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愛の言葉なんて、囁いてあげない

 ――夜会で突如始まった、黒魔術騒ぎ。


 駆けつけてくれた魔法ラボの同僚や暇を持て余していた騎士達のおかげで、どうにか重症者を出すに済んだ。


 だけど……。


 魔女の正体は依然、不明なまま。

 王城の中で騒ぎになったともなれば、そりゃ、王様の逆鱗に触れるよねぇ。


「天才魔術師の名折れだな」


 ラボ長と一緒呼び出された私は、めちゃくちゃレオドールの父親に詰められていた。


「早急に黒魔術を流布する魔女の存在を突き止め、大人しくさせよ。それができぬのであれば、我が息子との結婚は認めぬ!」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 レオドールと結婚しなくて済むなら、魔女なんて知らなーい。

 みんな黒魔術に侵されて、酷い目に遭えばいいんだ。


 なーんて非人道的な考えを曝け出せたら、どれほどよかったことか。


「なんだと?」

「あー、ごめんなさい。今のは冗談です……。ガンバリマス」


 私は引き攣った笑みを浮かべて本音を撤回すると、謁見の間から退出する。

 その後、ラボ長とともに帰路に就こうとして――。


「どこへ行くつもりだ」

「ぐえっ」


 レオドールに根っこを掴まれて止められた。

 うぅ……。

 首が締まる……。

 大好きな人が、ヒキガエルのような声を出したのだ。

 そんな姿を見れば、百年の恋が冷めてもおかしくはないのに――。

 あいつは全く気にした様子がなかった。


「ちょっと……。何す……」

「黒魔術は昼間になれば、効力が薄れるらしいな」

「そうだけど……」

「俺の知らないところで、エルネットが襲われては堪らん。どうせなら、ここからラボへ出勤すればいいだろう」

「いや、でも……。着替えとか……」

「用意しておいた」

「制服……」

「問題ない」


 彼は嫌がる私に真顔で言葉を発して逃げ道を塞いだあと、抱き上げる。

 その後、当然のように寝室へ連れ込まれてしまった。


「うわ……っ」


 ベッドに放り出された私は、背中を強く打ちつけて悶絶する。

 相変わらず、扱いが悪い。

 これが愛する婚約者に向ける、態度なの?

 百年の恋も、冷めるレベルなんだけど……。


「ちょっと。何す……」

「話の続きを、しようじゃないか」

「なんの?」

「貴様の心が、どこにあるのかについて」


 ――やっぱり。

 さっさと転移魔法を使って、逃げればよかったかな……。


 ベッドに押し倒した私の上に覆いかぶさってきた彼の瞳には、アルベールに対する嫉妬の炎が燃え上がっている。

 少しでも気を抜けば、まだ王太子を好きだと勘違いされる。


 そして――。


 身体から籠絡されてしまいかねない。

 そんな、危険的状況に追い込まれていた。


「あの、さ。この間の黒魔術騒ぎで、私はあんたの婚約者になったでしょ?」

「王の前で口にした冗談は、一体どう言うつもりだ」

「あれは、思わぬ状況で言質が取れたから、つい……」

「貴様があの男を、まだ気にしているからこそ、口にした言葉なんだろう」

「だから。勝手に私の気持ちを、決めつけないでよ……」

「それが嫌なら、はっきりと宣言するんだな。あいつではなく、俺を好きだと」


 それは、まだ……。

 認めたくないって、言うか。さ?

 複雑な乙女心を白日の元に晒そうと、しないでほしいよね。

 まだ、黒魔術騒ぎは終わっていないわけだし……。

 落ち着いてからゆっくりと、関係を深めていけばいいじゃん。

 なんでそんなに、焦るかな……。


「私は器用じゃないから。婚約者を蔑ろにして、他の男性に言い寄ったりしないよ」

「どうだかな。あの男と婚約を結んでいた際、俺と2人きりの時間を楽しんでいただろう。貴様の言葉は、信用ならん」

「だから目の届くところに置いて、私を管理したいんだ? あいつの元へ、逃げていかないように?」

「それもある」

「他の理由は?」


 できるだけ重い雰囲気にならないように、気を使って問いかけたつもりだった。

 だけど……。

 苦しそうに唇を噛み締めた彼は、言いづらそうに言葉を吐き出した。


「俺が、離したくない」

「あ、そう……」

「愛する人の一投足を観察していたいと願うのは、罪なのか」

「いや。別に……」


 冗談めかしてドヤ顔で宣言されるよりも、「今の俺はとっても傷ついています」と態度で表現されながら言われるほうが、私もつらいんだよね……。

 ほら。前者なら、笑い飛ばせるけどさ。

 後者は、取扱い注意って感じがあるでしょ?

