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不仲な男

「エルネ・アレ!」


 呪いの進行を食い止めていた仲間達による魔術の解除から始め、被害者と黒魔術を強引に引き剥がす。

 男性には、体力を回復する魔術と防護障壁を展開。

 安全を確保してから、新たな宿主を探して蠢く呪詛を解いていく。


 同時に術者を特定するため、あれこれ細々とした魔術を張り巡らせていたけど――それはすぐに、キャンセルした。


 黒魔術を発動させた術者も、こちらに正体を見破られたくないみたい。

 私があれこれと小細工を続けると、さらに呪いが強固になるトラップが仕掛けられていると気づいたからだ。


 ――これぞ、天才同士の総力戦って感じ?


 私と同レベルか、それ以上の術者がいるなんて――わくわくするよ!

 どんな人なんだろう? 早く、会いたいな。


 そんなことすら考える余裕があるくらい、あっという間に解呪を成功させる。


 ――うん。いい感じ!


 調子に乗ってきて、自然と口元が綻んだ直後――異変が起きる。


 どうやら、あちらも観念したようだ。


 シュルシュルと勢いを失った呪詛が、勢いよくヘドロを撒き散らしながら、パンっと音を立てて破裂する。

 あの欠片にぶつかったら、黒魔術が伝染するおまけつきだ。


 ほんと、用意周到と言うか……。なんと言うか……。

 この国に、恨みを持ちすぎでしょ?

 どんだけ、罪なき人々を呪い殺したいんだろうね? この術者は。

 それとも、私を過労死させたいとか?


 これだけ強力な黒魔術だもん。

 発動させるのも、解呪するのも、大変だ。


 私さえいなければって、きっと悔しがっているはず。

 目の上のたんこぶって、感じだもんね。

 刺される日も、近いかも。


 私は一仕事終えたあと、そんなことを考えながらぽつりと呟く。


「死にたく、ないなぁ……」

「物騒な発言を、するでない!」

「あいたっ!」


 その発言を目敏く聞いていたラボ長は、瞳を釣り上げて私の頭を叩く。

 慌てて彼のほうを振り返り、痛みに堪えながら憤慨した。


「暴力反対!」


 しかし、涙目で睨みつけてやったところで、ラボ長は痛くも痒くないようだ。

 両腕を胸の前で組んで仁王立ちしたあと、私が脳裏に思い浮かべるのすらも嫌な男の名前を口にした。


「君が命を落としたら、我らがレオドール殿下にどやされるのだ。冗談でも、二度と口にするな!」


 ――上司からの凄い剣幕で怒鳴りつけられた私は、あいつの名を聞いて辟易する。


 レオドール・リスティムルク。

 私の元許嫁、アルベールの弟。

 この国の第2王子で、ラボ長を師匠と慕う騎士団長だった。


「あいつは私に、早く死んでほしいって思ってるでしょ」

「エルネット……。君はまだ、そんな世迷い言を……」

「ラボ長はいつも、私よりあいつを庇うけどさ。レオドールの本性を知らないから、そんなことが言えるんだよ!」


 あいつは元許嫁と双子なだけあって、外面だけは、無駄にいい。

 だからこそ、自分の面倒を見てくれるラボ長には、いい顔をしているけどさ?

 レオドールは性格が、最悪なんだから!


 傲慢で、俺様で、最低最悪な朴念仁。

 それが私の知っている、あの男の本性だった。


「たわけ。殿下の内面を知らぬのは、君のほうだ」

「そんなこと、ありませんー。私は、あいつのすべてを知っているんですぅー」

「……うむ。殿下が本音を言えない理由が、よくわかった……」


 先程までの勢いは一体、どこへやら。

 ラボ長は呆れたように肩を竦めると、これ以上の対話は困難だと結論づけたのだろう。

 事後処理を行うために、倒れ伏す被害者の元へ向かってしまった。


「何それ」


 私はこの言いようのない怒りや苛立ちを、これからどうやって発散すればいいわけ?


