大ピンチを救ってくれた人
レオドールと2人きりで抱き合い、魔法ラボの床で布団もかけずに眠るのが日常になりつつある。
それに文句を言いたい気持ちでいっぱいだったけど、そんな余裕もないほどに仕事が忙しいのだからどうしようもない。
私は今日も、緊張感溢れる荒れ地のど真ん中にいた。
「エルネット!」
「わかってる!」
目の前には、黒魔術に侵食された女性の姿がある。
今月何度目かわからぬ呪文を口にした私は、魔力と引き換えに解呪を行った。
「エルネ・アレ……っ!」
「うぅ、ぅうう……っ」
呻き声を上げていた女性の身体から、黒い靄が飛び出てくる。
それらはやがてキラキラと光り輝き、霧散した。
――はぁ、疲れた……。
今日の仕事は、もう終わり!
次に備えて、さっさとラボに帰って寝よう。
「あっ。騎士さーん! こっち……」
地面に倒れ伏した女性を駆けつけてきた騎士に引き渡すまでが、私の仕事。
足音がした方へ振り返り、姿を見せた人物を視界に捉えた瞬間――驚愕した。
「せっかく魔女様に私の寿命と引き換えに、黒魔術を伝授してくださったのに……! 解呪をするなど!」
「え……? だ、誰……?」
「こちらの事情を鑑みず、好き放題暴れ回る悪魔……! いや、悪女め……!」
こちらを鬼の形相で睨みつける見知らぬ男性に、悪女呼ばわりされたからだ。
彼自身のものと思われる青いオーラが、禍々しいヘドロのような黒色に変化している。
それが爆発すれば、この男性も黒魔術に飲み込まれてしまうだろう。
「ちょ、ちょっと、待ってよ……。は、話し合おう? 私、聞くから……」
「そいつは、罪人だ! 私の妻を虐げ、命を奪った! 苦しみを振り撒きながら絶望の中で息絶えるのが、こいつに相応しい最期なのに……!」
虐げて、命を奪った?
絶望の中で息絶えるのが、相応しい最期?
『願いが叶う店で、魔女がある魔術を伝授していると突き止めた』
私は微睡む意識の中で、レオドールが話していた内容を思い出す。
――あいつの情報は、正しかったんだ。
この人は復讐を遂げるために、黒魔術を魔女から伝授されて女性を呪った。
――捕まえなきゃ。
でも、どうやって?
残りの魔力は、転移魔術1回分。
激昂する男性の心を鎮め、大人しくさせる力なんて残ってはいなかった。
「きゃ……っ」
私は考え事をしていた一瞬の隙をつかれ――両肩を強い力で捕まれ、土の上に押し倒される。
至近距離に、知らない男の顔。
それがレオドールだったらどれほどよかった。
そう現実逃避をしたくなるほどに恐ろしくて、怖くて、気味が悪かった。
――あいつに抱きしめられた時は、こんな不快感を抱いた経験なんて一度もなかったのに……。
口では嫌がっていても、心の奥底ではレオドールに抱きしめられるのが嫌ではなかった。
その事実を、まさかこんなところで気づかされるなど思いもしない。
私は必死に男性から逃れるため、抵抗を続けた。
「君さえいなければ、私の復讐は完遂出来た!」
「は、離して!」
「犯罪者の味方する、悪女め……!」
「ち、違……っ。私、そんなつもりは……」
「加害者を庇う自覚がないなら……! ここで、私が……!」
私は魔術が使えなければ、ただの小娘だ。
男性に力いっぱい首を両手で圧迫されたら、一溜まりもない。
「ぐ……っ」
――抵抗しなきゃ。
なんでもいいから、魔術を発動しないといけないのに。
意識が遠のいて、中途半端な術式だけが頭の中に浮かんでは消えていく。
「エルネット!」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
ラボ長? それとも……。
――あいつなわけ、ないよね。
ここにいるはずがないもん。
レオドールは、殆ど現場に出てこない。
騎士団の団員達を纏め上げるのだけで、手一杯だから。
――ああ、でも……。
私を守るって、大口叩いてたわけだし……。
あいつにとって私は、愛する人なわけでしょ?
