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誰と一緒なら、地獄に堕ちる?

「あ、あのさ……。この件、マリンヌも知っているの……?」


 私は彼の顔色を窺いながら、恐る恐る問いかけた。

 だが、アルベールは答えない。


 ――気まずい沈黙が、2人の間に満ちた。


「なら、仕方ないか」

「これ、すごく大事な質問……」

「奥の手を、使うしかないね」


 私がはぐらかさずに伝えろと、答えを促した直後のことだ。

 彼の背中に漂う、人々を包み込むような緑色のオーラが――おどろおどろしい漆黒に染まったのは。


「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでアルベールが……!」

「マリンヌに、教えてもらったんだ。本当に欲しいものは、どんな手段を講じても、手に入れるべきだって」


 信じたくなかった。

 でも、受け入れるしかない。


 それがどこからどう見ても黒魔術に侵された人間が纏う魔力の残滓なのは、事実であったからだ。


「僕は君を、愛しているから……」


 ぼんやりとしている暇はない。

 解呪しなきゃいけないと、わかっている。


 なのに、彼の姿に見惚れてしまう。


「レオドールが好きだと言うのなら……排除しないと……」


 私に愛を囁いたアルベールの瞳からは――生気が感じられなかった。

 ――双子の兄弟だからって、そんなところまでそっくりじゃなくていいから!


 レオドールも痴情の縺れで命の危機に曝されるとか、想定外なんだけど……!


 私は慌てて、彼の説得に入った。


「お、落ち着いて。あいつを始末しても、私はアルベールを好きにはならないよ!」

「他に、気になる男がいるんだね……。でも、大丈夫だよ……。僕以外の独身男性を1人ずつ、順番に倒していけばいいだけだから……」

「何それ!? とばっちりを受ける人達が、かわいそうだと思わないの?」

「うん。一ミリでも可能性があるなら、その芽は摘んでおかないと……」


 黒魔術に全身を蝕まれたせいか。

 常識まで、どこかに置いてきてしまったようだ。


 ――早く、解呪しなきゃ。


 困惑している場合ではない。

 私は慌てて、魔術を展開し始めた。


「酷いなぁ。攻撃するつもり?」

「な、なんのこと?」

「魔術の才能がない弟と、一緒にしないでほしいな……。今の僕に、不可能はないよ」

「何を言っているの? 天才魔術師の私に勝てる人間なんか、いないんだから!」

「それはどうかな」

「きゃ……っ」


 だが――。


 地べたへ寝転んでいたのが、完全に仇となった。

 私の上に覆い被さってきたアルベールはそのままこちらの四肢を拘束して、歪な笑みを浮かべる。


「な、何……」

「僕は男だよ。その気になれば、か弱いエルネットなんていくらでも組み伏せられる……」

「それも、レオドールから聞いた……!」

「……君と許嫁のままだったら、エルネットの口から弟の名前が出てくることは、なかったのかな」


 彼は寂しそうに微笑むと、顔を近づけてきた。

 どうしてこの双子は、兄弟の名前を私が口にするのを嫌がるんだろう?

 そんなところまで、似なくていいのに!


「離して!」

「唇を重ね合わせれば……。君も、僕の虜になってくれるよね? そのために、黒魔術をマリンヌから教えてもらったんだから……」

「ぅ……っ!」


 解呪に夢中で、自分を守る防御魔法なんてかけている暇はない。

 その隙をつかれ、闇のオーラが私の全身に纏わりついた。

 魔力が急速に吸われていく感覚に慌てたせいだろう。

 それを相殺するので精一杯だった。


 いくら天才でも、1人で瞬時にこなせる作業量じゃない……!


「な、なんで……!」

「僕と一緒に、地獄に堕ちてくれる?」

「――絶対に、嫌……!」

「そっか。なら、仕方ないね……」


 泣き言なんて呟いたところで、事態が好転しない。

 それをよくわかっているからこそ、冷静になるべきだと気持ちを落ち着ける。


 こう言う時は相手が優位に立っていると思わせ、油断したところに渾身の一撃を食らわせるのが一番だ。


 ――この際、唇くらいくれてやる。


 おぞましく蠢く闇の魔力も、彼のオーラを黒く染めた魔術も、全部まとめて浄化して――アルベールを正気に戻してみせるんだから……! 


