武器を受け取って
「言っただろう。俺だけを見ろと」
「レオドール……。でも……」
「口答えをするなら、こちらにも考えがある」
こいつは兄の悔しそうな表情が見たいらしい。
わざと唇が触れ合いそうなほど密着して見つめ合うと、勝ち誇った顔でアルベールを挑発した。
私はなんとも言えない表情で、バチバチと火花を散らす双子の兄弟の様子を見守るしかなかった。
――この場にあの子がいなければ、他人のフリをしてやり過ごせたんだけどなぁ……。
いつ妹の怒りが爆発して命を奪われるかわからぬ状態では、生きた心地がしない。
「それだけは、絶対にやめて」
私は唇を重ね合わせようとしていたレオドールを睨みつけ、低い声で威嚇する。
――その直後。
1曲目の終わりを告げるように、だんだんと美しい演奏がフェードアウトしていった。
「時間切れか……」
歩みを止めたレオドールは渋々身体を離してこちらを観察していた貴族達に頭を下げるが、その表情は硬い。
2曲目のパートナーに立候補しようと歩みを進めてきた人々がこちらへやってくるのを防ぐのに、忙しいのだろう。
貴族達は、こいつに任せておけばいいとして……。
――マリンヌに、謝らなくちゃ。
2曲目など、とてもじゃないが踊り続ける気にもならない。
私は妹に声をかけるため、唇を動かした。
「マリンヌ。あのね……」
「エルネット。僕と……」
「アルベール様。わたし、なんだか具合が悪くて……」
「貴様は本当に、学習しないな」
全員が一斉に声を発した結果、誰が誰に向けて言っているのかわからなくなってしまった。
そのせいで、意思疎通が困難になる。
「今、なんて?」
「よそ見をするなと言ったんだ」
「あー、ね?」
さすがにこのまま無言で過ごすわけにはいかないと考え、真っ先に婚約者へと問いかける。
レオドールは心ここにあらずな私の様子を目にして、苛立ちを隠し切れない様子で再び私を抱き寄せる。
「もう、踊れそうにありません……」
「……なら、休もうか。歩けるかい?」
「難しそうです……」
アルベールは私と話したそうにしていたが、体調が優れないと訴えかける婚約者を無視できなかったのだろう。
結局彼女を抱きかかえ、私達の横をすり抜ける。
そして――会場を出て行った。
「お姉さまさえいなければ、よかったのに……」
その際に聞こえてきた妹の言葉は、聞かなかったことにしたい。
だけど……。
なんか、嫌な予感がするんだよなぁ……。
「あんたが煽ったせいでなんか起きたら、ちゃんと責任を取ってよね」
「もちろん。エルネットを娶る準備は、すでに完了している。いつでも俺の胸の中に、飛び込んで来い」
レオドールは自信満々に応えるけど、ここは夜会の会場だ。
彼の腰元には、いつも身につけているはずの剣はない。
素手でも充分に戦えるんだろうけどさ。
その姿は魔力がまさしく、すっからかんになった私と似たようなものだ。
どれだけ頼りになるかは、なんとも言えない。
まぁ、今回は私も万全な状況だし……。
何が起きても、どうとでもなるかな?
「冗談としか思えない発言は、控えて……」
「俺は本気だが」
「あんたなら、そう言うと……」
――それが甘い考えだったと知るのは、その直後であった。
「まだ、あの男に好意を抱いているのか」
「別に、そんなんじゃないけど……」
「嘘をつくな」
「俺の目は、誤魔化せないぞ」
レオドールの言葉よりも重要なある異変が、会場内に起きていると認識したのはそれからすぐのことだった。
「本当のことを言え」
あいつに凄まれたところで、彼の望む答えは唇から紡げそうにない。
「俺とあいつ。どっちが好きなんだ」
ある場所を起点に、灰色のオーラが漂い始めたからだ。
それらはやがて黒い靄に変化し、あたり一面に充満する。
「エルネット」
――高濃度ではあるが、緻密に計算し尽くされて巧妙に隠された魔力。
その残滓を気にするものは、私以外に存在しないようだ。
ここには魔法ラボで働く、信頼の置ける仲間達がいない。
こいつを突き飛ばせば、彼は間違いなく機嫌を損ねるだろう。
後のことを考えれば、ここで素直に彼の問いかけに応えるのが正解だけど――。
緊急事態においては、未来よりも今のほうが大事だ。
――そう、思うから。
私は大声で、声を張り上げる。
「魔力を持たない人々は、今すぐ会場から出て!」
なんの前触れもなく、至近距離で金切り声を耳にしたせいだろう。
レオドールは露骨に顔を顰め、不快感を露わにする。
普段であれば、言葉を重ねてきっちりとアフターケアをしたいところだ。
しかし……。
残念ながら、そんなことをしている余裕などなかった。
「私は魔法ラボの天才魔術師、エルネット! この会場で、黒魔術を使う魔女の魔力を確認したの! 全員、今すぐ従って……!」
貴族達が命令に従わずざわついている間にも、黒い靄は人々を覆い隠し――口から体内へと吸収されていく。
呪いが全身に行き渡るまでは、タイムラグがある。
だけど……。
比較的軽症な人々を浄化するのに魔力を消耗するのは、得策とは言えなかった。
ここにいる貴族のうち、誰か1人でも黒魔術に侵された重症者が現れたら――きっと、助けられないからだ。
「転移魔法が使える者は、魔法ラボと詰所へ向かえ! それ以外の者は魔力量の少ないものから順番に、焦らず退出しろ!」
すぐさま状況を把握したレオドールが、怒声を響かせる。
彼らはなぜ第2王子の命令を聞かないといけないのかと、難色を示しているようだった。
だが――。
「命令に背く者は、罰を与える!」
さすがにここまで言われたら、従わずにはいられないのだろう。
彼らはパートナーとともに、渋々会場内をあとにし始めた。
――どうする?
