みんなでダンス
「ああ。エルネットとともにいられるのならば、命など惜しくはない」
「また、そんなことを言って……」
こう言う時は、一緒に地獄に落ちると宣言されるよりも――私的には、何があっても必ず守ると言われたほうが嬉しいかな。
まぁ、何度か聞いてはいるんだけどさ。
「今日の解答は、減点」
「何が気に食わないんだ。嬉しくないのか」
「当たり前でしょ。私は、死にたくない」
「俺はエルネットが一緒なら、地獄のような苦しみさえも甘んじて受ける覚悟がある」
「耐えてどうするの。ちゃんと、抗ってよ」
レオドールは私の解答が、想定外であったようだ。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしたあと、真顔で宣言した。
「死に物狂いで抗えば、君の心がすべて手に入るのか」
「それは……」
「相手が暴漢などであれば、エルネットをそいつらの魔の手から守るのは婚約者として当然だ」
「うん。私が求めていたのは、そうした解答で……」
「――だが。君の想定しているトラブルが、あの男との痴情の縺れであれば……話は異なる」
「あんたはそれを、警戒してるの?」
あいつはしっかりと頷くと、真面目な顔で物騒な発言をした。
「ああ。君を再びアルベールに奪われるくらいなら――君も殺して、俺も死ぬ」
話の噛み合わない理由が、ようやく理解できた。
私が警戒しているのは、妹だった。
でも……。
あいつはアルベールに取られるんじゃないかと、不安で仕方がないらしい。
「何言ってんの? アルベールは、マリンヌと真実の愛に目覚めたんだよ? 今さら私に、言い寄ってくるはずがないじゃん」
「貴様は本当に、学習しないな……」
彼は呆れたように肩を竦めると、私を強引に引き寄せた。
こちらを見下すアルベールとの距離が、近い。
――こんな至近距離でイケメンの顔を見たら、普通にしていられるわけがないじゃん……!
頬に熱が灯るのを感じながら、音を立てて暴れ始めた心臓の鼓動を鎮めようと必死になる。
「小鳥の囀りのように騒がしい唇を、塞いでも構わないんだぞ」
その様子が、アルベールにとってはおかしくて堪らなかったのだろう。
彼はもっと私の右往左往する表情を引き出したいと考えたようだ。
熱を帯びた色っぽい視線とともに歯の浮くような台詞を口にすると、あと一ミリで唇が触れ合う状況まで密着する。
「ちょ、ち、近……」
「目を逸らすな。俺を見ろ」
「で、でも……」
「恥ずかしがる必要が、どこにある」
「だ、だって……」
「俺の顔に、惚れたか」
なんでこいつは私の言い当ててほしくない感情を、次々に指摘して来るのだろうか? それさえなければ、もっと早く素直になれたのに。
「は、離れてよ……! そんなわけ、ないんだから……!」
自意識過剰なところが好きだって、言えたらよかったんだけどなぁ……。
さすがにそこまでは気を許せず、彼から離れるためにグイグイと両手で胸元を押した。
「素直じゃないな」
「照れ隠しなんかじゃ、ないし!」
「強がったところで、俺には無意味だ」
「これのどこが……」
「エルネット」
紫色の瞳が、こちらをじっと見つめている。
先程までの生真面目な表情は、どこへ置いて来たのだろうか。
目元を優しく和らげると、私の腰を抱く。
「な、何……。急に、改まって……」
セクハラかと一瞬身構えたが、どうやらそうではないらしい。
それに気づけたのは、オーケストラの生演奏が始まったからだ。
どこからともなく聞こえてくる美しい音色を耳にした貴族達は、パートナーと手を取り合う。
そうして、ダンスフロアへと集まり始めていた。
「ファーストダンスは、婚約者と決まっている」
「私と踊りたいなんて、変わってるね……」