「――なんでもかんでも、1人で解決しようとするな……!」


 そう、覚悟を決めた直後のことだった。

 低く唸る怒声を耳にした私は、元婚約者が後方に勢いよく引っ張られる姿を目撃する。


「レオドール!」

「ふん……!」


 彼は私達の間に素早く身体を滑り込ませると、愛剣で黒魔術を一刀両断した。


 ――このチャンスを、逃すわけにはいかない。

 私は急いで自身に宿った魔力を浄化し、中途半端に展開していた魔術を完成させた。


「エルネ・アレ!」

「う……っ。エル、ネット……!」


 彼は私の名を口にしながら、頭を抑えてその場に崩れ落ちる。

 アルベールはかなり長い間、呻き声を上げて苦しんでいた。


 しかし――。


 こちらの攻撃を受けた影響だろう。

 最終的に黒く染まったオーラは、美しき新緑色に戻っていた。


「貴様は本当に俺が目を離すと、すぐに危機的状況に陥るな」

「こう言う時くらい、もっとかっこいいこと言ってよ!」

「君を庇った。後ろ姿は、見惚れるほど魅力的なはずだが」

「自分で言うなー!」


 この自意識過剰男め……。

 ちょっと俺様が入っているのに、悪びれもなく言い放つあたりが癪に障って仕方がない。


 ――でも……。

 最近は、そこがレオドールの魅力なのかもとしれないと、考えを改めつつあった。


「どの面下げて、俺のエルネットに求婚している」

「違う! 横から奪い取ったのは、君じゃないか!」


 私がレオドールに対する評価を変化させていると、双子は兄弟喧嘩を始めてしまった。

 アルベールはいつだって、弟を諭す方だったのに……。

 こんなふうに自分の意見を主張するところを見るのは、初めてだ。


「後先考えず、同情心で彼女を手放したのは貴様だ」


 ――容赦ないなぁ。


 アルベールのようにレオドールが優しければ、私を譲っていたのかもしれない。


 だが――。


 残念ながら、弟は異常なまでの執着愛をその身に秘めている化物のような男だった。

 気に食わない兄からそんな提案を受けたところで、納得するはずもない。


「俺は最初で最後のチャンスを、無駄にはしなかった。それだけだが」

「レオドール!」

「文句があるなら、直接言えばいいものを……」


 彼はゆっくりと私達の方へ振り返ると、床に腰を下ろした兄の姿を蔑んだ。

 その表情は、複雑そうに見える


「まぁ、いい。貴様を失脚させる手間が省けた」

「団長!」


 だが――。

 これ以上ここで言い争っても無意味だと悟ったのだろう。


 レオドールは口元に歪な笑みを浮かべると、真正面の入口から大挙として押し寄せてきた部下達に命じる。


「黒魔術使用の現行犯だ。あいつを捕えろ」


 序列だけで言えば、アルベールのほうが偉い。

 まさか第2王子から、そんな命令が部下に対して紡がれるなど思いもしなかったのだろう。

 四肢を拘束された彼は、力いっぱい声を張り上げた。


「僕は王太子であり、君の兄でもある!」

「だから、なんだ」

「どうして君は、僕と双子なのに! それほど血も涙もない男に育ってしまったんだ!?」


 レオドールは私が婚約を了承してから、少しだけ丸くなったと言うか……。

 態度が軟化した。

 それはあくまで、私に対してだけのようだ。


「貴様は数分先に生まれただけで、俺が得られるはずのものを全て手に入れた。性格が歪まないほうがおかしい」


 彼は幼少期に耳にした言葉と同じような内容を兄に向かって吐き捨てると、呆然と目を見開くアルベールに別れを告げた。


「レオドール……」

「地獄で会おう」


 王太子は、抗う気力もないようだ。

 あっと言う間に、無抵抗で連行されて行った。


 ――ひとまず、命の危機は去ったのかな……?


 ほっと胸を撫で下ろして、リラックスしたい。


 でも――。


 残念ながら、まだ終わってはいないんだよね。


「エルネット」


 これから私は、めちゃくちゃ怒られるのだろう。


 彼には一応、助けを求めた。

 それはファインプレーではあったけど、レオドールが間に合わなかったらと考えるだけでも恐ろしくて仕方なかった。


 でも、仕方ないじゃん?

 こんな展開になるなど、想像すらしていなかったのだから……。


 ――うぅ……。

 あいつと視線を合わせたくないよ……!


 でも、逃げ続けてなんかいられない。

 覚悟を決めた私は、勢いよく言葉を吐き出した。

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