大ピンチに駆けつけて、覆い被さる男性を退けてくれたのなら――。
――大嫌い、だったけど。
惚れちゃうかも、しれないなぁ……。
「ぅ……っ。ぐ……っ。れ、……ど、る……」
こんなところで死ぬなら、あいつに意地悪なんてしなきゃよかった。
はっきり断っておけば、愛する人を失うトラウマを植えつけなくて済んだのにね。
――ごめん。
私は面と向かって謝れなかったことを心の中で謝罪する。
呼吸が止まるその瞬間まで、頭の中がレオドールで一杯になっている自分に気づかされて――。
「――やはり貴様の行動は、ただの照れ隠しであったようだな」
首を圧迫されていたせいで、唇から紡ぎ出せなかった言葉がある人物から代弁される。
「ふん……。俺の愛する婚約者を、悪女呼ばわりとは……」
小馬鹿にしたような、自信満々な低い声。
よく鍛えられた身体。
金のブレードと黒を基調とした上質な布で仕立てられた、騎士服に身を包んだ男の名は――。
「その命を失う覚悟が、できていると受け取った」
この場に訪れるはずのない人物。
第2王子の、レオドール・リスティムルクであった。
「ぐあ……っ」
彼は胸元に長い足を無理やり押し込むと、勢いよく蹴り上げて私の上からふっ飛ばす。
そこから先は、詳しく説明するまでもないだろう。
「かは……っ。ごほ……っ。ごほ……っ」
私が咳き込んでいる間、レオドールは容赦なく男性をボコボコにした。
どれほど殴っても怒りが収まらないらしく、呼吸を整え終えた頃には、見かねたラボ長に羽交い締めされるレベルだ。
「レオドール殿下! 落ち着いてください!」
「離せ……! 俺のエルネットを、傷つけたんだぞ!? 五体満足で、生かしておけるか!」
――うわぁ……。
めっちゃキレてるじゃん……。
いつの間にか、婚約を了承した扱いになっているし……。
ツッコミどころが満載過ぎて、どこから口を挟んでいいのかすらも、よくわかんないんだけど……。
「レオドール」
これ以上は、過剰防衛だ。
いくら第2王子といえども、この国で一番偉いのは国王だ。
陛下が難色を示せば、罰を与えられかねなかった。
大目玉を食らう前に彼を止められるのは――私しかいない。
そう判断してあいつの名を呼べば、レオドールはピタリと動きを止める。
その後、まるで壊れた人形のように恐る恐るこちらを見つめた。
「私がいつ、あんたの婚約者になったの?」
「エルネット!」
あいつは私の名を大声で呼ぶと、ラボ長を突き飛ばして一目散に胸元へと飛び込んでくる。
その勢いは、とんでもない。
せっかく上半身を起き上がらせたのに、また地面に伏したレベルだった。
「一夜をともにした、仲だろう……!」
「そりゃ、添い寝はしたけどさ……。誤解を生むような発言、しないでよ!」
「よかった……。無事で……。俺は、エルネットがいなくなったら……どうしようかと……」
「その割には、襲いかかる男性をボコるのに夢中だったみたいだけど」
「安全確保が、最優先だと考えた。その結果があれだ」
何か問題でもあるかって顔をしながら、ドヤられても困るんだけど……。
「……婚約者としては、減点」
「なんだと?」
「ほんと、乙女心をわかってないなー。こう言う時は、好きな女の子を背中に庇いながら戦うんだよ」
「その間に、逃げられたらどうする」
「また襲いかかってきたら、私が倒すからいいよ。今やられっぱなしだったのは、魔力が足りなかったからで……」
「自分の能力を過信するな」
「それはこっちの台詞ですー」
あーあ。また、言い争いになっちゃった。
なんですぐに、こうなっちゃうんだろ?
それはレオドールが態度悪く、ガミガミ叱りつけて来るからだ。
私は絶対、悪くない!
「……こんな時でさえも、減らず口を叩くのか……。本当に貴様は……」
そんなふうにあいつに責任転嫁したところ、どうやらあちらも似たようなことを考えていたようだ。
言葉を濁されたのが気持ち悪くて、そのあとに続く内容を引き出そうと試みる。
すると――。
「何? 言いたいことがあるなら、はっきり――」
「いや。喧嘩になるのは、俺も望んでいない」
「そう、なの?」
「戻ろう。こんなところで長々と、話をしている理由がない」
「え? でも……」
あいつが言い合いの矛を収めた結果、こちらも尻すぼみになる。
こいつが喧嘩をする理由がないと口にするのであれば、それを素直に受け入れるしかないよね。
――私達が罵り合うのは、互いの発言が気に食わない時だけ。
利害が一致すれば、穏やかに話はできるはずだ。
――私の予想が正しければ、だけど……。
「ガデム。あとは、任せた」
「承知いたしました」
「行くぞ」
レオドールは私の指先を離れないように強く握りしめて絡め合うと、手首のブレスレットに触れた。
――あれは確か……。
転移魔具……?
これは魔術師の魔力と干渉し合うから、使用を禁じられていたはずの代物だよね……!?
「え、ちょっと。待……」
こちらが静止するよりも早く、無常にも転移は成功し――私は身体の中に入り込んできたアルベールの魔力に不快感を募らせる。
それをどうにか胃の中へと押し戻すべく、左手で口元を押さえつけながら、見慣れぬ部屋に辿り着いた。




