妹を退けて
「わ、私は悪くないから……!」
「無事でよかった」
怒らないでほしいと伝えようとした直後、くしゃりと今にも泣き出しそうなほどに優しく目元を緩めた彼に抱きしめられた。
「心配いらない。もう二度と、あの男が貴様に言い寄ることはないだろう」
「そ、そう……?」
まさかの展開に、目を丸くするしかない。
この反応は、レオドールにとっても不満だったようだ。
眉を顰めて、嫌味を言われた。
「なんだ。襲われたかったのか」
ぼーっとしていたら、本気で襲われそうだ。
「それだけは、絶対に嫌!」
そんな言葉とともに首を振れば、あいつは真面目な顔をして言い放つ。
「これでエルネットは、名実ともに俺のものだ。もう、誰にも奪わせない」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私の気持ちは?」
「聞くまでもない。当然、俺に惚れているだろう」
「その自信は、一体どこから……?」
「魔術を使って嫌がらないのが、その証拠だ」
「それは!」
レオドールが助けに来てくれたおかげで、魔力はまだ半分くらい残ってはいる。
けど……。
こんな状況で魔術を使って抵抗なんて、しないでしょ。
一応、感謝はしているんだから……。
「早く認めておけ」
「ちょっと、待ってよ……」
「後悔する前にな……」
「だから、私は……!」
私の気持ちは、言葉にしなくともだいたい伝わっているはずだ。
答えを急かさなくたって、いいのにね?
想いを通じ合わせるなら、誰が見ているかわからないところじゃなくて――2人きりになれる場所がいい。
「プロポーズは、ムードが大切だって言うでしょ……?」
――そうやって自分に都合のいい主張を頑なに続けた結果、注意力散漫になっている。
それに気づいたのは、後方から鈴の音が鳴くような声が聞こえたあとだった。
「お姉さま……」
「うわぁ!? 出た!」
思わず声に出してはいけない言葉を発してしまい、「しまった」と青ざめても時間は元に戻らない。
私は引き攣った笑みを浮かべて取り繕うが、妹は姉の些細なミスを許してはくれなかった。
「王太子を誑かしただけでは飽き足らず、第2王子の愛も拒むんですか……?」
「ま、マリンヌ……」
「本当に、欲張りですね。わたしからすべてを奪っておいて、みんなの人生をめちゃくちゃにした。さすがは、悪役令嬢です」
突如姿を表したマリンヌは、私しかしらないはずの単語を満面の笑みで発した。
――どう言うこと?
悪役令嬢なんてワードは、普通にこの世界で暮らしていたら、絶対耳には入らないのに――。
まさか、妹も転生してきたとでも言うのだろうか?
うんん。
そんなわけがない。
私は脳裏に浮かんだ疑問をすぐさま否定すると、平然を装って彼女に問いかけた。
「お、落ち着いて。マリンヌ……。一体、なんの話……?」
「あなたも、気づいているんでしょう? ここが女性向け小説の中だって。ヒロインはわたし。みんなから愛されるのも、幸せになれるのも、わたしだけのはずだった! なのに……!」
妹はまるで断崖絶壁に追い込まれた犯人のように、次々と衝撃的な発言をした。
だけど――。
前世の記憶を持たないレオドールにとっては、ただ耳障りで意味不明な主張を繰り返しているようにしか聞こえないのだろう。
彼は露骨に眉を顰め、いつ襲いかかってきてもいいように警戒していた。
「どうして……? 第2王子で、満足してくだらなかったんですか……? わたしは、アルベール様さえいれば……。他には何も、必要なかったのに……」
彼女は私が双子の兄弟を誑かした悪女だと決めつけ、瞳から大粒の涙を流す。
まさか1日に二度も、異常なまでの激重感情を向けられるなど思わない。
「許さない。わたしの大好きなアルベール様を苦しめた、お姉さまを」
私はどう妹を説得すればいいのかわからず、何があっても対応できるように魔術を組んでおくしかなかった。
「彼を地獄に落とした、あなた達を」
マリンヌは言葉を重ねるごとに、怒りの矛先をレオドールにも向け始める。
これはどう考えても、とばっちりだ。
――2人でなら、何が起きても対処できる。
恐れる必要はない。
犬猿の仲から婚約者になった今だからこそ、そんな安心感がった。
だけど――。
私があいつに助けを求めなければ巻き込まずに済んだのだと思ったら、気に病むのは当然とも言える。
「悪役は悪役らしく。幸せなど求めず、地べたに這いつくばって、不幸になればいいんです……!」
なんとも言えない罪悪感でいっぱいになっていると、彼女にある変化が起きた。
妹の全身に纏わりつく灰色のオーラが、漆黒に染まったのだ。
それは先程アルベールが発動させた黒魔術など、比べ物にならない。
「これ……! 魔女の……!」
――私は魔女のオーラを目にした時感じていた既視感に、ようやく気づく。
木を隠すなら森の中とは、よく言ったものだ。
――病弱な妹には、願いを叶える店を経営などできない。
その思い込みが、ここまで黒魔術事件の犯人に辿り着けなかった原因であった。
「エルネット!」
「お姉さまなんて、大嫌い……!」
次々に彼女の背中から放出される魔力が、私達を襲う。
すぐさまレオドールは剣を引き抜いてそれらを切り裂くが、彼は私を庇うだけで精一杯だった。
「レオドール!」
あいつはただの脳筋。
こういうタイプの接近戦は、苦手なのだ。
私達は再び背中を預け合うと、迫りくる闇と対峙する。
自分達の身を守りながら術者の魔力を浄化するのって、結構大変なんだよね。
2戦目となれば、集中力も途切れてくる。
でも……。
ここで、負けるわけにはいかなかった。
――敗北は、己の死を意味するのだから。
「やれるか」
「当然! 私を、誰だと思ってるの?」
泣く子も黙る、悪役令嬢――。
マリンヌは、そう思っているかもしれない。
だけど……。
私の自認は、天才魔術師だ。
泣き言なんか、絶対に言わないよ!
「たとえマリンヌが、前世の記憶を持って産まれていたとしても! 私にとっては、自慢な妹だよ!」
「いい子ちゃんぶらないで……! わたしは、そんなお姉さまが……!」
「いつか大好きだって! 仲のいい姉妹に戻れるって、信じているから!」
「これは姉妹喧嘩などでは、ありません……! わたしは、本気であなたを……!」
「この一撃に、すべてを込める! エルネ・アレ!」
レオドールが剣を振るうのに合わせて、私も魔術を発動させる。
それらは複雑に絡み合い、強大な魔法へと変化し、そして――。
「いやぁあああ!」
妹の黒く染まった闇のオーラとぶつかった瞬間、霧散した。
彼女は断末魔を上げると、糸の切れた人形のように床へ倒れ伏す。
その様子を見下していたレオドールは、危機は去ったと判断したのだろう。
剣を鞘に収めると、壁際で成り行きを見守っていた部下を呼びつける。
そして、妹の拘束を命じた。
「アルベール様と、一緒にいさせて……」
マリンヌの口からは力なく、か細い声が紡がれる。
彼女の四肢を掴んでいた騎士達は、その美しき声に聞き惚れているのだろう。
戸惑いがちに、動きを止めた。