 繊細な作業は、苦手なんだよね……。


 私が得意なのは、爆弾を処理するほうじゃなくて、爆発させるほうだから……。


「常識の範囲内なら、いいんじゃない?」

「どの程度だ」

「話、聞いてた?」

「周りの意見など、どうでもいい。貴様の機嫌を損ねるボーダーラインは、どこにある」

「それを教えたら、改善してくれる?」

「……善処しよう」


 ほんとに。改善されるのかな?

 凄い間が空いていたけど……。


 けど、まぁ……。


 お互いに対話不足なせいで言い争っていたのは、間違いない。


 だから……。


 このあたりでちゃんと、言葉にして伝えるのは大事なのかもしれないね。


「執着しすぎて、愛が重いなって感じない程度がいいな……」

「好意を伝えないほうが、よかったのか……」

「私を明らかに嫌ってますって態度から、好き好き大好きに百八十度変わった時の気持ちを鑑みてよ。レオドールは、両極端なんだって」


 理解できない時は、相手の立場になって考えてみろと促す作戦。


 ――それはどうやら、成功したらしい。


 彼は不満そうに唇を尖らせると、私に告げる。


「仕方ないだろう。エルネットを見ていると、感情のコントロールが利かないんだ。それほど愛していると、なぜ理解できないんだ」

「いや。もう、受け入れてはいるよ。あとはどう、あんたと私が折り合いをつけるかだけ」

「嫌だ」


 あいつは私が、レオドールの気持ちを拒絶するんじゃないかと恐れている。

 だからこそ、そうさせないように先手を打って駄々をこねるのだ。

 それが駄目とは言わない、けどさ……。

 私的には、大人の対応をしてくれたほうが、好感度はアップするのになぁって、思うわけで……。


「何があっても、離さない」

「いや、だから……」

「エルネットは、俺のものだ」

「わかったから。レオドールは、私が本当にだいしゅきでちゅねー」

「馬鹿にするな」


 さすがに赤ちゃん言葉は、容認できないらしい。


『もちろんでしゅ』


 なんて返されても、こっちだって反応に困るからね。

 レオドールは不満を露わにすると、低い声で私を諭す。


「俺の気持ちは、嫌と言うほど伝えたはずだ」

「そうだね」

「俺が1000だとしたら、貴様からの好意は1も返って来ていない。それをどうにか改善したいと藻掻くのは、貴様にとっては迷惑なのか」

「そりゃ、そうでしょ。塩対応をしてくる相手に、よくもまぁここまで異常な愛を向けて来られるよね。私だったら、速攻諦めるけど」

「塩……?」

「脈ナシ。好意的には思えない対応」


 ついつい日常会話で意味不明な単語を口にする女性の、どこがいいんだか。

 さっぱり理解できずに肩を竦めれば、レオドールからマジレスが返ってきた。


「どうだかな。本気で俺を嫌いであれば、無視をすればいいだけだ。律儀に言葉を交わすだけ、時間の無駄でしかない」

「あー……。そう、読み取るか……」

「口では嫌だと言いながらも。俺との婚約者になった時点で――心の奥底では、受け入れ始めているのだろう?」


 それはまぁ、反論の言葉もないわけだけど……。

 理解するまでにかかる時間が長すぎて、会話するのも飽きてきちゃった。

 ようやく彼の中で結論が閃きそうだと判断したわたしは、渋々こいつの主張に耳を傾けた。


「俺はエルネットに、もっと好きになってもらいたい。俺だけを考え、俺だけを狂おしいほどに求めてほしいんだ」

「それは私のキャラが崩壊するから、無理かな……」

「明るい少女の裏に、見え隠れする狂気……。最高だ……」


 レオドールは脳裏に私の姿を象った理想の光景を思い描くと、仄暗い笑みを浮かべて私の首筋に噛みつく。


 どうやら、欲望が抑えきれなくなったようだ。


 ――さっきまで大人しくしていたかと思えば、すぐこれだ。

 私はぶっ壊れかけている彼を正気に戻すべく、バタバタと四肢を動かして抵抗する。


「ちょ……っ。待った!」

「好きだ」

「それは何度も聞いた!」

「愛している」

「レオドール!」


 あいつの名を叫べば、ここにはいないアルベールに向けていた嫉妬の炎が薄れる。

 その後、紫色の瞳が不思議そうに私を見下した。


「何も知らない無邪気な少年みたいに、純粋無垢な視線を向けないでよ……」

「惚れてしまうからか」

「馬鹿」


 そこまでとは、いかないけど。

 私はやっぱり――狂気に染まる彼の瞳よりもさ?

 憑き物が落ちた時に見せるような、優しい笑みを浮かべるあどけない少年の姿が好きだった。

 だから――。


「嫉妬に狂ったあんたの姿は、嫌い」

「エルネットだけを見つめる、俺は?」


 ――愛の言葉なんて、囁いてあげない。

 私は返事の代わりに彼の背中へ両腕を回すと、離れないように強く抱きしめた。

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