わたしだけの王子様
わたしの婚約者になったアルベール様は、定期的に会いに来てくださった。
それがどれほど嬉しかったことか!
大好きで、大切な、わたしだけの王太子。
黒魔術など蔓延させなくとも、よかったんだと思い知らされる。
前世では文字をなぞり読み進めることによって脳内の想像を膨らませ、幻想の中でしか会えなかった。
なのに――。
こうして直接触れ合って、目と目を見つめて話せるなんて、夢のようだ。
わたしはすっかり浮かれ、欲張ってしまった。
「アルベール様……。もし、よろしければ、なのですが……」
「どうしたの?」
「第2王子にも、ご挨拶が、したいのです……。お姉さまも、わたしなら……。仲良くなれるのではないかと、仰ってくださって……」
レオドール・リスティムルクがお姉さまを愛しているのは、有名な話だ。
女性向け小説本編でも、そうだった。
彼は黒魔術に秀でた女性へ、惹かれる傾向がある。
彼の魔力属性は、闇だから。
第2王子は悪役令嬢が処刑されたあと、深い悲しみに包まれて黒魔術の才能に目覚めるのだ。
ヒロインは彼の黒魔術を浄化し、心の隙間に入り込む。
正統派王子様との純愛と、ツンデレとヤンデレが融合したニッチな第2王子の狂愛――。
後者にはあまり、興味は抱けない。
けれど……。
お姉さまが亡くなったあとに初めて顔を合わせるよりも、今のうちに心を通わせておいたほうが、いいと思ったのだ。
お姉さまだって、彼から狂愛を注ぎ込まれることに、まんざらでもない様子だもの……。
そのためには、わたしと同じ痛みを味わうのが一番だよね……?
――アルベール様を奪おうとした罰は、きっちりと受けてもらわなくちゃ……。
そんなわたしの思惑を知りもせず、彼は願いを叶えてくださった。
よかった。
これで、すべてがわたしの思い通りに進むはずだ。
大好きな人の前で、どうでもいい人間に言い寄るなんて、あまり褒められたことではないとわかっていた。
けれど……。
アルベール様が世界で一番大好きだって、わたしは何度も伝えているもの。
きっと勘違いなんかせずに、優しく見守ってくださるわよね……?
「失せろ。俺は貴様と、交流を深める気はない」
――そう、思っていたのに。
現実は小説よりも奇なりと、よく言ったものだ。
アルベール様のエスコートを受けて王城に向かったわたしが、第2王子と顔を合わせた瞬間――彼はわたしを拒絶すると、去って行ってしまった。
なんて、酷い人なの?
こんなにかわいいヒロインが泣いているのに、慰めもせずにその場から立ち去るなんて……!
「ごめんね。レオドールは、悪い奴じゃないんだけど……」
「ひっく……。アルベール、さま……っ!」
――でも。
あのおかげで、愛する人へ泣き縋れた。
理由がなければ、こんなふうに慰めてはもらえないもの。
「マリンヌ……」
彼に提案されて結んだ婚約。
お姉さまにはわたしと愛し合っていると言ったはずのアルベール様は、一向にこちらへ手を出してはくれなかった。
どうして? わたしが、好きなんじゃないの?
せめて、指を絡ませ合うくらい……。
婚約者なら積極的にしてくれたって、いいはずなのに……。
――アルベール様は結局、わたしを抱きしめるだけ。
優しい言葉も、愛の囁きすらも、得られなかった。
*
わたしが天才魔術師としての才能を開花できなかったから、アルベール様は愛想をつかしてしまったの?
もっとわたしを見て。
愛して。
幸せにしてよ!
こんなにもあなたを、想っているのに!
どうしてこの思いは、あなたには届かないの……?
