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駆け落ち、する?

 憎たらしい人間を呪殺するため、願いの叶う店に足を運ぶのが流行っている――。


 黒魔術にかかった人々の増加理由が、そんな物騒な事件のせいだと言う話は瞬く間に国中へ広がった。


『た、助けてくれ!』

『殺される……!』


 心当たりのある人間は、呪い殺されるくらいならば自首したほうがマシだと、自警団に出頭。

 彼らだけでは対応しきれず、レオドール率いる騎士団まで駆り出されているそうだ。


 突如増加した罪人達の収容施設が足りないレベルになりつつあり、かなり揉めているそうだ。


 重罪人から優先的に確保はしているが、刑期が長ければ長いほど刑務所施設が深刻化するのを止められない。

 荒れ果てた地に刑務所を新設するか、辺境伯を臨時の収容所として活用し、即席の兵士として教育を施すか頭を悩ませているらしい。


 ――これだけ騒ぎになったんだもん。


 当然、願いの叶う店とやらには日本で言うところの家宅捜索が入ったけど……。

 おそらく、こうなることを見通していたのだろう。

 そこに、術者の姿は見当たらなかった。

 報告によると、もぬけの殻だったそうだ。


 私も一応、レオドールと魔力の残滓を使って魔女の行方を追えないか試して見たけど、それっぽい残り香を見つけただけで特定までは至らなかった。


 ――雪のような、灰色のオーラ……。


 どこかで見たような気がするんだけど……。

 一体、どこだろう?


 私はそれをすぐに思い出せないまま、実家に帰省した。


 ――今日の夜、国中を震撼させた噂話をかき消すために、王城では夜会が開催されるそうだ。

 私はレオドールの婚約者として、出席する予定で動いている。


 トヨシーハ公爵家を飛び出して行ったのは、あいつと結婚したくなかったから。

 婚約者になると認めたのであれば、魔法ラボで寝泊まりする理由はない。


 ある日突然家出した娘がふらっと顔を見せたら、お父さん、驚くだろうなー。

 小言を言われるのは嫌だし、ドレスだけ回収して、今日のところはさっさと王城に戻ろうっと。


「お姉さま……?」


 大口叩いて、飛び出したのだ。

 真正面から堂々と帰宅するのはどうかと思い、鍵がかかっていない立てつけの悪い窓から侵入を果たした。


 すると――。


 タイミングが、いいというべきか。

 それとも、最悪だって思うべき?


