?
レオドールにとってアルベールは、目の上のたんこぶだったかもしれないけどさ?
いなくなったおかげで、繰り上がりで王太子になれたわけ。
二度と顔を見なくて済むと、清々しているのかもしれないけどさ……。
こんなのって、ないよ。
私はそんな簡単に気持ちを切り替えられるほど、冷静な心の持ち主ではなかった。
「レオドールの、わからずや!」
「エルネットは、お人好しにも程がある。貴様はもっと、冷酷になるべきだ」
子どもっぽい主張だと、自分でもよく理解してはいた。
けれど――。
一度口から飛び出した言葉は、元には戻せない。
普段であれば、言い合いが始まるはずだ。
なのに――。
なぜか今回は、レオドールが喧嘩を買う様子がない。
「俺を見習って、な」
どうしてなのか、ずっと不思議で堪らなかった。
だが、その答えはすぐに明らかとなる。
口元に背筋が凍るようなぞっとする笑みを浮かべた彼を目にした瞬間、頭の中で警報音が鳴り響く。
やばい。地雷を踏んだ。
逃げなきゃ。でも、どこに?
そんな一瞬の迷いが、命取りとなる。
「ちょ、ちょっと! 何これ!」
私はいつの間にか、両手首に手錠をくくりつけられていた。
「じゃじゃ馬を飼いならすには、鎖で縛りつけるのが一番だ」
「何言ってんの……?」
「一生、離さない」
「ちょっと? レオドールさーん?」
あいつは瞳の奥底に、仄暗い光を宿らせた。
私の言葉など、一切耳に入っていないようだ。
耳元で愛を囁く彼は、完全にぶっ壊れていた。
こんなのが王太子になっちゃって、ほんとに大丈夫なのかな……?
この国の未来を案じたところで、なんの意味もない。
それが不安なら、私が王太子妃として彼を支え、よりいい方向に導いたほうが手っ取り早いだろう。
マリンヌが罰を受けたおかげで、悪女に仕立て上げられ――断罪の恐怖に怯える必要は、ないのだから……。
「ねぇ。これ、外してよ」
「嫌だ」
「私からレオドールに、触れ合えない」
「俺が手を伸ばせば、問題ないだろう」
「そうだけどさぁ……」
そう言う問題じゃ、ないんだよなぁ……。
レオドールは私を抱きしめると、少しだけ機嫌を取り戻したようだ。
愛する人を腕に抱くと、安心するのかな?
この調子で、手錠も外してもらえるといいんだけど……。
どうかな……。
それは、一筋縄ではいかない気がしてなからなかった。
「どうしたらいいの?」
「自分で考えろ」
このまま彼と抱き合い、じっとしているわけにはいかない。
仕方なく問いかけてみれば、辛辣な言葉が返って来た。
はっきりしてほしいことを言わないってことは、私が譲歩するしかなさそうだ。
「はいはい。わかりました。もう、妹の願いを叶えてほしいなんて言いません」
「信用できない」
「あのさぁ。妻の話を聞かない夫って、どうかと思うんだけど」
「そうやって俺を責めるのは、逃亡の機会を得るためだな」
恋敵がいなくなっても、レオドールは不安で仕方がないみたいだ。
こいつ以外に私へ異常な愛を向ける男性なんて、いないのにね?
「逃さない。何があっても、絶対に」
「物理的に鎖で繋がなくたって、離れていったりしないってば……」
私が一体なんのために、こいつへ好意を伝えたと思っているのだろうか……。
――はっ。まさか。
私から好きって言葉を引き出すまで、この手錠プレイは、終わらないんじゃ……?
うぅ。そっかぁ。
それが、レオドールの作戦か!
なら、仕方ない。
恥を忍んで、伝えたほうが手っ取り早そうだ……。
「私は生涯、レオドールだけを愛し抜くと誓いますー」
「やり直せ」
「なんでよ!」
「心が籠もってない」
渋々望みどおりの言葉を紡げば、レオドールからクレームが来た。
どうやら、棒読みすぎたようだ。
もう。ちゃんと伝えたんだから、上辺だけでもなんでもいいじゃん。
細かいことを気にする男性は、嫌われるぞ?
――なんて。
彼を煽ったら、今よりも状況が悪くなるのは明らかだ。
私はそう言いたい気持ちをぐっと堪え、戸惑いがちに愛の言葉を口にする。
「……好きだよ」
「もっと」
「……愛してる?」
「疑問形にするな」
せっかくこっちが譲歩して、仕方なくもう二度と声に出す予定のなかった愛を、紡いでいるのにさ?
容赦ない駄目出しを受け続けるとどうなるか、教えてほしいみたいだね?
なら、見せてやろうじゃない。
追い込まれた私が――我慢しきれず、爆発する姿を。
「もう。なんなの!? 私がせっかく、付き合ってあげているのに。そんなにわがままを言うなら――」
「エルネット」
苛立ちを隠しきれずに声を荒らげた直後、ふと名前を呼ばれた。
今度はなんだと、顔を上げる
すると――。
唇を塞がれた。
「よそ見をするな。俺だけを見つめ、俺だけを愛し、俺だけに尽くせ」
「注文、多すぎない?」
「これでも、うちに秘めたる欲望の一ミリも表に出していないが」
「えぇ……」
さすがにその欲望とやらの詳細を、聞く気にはなれなかった。
レオドールは成人済みだけど、私はまだ未成年だからね。
口づけより先のあれこれは、もう少しあとになってからじゃないと困ってしまう。
「レオドールは、私が好きで好きで堪らないんだ?」
「ずっとそう、言っている」
「いや。伝わってなきゃ、意味がないよ……」
なんだか甘い空気を醸し出されているが、これで終わりにするなんて許せない。
私の両手首はいまだに、拘束されたままだったからだ。
――まるで私が、悪いことをしているみたいじゃん……。
さっさとこれを外してもらうためにも、素直にならなくちゃ。
「返事は」
「そんなの、言わなくたってわかるでしょ?」
私がこうして五体満足で生きていられるのは、レオドールのおかげだ。
それは否定しようのない、事実だから。
「仕方ないから、あんたを愛してあげる」
「仕方ない、は余計だ」
ちゃんと心を込めて、愛の言葉を述べる。
すると――。
ようやく彼の機嫌も、元に戻ったようだ。
カチャンと金属音が響き、手錠が外される。
あー、よかった。
あの手錠は無駄に高性能だし、このまま一生拘束されたら、どうしようかと思ったよ。
普通、魔術封じなんてかける?
どれだけ、こいつに信用されていないだろう?
「忘れるな。俺はその気になればいつだって、エルネットを捕らえられるのだと」
「はいはい。わかりましたー」
「……これを外したのは、失敗だったか……」
適当な相槌を打てば、再びあいつの機嫌が急降下する。
もう。ほんとに、ジェットコースターみたいな人だなぁ。
それが魅力的に映るあたり――私もだいぶ、レオドールに毒されているのかもしれないね。
「私はレオドールだけを、世界で一番愛してるよ!」
「当然だ」
気分屋で、ちょっと俺様。
私達が過ごしてきた時間の中では、デレの時よりもツンが多かった。
私に対して異常なまでの執着愛を向ける、欠点しかないんじゃないかと錯覚する彼にだって――いいところはある。
強くて、努力家。
曲がったことは嫌いだし、私と一緒なら――きっと優しいだけのアルベールとは違っていい王になる。
そんな気がするから。
「世界で一番愛おしい、俺の妻……。これからも、そばにいろ。いいな」
「うん!」
こうして私は王太子妃として彼の寵愛を受けながら、この世界で生きていく――。