その様子を横目に、私は必死に対応策を考える。
同僚達が駆けつけてさえくれれば、外に出た貴族達の浄化は任せておけばいい。
問題は、それまで誰1人呪詛に呑まれず五体満足でいられるか――。
「エルネット! しっかりしろ!」
心ここにあらずな様子で、考えを巡らせていたせいだろう。
レオドールに怒鳴りつけられ、私は慌てて状況を再確認する。
参加者達の9割が避難に成功した会場には、黒い靄を纏った2組の男女が残っていた。
俯いていた彼らはゆっくりと顔を上げると、こちらに向かって襲いかかってくる。
「く……っ」
レオドールは私を背に庇い、すぐさま己の拳を使って交戦し始めた。
しかし――。
四方八方を囲まれる形では、実力の半分も出せないようだ。
私は明らかに、足手纏いだった。
――今なら、なんとかなるかも。
「もう少し、時間を稼いで……!」
私は彼に背中を預け、魔術を展開する。
縦横無尽に蠢く2組の男女それぞれに、解呪の魔法を同時にぶつける必要があるのだ。
涼しい顔をしながら、できるような芸当ではなかった。
「剣があれば……っ」
あいつもヒットアンドアウェイを繰り返す彼らと、何度も拳をぶつかり合わせている。
だが――。
相手が、我を失っただけの貴族だからと言うのもあるのだろう。
大怪我を負わせるわけにもいかず、苦しそうな声を吐き出した。
――レオドールの愛剣は確か、ラボ長が唱えた魔術払いの加護が付与されているはずだから……。
あれがないと、闇の魔力へ飲み込まれてしまいそうになるのだ。
こいつは、黒魔術と相性がいい。
彼らと戦うのが、だいぶつらいのだろう。
「第2王子特権で剣の帯同くらいは許してもらってから、夜会に参加してよ!」
「過ぎたことを悔やんでも、仕方ないだろう!」
窮地に追い込まれた私達は、ご尤もな言い合いをしながら啀み合う。
あと少し。
そう焦る気持ちのせいで、集中力が削がれていき――。
「レオドール!」
どうしようかと焦燥感に苛まれた直後、アルベールの大声が聞こえてきた。
彼は弟に向かって、入口から勢いよく鞘に納められた愛剣をぶん投げた。
「ひゃあ!」
細長い剣がまるでアーチェリーの矢みたいに、持ち主の元へと飛んでいく。
彼と背中合わせに立っていた私は、慌てて悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。
「貴様から、武器を受け取ることになるとはな……」
レオドールは忌々しそうに呟きながら、それをしっかりと片手で受け取る。
その後、慣れた手つきで腰元にホルダーを装着した。
そして、貴族達に纏わりついた黒い靄を一刀両断し始めた。
ちょ、ちょっと待って!
これなら、こんな複雑な黒魔術払いを展開しなくてよかったよね!?
私は慌ててオーバーキルになりそうな部分の術式を切り離し、再構築を始める。
「エルネット!」
軽やかに宙を舞い、剣を振るうレオドールに目を奪われる時間など――残念ながら残されていなかった。
「任せて! エルネ・アレ!」
こうして私は転移を発動できる程度の魔力を残し、黒魔術に侵された人々の浄化を完了させた。




