悪女と呼ばれたくない私
レオドールの熱烈アプローチに唆されて、いい感じの関係になってしまった……。
これって明らかに、流されているよね?
私達、あんなにも不仲だったのに!
人生って、何が起こるかわからないもんだなぁ……。
「私、これからどうなるんだろう……」
ポツリと呟いた言葉は、風に乗って消えていく。
あいつといい関係を築き上げたとしても、すぐさま結婚と言うわけにはいかないだろう。
黒魔術を人々に指南する魔女の正体が明らかにならないと、私に身体を休める時間などないのだから。
新婚生活を謳歌できなければ、一緒に暮らす意味もない。
最終的な判断は、例の騒動が落ち着いてからにしたいんだけど……。
――レオドールの我慢がいつまで続くか。
それが一番の、問題なんだよねぁ……。
あいつは幼少期からずっと私が好きで、結ばれる日を待ち望んでいた。
こちらの都合よりも、自分の欲望を優先するような男だ。
先延ばしにすればするほど、彼の独占欲は加速してしまう。
その結果――いつの間にか、首筋には隠しきれないほどの鬱血痕ができて酷いことになっていた。
「エルネット様。どうしたんですか、それ!?」
「ちょっと、ね。虫に噛まれて……」
「薬を塗ったほうが、いいですよ!」
「あはは……。ありがとう。でも、大丈夫だよ。治そうとしたって、意味ないから……」
見かねた後輩が、痣をどうにかしたほうがいいと声をかけてくれたけど……。
心配はいらないと断ったのには、理由がある。
首筋が酷いことになってから、露骨に若い男から声をかけられる機会が減っているような気がするのだ。
――虫除けとは、よく言ったものだよね……。
これさえあれば、誰かに言い寄られずに済む。
レオドールも四六時中一緒にいなくとも、精神的に安定するようになった。
この程度で彼の執着心が薄れるなら、安いものだ。
――世の中、諦めも肝心だよね……。
「トヨシーハ公爵令嬢の婚約者って……」
「まだ若いのに、お盛んねぇ……」
王城内を歩くたびに聞こえてくる下世話な話さえガンスルーすれば、黒魔術事件を解決に導くための捜査に集中できるのだ。
ポジティブに考えれば、悪いことばかりではない。
私はこうして、堂々と首元の痣を曝け出し、普段通りの生活を送っていたんだけど――。
ある日の昼下がり。
人気のない裏庭で原っぱに寝転がって小休憩をしていると、王太子に声をかけられた。
「やぁ、エルネット。休憩中かい?」
「うん。もう少しで終わりだから、ラボに戻らなくちゃ」
「そっか。その前に、少しいいかな」
「もちろん。どうしたの……?」
彼は硬い表情で拳を握りしめると、何度も逡巡を繰り返す。
――アルベールらしくないなぁ。
一瞬、双子の入れ替わりを疑って目を凝らす。
しかし――。
彼の背中に漂うオーラは新緑色で、本人に間違いなかった。
一体、何があったのだろう?
呑気にそう考えていたのが、よくなかったのだろうか。
私はこの直後、想定外の急展開に直面する。
「もう一度、やり直せないかな」
「え?」
何を言われたのか、さっぱり理解できなかった。
思わず素っ頓狂な声を上げて固まれば、アルベールは苦しそうに瞳を潤ませる。
その後、震える声で言葉を吐き出した。
「僕が好きなのは、エルネットなんだ」
アルベールの告白は、今までの前提をひっくり返すほどのインパクトがあった。
だって。
彼が私と許婚を解消しなければ、あのまま結婚するはずだったんだから……。
「マリンヌが、好きだったんじゃ……」
「あれは、嘘だよ」
「ええ……?」
妹の気持ちを、利用したってこと?
なんで、そんなことしたの?
さっぱり理解できずに、絶句する。
すると――。
アルベールはペラペラと、到底受け入れ難い理由を語り出す。
「僕はずっとレオドールに、罪悪感を感じていた。一度だけチャンスがほしいと持ちかけられたから、譲っただけだ」
「何、それ……」
「今は、後悔しているよ。本当に欲しいものは、手放すべきではなかった」
「そんなの、今さら言われたって……」
レオドールと犬猿の仲だったころは、ずっと心の奥底で望んでいた。
あいつよりも、あなたのほうがよかったと。
その提案をもっと早くにしてくれたら、彼の気持ちを受け入れていた。
そんな未来だって、あったはずだ。
得体の知れない好意を向けてくる弟よりも、兄のほうが好きなときもあったから。
「これからは、もう二度と迷わない。君を離さないと誓うから」
でも、それは過去の話だ。
1回裏切られたあと、もう一度信じられるほど、私はアルベールを好きじゃない。
あの子が彼の隣で嬉しそうに光り輝く姿を目にしたあと、元鞘に戻らないかと誘われたって、困る。
素直に差し伸べられたその手を、握れるはずがなかった。
「僕の隣で、笑ってくれないか」
あまりにも、都合のいい話にもほどがあるだろう。
私達が再び同じ道を歩むには、犠牲にする人達が多すぎる。
「冗談、だよね……?」
「僕は本気だ」
優しくて、誠実。
誰かを思いやり、不幸な境遇に置かれている弟をいつも気にしていた兄は、見る影もない。
彼の瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
目の色は異なれど、奥底に抱く想いはレオドールとそっくりだ。
「愛している。レオドールではなく、僕を選んでほしい」
さまざまな欲望が渦を巻き、緑色の瞳に浮かんでは消えていく。
「いや、そんなこと、言われたって……」
一体、何を迷う必要があるのだろう。
この場ではっきり、無理だと宣言すればいいだけだ。
わかっているのに実行できないのは、レオドールのせいだった。
あいつに散々執着されたあとだもん。
目の前で同じことが起こるかもしれないと、警戒するのは無理もなかった。
――どうする?
断るとは決めているけど、彼の中にも弟と同じような狂気が隠れしていたらと考えるだけでも恐ろしくて堪らない。
――最悪の場合を想定して、動いたほうがいいよね……。
私は危機に瀕していると伝えるため、こっそりと魔術を展開して伝書鳩を2匹飛ばした。
1匹は魔法ラボ。
もう1匹は――あの人の元へ。
――最初から、頼りになどしていない。
彼がここにやってきたところで、事態をややこしくするのは間違いなかったからだ。
でも――。
1人ではどうしようもならないこともある。
『何があっても、守ってやる』
そう、約束してくれたから。
それはちゃんと、有言実行してもらわなきゃ。
「ごめん。不誠実な男の人は、ちょっと無理かな……」
一度不倫や浮気に手を染めた人間は、何度も繰り返すと言う。
彼の言葉が嘘でも、マリンヌがアルベールに向ける愛は、間違いなく真実だ。
元婚約者の身勝手な気持ちを受け入れて、あの子を地獄に叩き落とすなんて絶対に無理だった。
あの子はただでさえ病弱で、情緒が不安定なんだから……。
彼の気持ちを知ったら、修羅場になるのは間違いない。
『お姉さま、酷いです……!』
泣き真似なら、まだいいほうだ。
彼女の瞳から大粒の涙が人前で流れようものなら、断罪されてしまう……!
「そう、だよね。エルネットが僕なんかを、好きになるはずがないか……」
偶然現場に居合わせた人々は、事情を知らない。
たとえアルベールが嘘をついたせいだとしても、彼の口から事情を説明する時間が得られるとは限らなかった。
もしもあの子が私に怨みを募らせていれば、双子の兄弟を手玉に取る悪女と思われても、仕方ない。
そんなの、絶対に嫌!