「変わり者で、結構だ。公衆の面前で堂々と君と密着できる機会を、俺が逃すはずもないだろう」
「はいはい。レオドールは私がだいしゅきですねー」
人前でわざと煽ってやったのに、あいつはその手には乗らないと言わんばかりの真顔でスルーする。
そのあと、涼しい顔でダンスが始まるのを待つ。
――こうして背筋をピンと伸ばしていると、様になるから困るんだよなぁ……。
ちょっとかっこいいとか、思っていないんだから。
私は頭に浮かんだ感想を打ち消すべく、苦虫を噛み潰したような表情をしながら、彼に問いかけた。
「と言うか。あんたってさ、ちゃんとステップ、踏める?」
レオドールと言えば、やはり注目するべきは驚くべき身体能力だろう。
接近戦であれば、まず右に出るものはいない。
長距離戦と魔術に秀でた私とは、真逆の才能を持っているけど……。
そんな彼が女性と軽やかにダンスを踊る姿は、目にした記憶がなかった。
――ダンスホールの中央で、恥をかかなきゃいいなぁ……。
そんな想いを抱きながらあいつを心配そうに見つめる。
すると――。
こいつはその不安を吹き飛ばすように、私を中央に向かって引っ張っていく。
「馬鹿にするな」
「わ……!」
苛立ちを隠しきれない様子で吐き捨てた彼は、ついにダンスホールへ躍り出た。
「エルネット?」
アルベールは弟と一緒にいる私を、驚きを隠しきれないように見つめてくる。
「お姉さま……」
雪のようにほんわかとした幸せオーラを纏っていたマリンヌは、どうして隣でダンスを踊るのかとこちらを責めるように瞳を潤ませた。
このままだんまりを決め込んでいたら、泣き叫ばれてしまいそうだ。
「ち、違うの。落ち着いて! マリンヌ。私達は、そう。あなたの引き――」
「誰が引き立て役だ。主役は俺達に、決まっているだろう」
「わ……っ!?」
せっかく妹の敵ではないと証明するため、全面降伏を宣言しようとしたのに!
レオドールのせいで、台無しだよ!
彼は私をしっかりとホールドすると、スタンダードなワルツに合わせて軽やかなスリーステップを踏む。
――私達は初めてパートナーを組んだとは思えぬほど、息をぴったり合わせて身体を動かした。
「アルベール、様……。わたし、達も……」
「あ、ああ……」
その様子を見かねたアルベールとマリンヌも、協力し合って足を動かし始めた。
だが……。
散歩すらもまともにしたことのない妹に、激しいステップなど踏めるわけがない。
レオドールがフロアを縦横無尽に駆け回るたびに、壁の花達の視線が彼に集中する。
「ちょっと……みんな、見てるよ……」
「ああ。普段はお転婆なエルネットの淑女としか思えぬ姿に、誰もが釘づけだ」
「私は最初から、淑女ですー!」
「ふん……。どこが……」
ドレスアップしたレオドールがちょっとかっこいいと見直した私の気持ちを、返してほしい。
普段通りの憎まれ口を耳にしたら、いろいろと台無しだよ!
まぁ、彼を不機嫌にさせたのは、私のほうなんだけどね……。
「まぁ……。そんなところもかわいらしくて、仕方ないのだがな」
私達は雑談をしながら、即興で基本のステップを踊る。
アルベールとのダンスは、いつだってぎこちなかった。
けれど――レオドールとのダンスは、すごく楽しい!
そう感じるのは、彼とは無駄口を叩き合える関係だから?
それとも、悪いところをたくさん知っているから、逆に輝いて見えるのだろうか?
「エルネット……」
元婚約者から切なげに名前を呼ばれた私は、アルベールと妹に視線を移す。
「アルベール様……」
妹は、口でこそパートナーを労っていた。
しかし……。
こちらを恨めしそうに見つめながら言葉を紡ぐ彼女の声を耳にした直後、顔面蒼白になるのを止められなかった。