 手っ取り早くモヤモヤとした気持ちを解消するためには、近くにあった石ころを蹴飛ばすしかない。


「ああ、もう……。ムカつく……!」


 苛立つ気持ちを勢いよく飛び跳ねる石ころと一緒に、さよならしようと考え、勢いよく右足を後ろに振り上げた時――。


「凄いです! たった1人で、黒魔術を解呪するなんて……!」


 後輩から、声をかけられた。

 キラキラと瞳を輝かせてこちらを見つめる少年の視線に、悪い気はしない。


「まーね。私の手にかかれば、余裕だよ!」

「僕も早く、エルネット様のような素晴らしい魔術師になれるように精進します!」

「うん。一緒に頑張ろー!」

「はい!」


 私達は満面の笑みを浮かべて彼とハイタッチすると、後処理を終えたラボ長と合流し――ラボに戻った。


 *


「エルネット様は、いつから魔術の才を見出されたのですか?」

「殿下の許嫁になる前だから……5歳かな?」

「凄いです! ラボにも、飛び級制度を使って所属しているんですよね?」

「そうだよ。私と同年代の子達は、まだ学園生活中だから」

「僕より、3歳も年下なのに! 凄いです!」

「それほどでも~」


 ラボ長から叱られたのが、嘘のようだ。

 後輩に羨望の眼差しを向けられながら質問責めにあっていた私は、満面の笑みを浮かべ、失った魔力の回復に務める。


 疲弊している状態では、魔力の回復が著しく低下するんだとか。

 こう言う時は、ダラダラゴロゴロしながら、ゆっくりと身体を休めるのが一番なんだ!


「あー。疲れたー。もう一歩も、動きたくなーい」

「そうでした! 疲労回復にもってこいの、ドリンクがあるんです! すぐに、お持ちしますね!」

「ありがと~」


 後輩は私に気を利かせて、給湯室に消えていく。

 さっきまで黒魔術の進行を食い込めようとしてたメンバーは、みんな床に突っ伏して寝ている。

 のんびりダラダラムードで、絶賛開店休業中って感じ。


 こんな状態でまた呪いがどうのこうのって始まったら、助かるはずの命すらも救えないからねー。

 おいしい飲み物で英気を養ったあとは、お昼寝かな……。


 このあとの予定を脳裏に思い浮かべた私は、思っていたよりも疲れが溜まっていたせいだろうか? 後輩を待ちきれずにウトウトと、微睡み始めた。


 だが、その直後――。

 穏やかな眠りを妨げる、死神が現れた。


「就業中に居眠りとは、いい度胸だな」


 忌々しい男の声を耳にして、一気に眠気が吹き飛ぶ。

 私は瞳を見開いたあと、目線だけを動かして彼を睨みつけた。


「具合でも、悪いのか」


 こちらを心配する素振りに、騙されてはいけない。

 こいつは私を不快にさせる、天才だ。

 油断したら最後。


『日頃の行いが悪いからだ』


 このように、小馬鹿にした発言をしてくるのは間違いなかった。


 ――もう。せっかく、気持ちよく眠れそうだったのに……。


 不快な気持ちでいっぱいになっているからか。

 一から百まで説明する気にもならず、ラボ内で死屍累々な様子を見せる同僚達に視線を巡らせて、彼に促した。


「私だけじゃないんだから。見ればわかるでしょ? さっきまで、大変だったの」

「俺に頼れば、いいものを……」


 レオドールは同僚たちを一瞥したあと、不機嫌そうに小声で呟いた。

 その発言には、かちんと来た。


 ――私たちがさっきまで、どれだけ苦労したと思ってんの!?


 ああ、もう。

 ムカつく!


 私は苛立ちを隠せぬまま、あいつを挑発した。


「脳筋に、何ができるわけ?」

「俺は最年少で騎士団長まで上り詰めた、実力者だ。一介の戦士と、一緒にされては困る」

「こっちは魔術の、エキスパートなんだけど!」

「自身の能力を過信しすぎると、痛い目に遭うぞ」

「平気ですー。天才魔術師に、不可能はないんだから!」

「どうだか……」


 顔を合わせるたびにああ言えばこう言うこいつが、私は大嫌い!

 いつも優しい微笑みを浮かべて見守ってくれるアルベールのほうが、よっぽどマシだよ。


 髪色は、金と銀。

 瞳の色は、黄緑と紫。

 性格は、温厚と冷酷。

 弟を大切に思うアルベールと、兄を毛嫌いしているレオドール。

 双子なのに、どうしてこうも真逆なのだろうか。


 ――同一人物だと、思われたくないから?

 二卵性だからって、可能性もあるか。

 なんだかなー。


「あの男と、許嫁関係を解消したようだな」


 なんとも言えない表情を浮かべながら、双子の兄弟を脳内で比べていると――。

 レオドールは涼しい顔で、地雷を踏んだ。


 その話はまだ誰にも、打ち明けていなかったのに!

 なんで、知ってんの!?

 聞き耳を立てていた連中が、こっちを凝視してんじゃん!

 ほんと、信じらんない。

 デリカシーが、なさすぎだよ!


 私はそう言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、鼻で笑い飛ばした。

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