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婚約者からよろしく

 ――うぅ。

 気持ち悪い……。

 アルベールの魔力が銀色で、時折黒く染まるオーラだというのは幼い頃目にした覚えがある。


 だけど……。

 直接身体に流し込まれたのは、初めてだ。

 この感覚に慣れるまでは、時間がかかりそうだった。


「ここは……」


 あいつは私を、どこに連れてきたんだろう?

 その疑問は、すぐさま解消された。


「俺の自室だ」

「は!?」


 それって変な噂が経つから、絶対に足を踏み入れたくなかった自室!?

 嘘でしょ……!?

 なんでそんなところに、連れてくるわけ!?

 ありえないんだけど!


「やっと君を、ここに連れて来られた……」

「え、何? そんなに感慨深そうな感想を抱く必要、ある?」

「ずっと、夢だった。ここで、一緒に眠るのが……」

「や、ちょ、ちょっと……」

「何もしない」


 彼は私を寝心地のよさそうなキングサイズベッドに優しく横たえると、その隣に寝そべった。

 私達は半年近く、魔法ラボで添い寝をした仲だ。

 私に対して不誠実であれば、とっくの昔に手を出されてただろう。

 いまだに無事であれば、今回だって大丈夫に決まっているけど……。


「手は出さないと、約束する」

「と、当然でしょ!? 婚約者だかなんだか、知らないけど……。私達はまだ、未婚の男女なんだから……!」

「そうだな」


 身の危険を感じるなと言うほうが、無理な話だ。

 彼へ長年抱く思いに、変化があったと自覚したあとだからか。

 余計に緊張してしまい、頬の紅潮が止まらなかった。


「エルネット」

「な、何……」

「恥ずかしがっている貴様も、食べてしまいたいほど可愛らしくて仕方ないが……大事な話がある。よく聞け」

「う、うん……」


 これからレオドールは、何を言うつもりなんだろう?

 プロポーズだったらどうしようかと身構える。

 すると、彼の口から紡がれたのは思いもよらぬ内容で面食らってしまった。


「今後も黒魔術に侵された人々が、現れるだろう。対象者が白か黒を判別できぬ状態では、完全に解呪をするな」

「ええ……メンドクサ……」


 私はその厳命を聞いて、つい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 するとレオドールは、かわいそうな人を見る目でこちらを見下した。