「ち、違うの。落ち着いて! マリンヌ。私達は、そう。あなたの引き――」
「誰が引き立て役だ。主役は俺達に、決まっているだろう」
その原因がなんなのか。
アルベール様のエスコートを受けて参加したデビュタントによって――ようやく、それを理解した。
わたしと手を取り合ってダンスを踊っているのに、彼の視線はいつだって、お姉さまに向けられていた。
――触れ合っているのは、わたしなのに!
アルベール様の視線を追いかけたわたしは、すぐにわかった。
彼の心はまだ、お姉さまに囚われたままなんだって……。
悪役令嬢とは思えないほど無邪気に笑うお姉さまは、キラキラと光り輝いている。
わたしからヒロインの座を奪って、黒魔術に手を汚す必要がなくなったのも大きいのだろう。
あの女のせいで、わたしはこんなにも耐え難い苦痛を強いられているんだよ!?
許せなかった。妬ましかった。
やっと愛する人が手に入ったと思ったのに。
これではまた、ゼロから仕切り直しだ。
――壊れてしまえ。
何もかも。
わたしの中で、憎悪が膨れ上がる。
自暴自棄になって願いの叶う店を立ち上げると、悪人に恨みを持つ人々に黒魔術を伝授した。
シナリオ通りの行動なんて、どうでもいい。
すべてを犠牲にしてでも、お姉さまを倒さなければならない。
そう、躍起になっていたからだ。
――全部、無茶苦茶になればいい。
思い通りにならない世界なんて、壊れてしまえ。
悪役令嬢は、地べたに這いつくばっているのがお似合いだもの。
黒魔術の解呪に失敗して、そのまま命を落としてしまえばいいんだ――。
そう、思ったのに。
お姉さまは何度倒そうと思っても、しぶとく生き残った。
あと少し。
もう少し。
その一歩が届かず、ついには願いの叶う店の場所まで特定されてしまう始末。
――わたしだって愛されたい。
そう願うのは、そんなに悪いことなの?
逆ハーレムなんて、欲張りは言わない。
だから、どうか。
王太子だけは、わたしに譲ってよ。
アルベール様に、愛してほしかった。
幸せな家庭を築き上げたかった。
ただ、それだけなのに――。
「マリンヌ。僕は君の秘密を、すべて知っているよ」
お姉さまに対する憎悪はやがて、隠しきれなくなった。
一番知られたくなかった人に、その醜き感情を気づかれてしまう。
「ぁ……あ……。違、違い、ます……。わたし……」
もう、おしまいだ。
わたしは誰にも愛されないまま、死ぬしかないんだ……。
いくらでも言い訳ができたのに、想定外の出来事が起きてパニックに陥ったわたしは、声を震わせる。
そして、絶望するしかなかった。
「心配しないで。僕は君を、見捨てたりしないよ」
「本当……?」
「うん。僕もあの子が、邪魔で仕方ないから」
――でも、天はまだ、我に味方をしているようだ。
お姉さまが嫌いなわたしと婚約者ではいられないと言われるんじゃないかと、怯えていた。
けれど……。
彼はわたしと同じ気持ちだと笑顔で打ち明けると、そのまま言葉を重ねた。
「だから、教えてほしいんだ」
「何、を……」
「一緒にエルネットを、始末する方法」
夢みたい。
殿下も私と、同じ気持ちだったなんて!
――わたしだけのアルベール様。
わたしの、王太子。
ずっとずっと、大好きだった。
会いたくて。
触れ合いたくて、話したくて。
白河真凛だった頃からの、推し。
そんな彼がわたしと手と手を取り合って、邪魔なお姉さまを始末してくれると約束してくれた!
これからもわたしだけを愛して、一緒に邪魔なお姉さまを退ける。
そのあと、この国の頂点に君臨するのだ。
「はい……!」
まるで灰かぶりのお姫様が、魔法使いによって素敵な王子様に見初められた時のような気分を味わって舞い上がっていたせいで、気づけなかった。
彼がわたしを冷たい瞳で見つめながら、お姉さまを傷つける黒魔術のやり方を聞いていることに……。