 侍女や乳母を引き連れた妹が、新緑色のドレスを身に纏って立っていた。


 ――なるほどね。

 アルベールの目の色に合わせて、仕立ててもらったんだ……。


 私はまるで美しく咲き誇る花のように可憐なマリンヌの姿を目にして、引き攣った笑みを浮かべながらも動揺を隠してひらひらと手を振る。


「やっほー。マリンヌ。元気?」

「はい……! 今のわたしはとても、体調がよくて……!」

「そうなんだ?」

「これから初めて、夜会に参加するんですよ! アルベール様がわたしを、迎えに来てくださるんです……!」


 妹は王太子にエスコートしてもらい、デビュタントを迎えるのだと大喜び。


 ――あの子の機嫌がよさそうで、何よりだよ……。


 今の所はレオドールに彼女をけしかけてくっつけようとした件で、こちらを責める様子がなくて安心ではある。

 だけど……。

 いつまた泣き出すか、わかったものではない。


 ――今日の主役は、マリンヌとアルベールで決まりかな……。


 私はあの子を引き立てるために、家にある一番地味なドレスを身に纏おうと決めて、彼女に声をかけた。


「よかったね」

「はい! お姉さまは……。どうして、ここに……? お父様は、家出をしたと……仰っていましたが……」

「あー。いろいろあって。家を出る理由がなくなったから。もう少ししたら、またここで暮らす予定」

「そうでしたか……」

「それじゃあ、私も準備があるから」

「お姉さまも、夜会に参加なさるのですか……?」

「一応ね」

「そう、ですか……」


 妹が言い淀んだ直後、不思議な出来事が起こる。

 彼女の後方に纏わりつくオーラが、ミルクティーブロンドから灰色へと変化したのだ。

 それは願いの叶う店で目にした、雪のような魔力の残滓とよく似ていて――。


「アルベール様のエスコートを受けて、立派に輝く姿を……お姉さまに見て頂けるなんて……わたしは、幸せ者ですね」

「ああ、うん……。そうだね……」


 ――まさか、ね。


 私はすぐさま、魔女の関連性を否定する。

 だって妹は、トヨシーハ公爵家のベッドから満足に起き上がれないほど病弱なのだから。

 今は随分と、体調は改善されたみたいだけど……。

 願いの叶う店になど、足繁く通う体力はないはずだ。


「それでは、お姉さま。また会場でお会いできるのを、楽しみにしています」

「うん。じゃあ、またあとで……」


 私が考え事に耽っている間、妹は口元を綻ばせるとこちらに背を向け、歩き出す。

 いつの間にか彼女のオーラはミルクティーブロンドに戻っていた。


 ――ほら、やっぱり。

 見間違い、かな……?


 こうして私は彼女と別れ、自室にドレスを取りに向かった。


 *


「どう言うつもりだ」


 実家でタンスの肥やしになっていたラベンダー色のドレスを身に纏い、私は1人で夜会の会場へとやってきた。


 王太子のエスコートを受けて華々しい社交界デビューを迎えた妹の姿をぼんやりと見つめ、会場で婚約者のいないご令嬢達に紛れて壁の花になる。

 すると、明らかに不機嫌ですと言わんばかりの表情をしたレオドールが姿を見せる。


「なぜ俺に、声をかけなかった」



 彼は夜会に騎士団長としてではなく、第2王子として出席しているようだ。

 見慣れた軍服ではなく、正装を身に纏っていた。


 ――珍しいな……。


 王太子と比べられたくないからか。

 こいつはいつも、こうした集まりには頑なに騎士団長の肩書を引っ提げて顔を出していたのに……。


 やっぱり、あれか。


 ようやく私を手に入れたと、貴族達にアピールしたかったのかもしれない。


「主役よりも目立ったら、まずいでしょ」

「……ふん。あのような紛い物など……。エルネットが着飾れば、吹き飛ぶだろうに……」


 私の予想は、どうやら当たっていたようだ。

 彼は会場の中央で笑顔を浮かべるアルベールとマリンヌの姿を忌々しそうに睨みつけたあと、こちらに手を差し出した。


「え、何? どうしたの?」

「行くぞ。貴様は俺だけの美しき花だと、貴族達に証明してやる」

「これ以上注目を浴びると面倒だから、いいよ。あの子に変なトラウマを植えつけても、困るし……」

「身の程知らずが……。俺に言い寄ってきた罰は、きっちり与えねばならん」

「いいじゃん、もう……。終わったことなんだから……」

「よくない」


 いくら私が呆れ顔で嫌がっても、彼は「2人を負かしてみせる」の一点張り。

 こんな状態で言葉を交わしあったところで、平行線が続くだけだ。


 ――折れるしかないかぁ……。

 でもな……。

 私の命が、かかっているわけで……。


 身体の弱いマリンヌは、愛する人の隣で貴族達から羨望の眼差しを向けられ――お姫様のように注目を浴びる機会を、ずっと待ち望んでいたはずだ。

 姉である私がそれを台無しにすれば、この場で断罪が開始される可能性が高い。


 魔力は充分に蓄積された状態だから、最悪の場合は転移魔術を使って逃げるしかない。

 だけど……。

 頼る場所がないのは、問題だ。


「――トラブルが起きたら。私と駆け落ち、してくれる?」


 レオドールは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたあと、口元に笑みを浮かべて宣言してみせた。

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