「考える頭のない貴様には、難しいかもしれないが……」

「ちょっと! 馬鹿に、しないでくれる!?」

「これは君を守るために、必要な処置だ。心に刻み込んでおけ。わかったか」


 彼のこちらを非難するような視線が我慢ならず、普段の調子を取り戻してすぐさま反論した。

 しかし――レオドールから優しい瞳で見つめられると、考えを変えるしかなかった。


 あいつは自分を心配しているからこそ、こうした言葉を紡いでいるのだ。

 その気持ちが、痛いくらいに伝わってきて――あんまり強く拒絶するのはよくないのではないかと言う気分になってくる。


「返事は」

「いや、でも……。二度手間になるし……」

「二度とこのような危機が訪れぬように、魔術の使用を禁じてもいいんだぞ」

「それは駄目でしょ……。私は魔術が使えないと、か弱い女の子なんだから……」

「自覚があるなら、俺の命令に背く理由がないだろう」

「うーん」

「いいな」


 有無を言わせぬように再三念を押されても、やっぱり頷く気にはなれない、


 私が戸惑う様子を見せれば、彼は理解できないと言わんばかりに眉を顰めて言葉を重ねた。


「悩む必要があるとは、思えんのだがな。夜だけではなく、昼間も行動をともにするか?」

「それなら、別の人に……」

「王族の俺以外に、適任など存在しない」

「ほら。立場的には王太子のほうが、上だし……?」

「貴様はいつも、あの男のことばかりだな。目の前にいるのは、俺だと言うのに……」


 アルベールの名前を出したら彼が怒り狂うのは、学習済みだ。

 だからあえて、役職名で濁したのだが――レオドールにとっては、なんの意味もなさなかったようだ。

 こいつは顔を指差すと、私を見下した。


「この顔のせいか」

「ちょっと。何、怒ってんの?」

「俺だって選べるのであれば、あんな奴と双子として、生まれたくもなかった」

「レオドールさーん? 落ち着いてくださーい?」

「誰のせいだと思っている」

「あー。私のせい?」


 茶化して返事が聞こえてくるあたり、まだ冷静な様子ではある。

 しかし……。

 次に地雷を踏んだら、大爆発が起きるのは間違いなかった。


 ここは素直に非を認めるべきだと考えて首を傾げれば、レオドールは再び私に迫った。


「責任を取れ」

「また、それなの……?」

「俺だけを見ろ」

「見てるじゃん」

「あいつのことは、考えるな」


 嫉妬でどうにかなりそうなせいか。

 彼は明らかに、余裕がなさそうだ。

 紫色の瞳には、さまざまな感情が浮かんでは消えていく。


 それを情けないと思うか、他の男の話題を口に出されただけで冷静ではいられなくなるなんて、私ってすごく愛されていると多幸感を抱くかは……。

 恐らく、意見が別れるだろう。


「頼む。愛する女の心が別の男にあると考えるだけでも、気が狂いそうだ……」

「あんたはいつも、私にお願いばっかりだね……」


 ちなみに私は、前者よりの後者――かな。

 みっともないところもひっくるめて、レオドールらしいと言うか。

 いつも不機嫌そうで苛立ちを隠しきれない姿を見せる彼のギャップには、惹かれるものがある。


「それだけエルネットが、俺の言うことを聞かない証拠だ」

「私のせいなの?」

「君がこれほど魅力的な女性でなければ、俺はここまで入れ込んではいなかった」


 さすがにここまで言われたら、調子に乗っちゃうよね。

 私は改めて、彼に問いかけた。


「……ねぇ。レオドール。私のこと、好き?」

「愛している」


 考えるまでもなく真剣な表情で即答してくるあたり、やっぱりレオドールの気持ちは、本物なんだろうな……。


 不仲だからと言う理由だけでずっとこいつの想いに応えてこなかったのは、ある意味では悪女ムーブなのかもしれない。

 男を手玉に取るって意味では、ぴったりだよね?


 ――こんな姿を妹に見られたら悪役令嬢だって泣き叫ばれて、やっぱり断罪エンドになってしまうんじゃないかな……?


 それを防ぐためには、レオドールとは早い段階で心を通わせておいたほうが安心かもしれない。


「そっか……」


 こいつを利用するようで心苦しいけど、二度も死ぬなんて絶対にごめんだ。

 これは、仕方のないことだよね?

 レオドールだって、私から愛されるのを望んでいるわけだから……。


「レオドールの気持ちは、理解したよ」

「ならば……」

「……とりあえず、あんたの言うとおりにする。それから……」

「却下だ」


 私がこのあと紡ぐ内容を勝手に想像して、聞く前から拒否しないでほしいんだけど……。


 傷つきたくありませんって態度が喧嘩になる要因だって、なんでわかんないのかな……?

 私はなんとも言えない気持ちでいっぱいになりながら、彼を挑発した。


「ふーん。いいの? 聞かずに否定して」

「どうせ、ろくでもない条件をつけるつもりなのだろう。約束は守ってもらうぞ」


 残念だけど、今回はレオドールが想定している内容じゃないんだよね……。

 このまま彼の言う通りにしてもいいけど。

 それじゃ、いつまで経っても関係が進展しない。


「あー、じゃあ、聞くけど」

「何を言われても……」

「婚約者からよろしくお願いしますって話は、レオドールにとってはろくでもないの?」


 ――今日だって、助けてもらったし……。

 こいつにだって、ご褒美は必要でしょ?

 いつまでも無知ばかりは可哀想だと渋々飴を与えれば、青白い顔をしていたレオドールの瞳が、みるみるうちに見開かれた。


「エルネット……!」


 彼はまるで餌を前にしたラブラドール・レトリバーのように、満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

 その後、涙を浮かべて抱きしめてきた。


「わ……っ。重……っ。つ、潰れる……!」

「もう二度と、離さない……!」

「いや、それは無理だから……」


 離れないように、強く。

 彼の気持ちを素直に受け止めたのが、嬉しくて堪らなかったみたい。


 まぁ、こいつにとっては、何10年も望み続けていた悲願だ。


 私も、疲れちゃった。

 このまま拒絶せず、素直に受け入れて大人しくしておこうかな……。


「俺がどれほどこの時を、どれほど待ち望んでいたことか……!」

「あー、うん。あんたが私を、助けてくれた……。その、お礼も兼ねているから」

「ああ……! 最高のお返しだ……!」


 レオドールはすっかり機嫌を直して、目元に溢れる涙を拭った。

 そんな彼の情けない姿を見つめていると、手のかかる気分屋な息子を育てている母親のような気持ちになって――。


 私達の関係って、だいぶ歪だなぁ……。


 そんな思いに苛まれた。


 ――まぁ? 終わりよければ、すべてよしって言うし?

 今日のところは、これでいいか……。


 そう納得すると、失った魔力を取り戻すために身体を休めた。

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