自由を手に入れて
アルベールと許嫁関係を解消した私は、自由だ!
これからは彼を支える王太子妃として、相応しい教育を受ける必要もなくなる!
――なんて、素晴らしいんだろう!
私は抑圧されていた気分が解放された喜びに、打ち震える。
そして、10年近く一緒に過ごして来た未来の伴侶と許嫁関係を解消して落ち込むどころか、気分を高揚させた。
でもなー。
まだこれで、終わりじゃないんだよね……。
妹とアルベールの2人が相思相愛の婚約者になったところで、残念ながら命の危機を完全には避けられない。
むしろ、これからが本番の可能性がかなり高かった。
悪役令嬢は、物語の主人公が攻略対象と誰にも引き裂けないほど強い絆で結ばれているのに嫉妬して、誰がどう考えても無理筋な嘘を貫き通して大暴れするのが鉄則だから。
あー、やだやだ。
そんな役割、絶対ごめんだ。
下手に動いてあの2人を刺激し、四面楚歌に陥るのだけは絶対に避けたい!
だから、私は――。
「エルネット様!」
「はいはーい。どーしたのー?」
「大変です! また、黒魔術の発動が確認されました!」
「えー? またなのー?」
――王城内の一角に設立された、魔術のエキスパート達が身を寄せ合う職場。
ムッシュドノエル王国の魔法ラボに、引き籠もっていた。
私は産まれつき、人より魔力量が多い。
物心ついた時から誰に教えられるでもなく、息をするように魔術を発動できたんだ。
――これも、転生特典なのかな?
ただ、幼い身体はその負荷に耐えきれなかった。
5歳の誕生日を迎えるまでは、魔術を使うたびに体調が悪くなり、ベッドで寝たきりの生活を送っていたんだ。
寂しくて、つらくて、苦しい。
――そんな生活は、ある日突然終わりを告げた。
ある事件をきっかけに黒魔術を解呪したあとから、魔力がしっかりと身体の中に循環するようになったの。
そのおかげで――今ではすっかり、風邪すら引かない健康優良児になれたんだ!
――この世界には、魔術の秀でた才能を持つ15歳から18歳までの子どもが通う、魔法学園があるんだけど……。
事件を解決した時にみんなへ見せた魔術がすごかったから。
その学校への入学が免除され、即戦力として飛び級の許可が出た。
今は、大人達に混ざって魔法ラボで働いてるの!
今では期待の新人、とか。
天才魔術師とか言われて、自己肯定感も爆上がり!
転生する前はどこにでもいる、平凡な女の子だった。
そんな私が勝ち組の人生を送れるなんて、夢みたい!
そんなふうに感じて、最高な気分だったんだけどな~。
なんで私は、自分でも気づかないうちに妹と元許嫁を引き裂く、恋のお邪魔虫になっちゃったの……?
何度考えても不可思議で、憂鬱な気持ちで一杯になる。
このモヤモヤとした思いを、吹き飛ばすためにも!
仕事はきっちり、やらないとね。
「場所は?」
「現在は王都郊外の森にて、解呪を試みておりますが……。状況は芳しくないようで……」
この世界において、黒魔術は禁呪認定されている。
人を呪い殺したり、苦しめたり。
とっても危険な魔法だからだ。
王族の許可がない限り、使ってはいけない決まりなの。
だが……。
私が魔法ラボで働くように、なったあとくらいからだろうか。
国民が危機に晒される事件が、増加傾向にあった。
危険な魔法を使える魔術師は、当然その身に秘めた魔力も高い。
手練が束になっても解呪するのが一苦労な黒魔術にかかった人間は、その時点で人生終了。
助かる見込みがないと、見捨てられる運命だった。
――でもそれは、私がここで働くようになる前までの話。
今は全然、そんなことはない。
だってこの世界には――天才魔術師の、エルネット様がいるからね!
「オッケー。じゃあ、行こっか」
――助けを求める人がいるのなら、黙って見殺しにするわけがない。
重い腰を上げた私は、異変を知らせてくれた同僚を伴い――転移魔術を使って、現場へと急行した。
*
「無詠唱で転移を使うなんて……! さすがは、エルネット様だ!」
同僚は私が転移を使って現場にやってきた瞬間、褒め称えた。
魔術を使う際、本来であれば長ったらしい呪文を唱える必要があるからだろう。
この程度で驚いたら、このあと失神しちゃうんじゃない? 大丈夫かなー。
私は一抹の不安を感じながら、必死に黒魔術の進行を食い止めようと手を尽くす仲間の元へ向かった。
「お待たせー!」
「挨拶などいい! 早く、解呪せんか!」
「もう、せっかちなんだから……。状況報告くらい、ちゃんとしてよね!」
そんな余裕もないくらい、強い魔術なんだろうけどさ。
――まぁ? 私くらいの手練になれば? 報告なんて受けなくても、状況は把握できるからね。
ホウレンソウをすっ飛ばされたのは――信頼の証ってことで、許してあげる。
「はいはい。退いた、退いたー」
ラボの仲間達に一声かけ、彼らを押し退ける。
そして、中央で倒れ伏す被害者の姿を確認した。
「う、ぅうう……」
呻き声を上げて苦しむ男性は黒い靄に覆われ、今にも呪い殺されそうな危機的状況に陥っている。
――こりゃ、もってあと数分ってところかな。
現場を実際に自分の目で見て、私はようやく同僚達が詳細な説明を省いた理由を悟った。
――手早く済ませないと、間に合わない!
そんな危機感に駆られ、ここに来てから無詠唱で準備をしていた魔術を展開する。
「エルネット!」
「わかってるってば!」
わざと背中を無数の魔法陣を背負い、仕事をしていますよと無言のアピールを試みていたのだが……。
私の名前を呼ぶ男は、短期だから気に食わないみたい。
『そんなんだから、許嫁に逃げられるんだよ』
――そんなどうでもいい幻聴が、どこからともなく聞こえてきそうだ。
私はすぐさま脳裏に過ぎった光景を打ち消すと、意識を集中させる。
さっさと解呪をしないと、被害者の体力が持たないからね。
両手では数えきれないほどの魔術師が対処に当たっても、浸食を食い止めるのに必死で解呪まで手が回らないレベルなのだ。
いくら私が天才でも、完全な無詠唱状態で事態を収束させるのはほぼ不可能だった。
私でも、余裕綽々なままではいられないレベルの危機的状況だもん。
今日くらいは、祝詞の詠唱を許してほしい。
――よし、準備できた。
さっさと、終わらせちゃおう!
私はすべての魔法陣を展開し終え、大きく息を吸う。
そして、その後発した一言にすべてをぶつけた。




