過労死寸前
――よし。
今日も、一仕事完了!
「魔術師様! ありがとうございました!」
「あなたがいなければ、どうなっていたことか……!」
黒魔術に侵された人を解呪した直後、初めて出会った人たちにたくさん感謝された。
「いえいえ~。また何かあれば、よろしくどーぞ!」
私はそれに気恥ずかしさを感じながらも、彼らや同僚達と別れて転移魔術を使う。
そうしてラボへ戻って来た時には、いつの間にか就業時間を過ぎていた。
――魔力がすっからかんで、眠いなぁ。
ふわぁと欠伸をして口元を抑えつつ、前を見た瞬間――レオドールが私を待ち受けていたのに気づいて固まる。
「遅……どうした」
不機嫌そうに「遅い」と一喝しかけた言葉は、すぐさま私を労る声に変わる。
――レオドールは一応、騎士団長だ。
街中で起きた事件は当然把握しているだろう。
それに――。
真っ先に現場へ駆けつけ村人達に危険が及ばぬように身体を張って守るのは、どちらかといえば魔術師ではなく彼らの役目だった。
「言わなくても、わかるでしょ……?」
私は行儀悪く床に寝転がると、目を瞑る。
とてもじゃないが、こいつの相手をする心の余裕はなかった。
「黒魔術か……」
「疲れたの。もう、寝かせてよ」
「……俺には残念ながら、魔力の才がない」
「なんの話……?」
「だからこそ、できることもある」
彼はそう宣言すると、私に覆い被さり抱きしめる。
離れないように、強く。
「俺のぬくもりに、癒やされろ」
いや。あんたにこうやって密着されても、ストレスにしかならないんだけど……。
そう嫌味の一つや二つ、言ってやれたらよかったのに。
こいつと口喧嘩をする暇があれば、身体を休める時間に使えと全身が訴えかけている。
「心配するな。エルネットの魔力が回復するまで……何が起きても、守ってやる」
レオドールが私の耳元で囁く声は、もう殆ど聞こえない。
なんか、かっこいい台詞を吐いていたような気がするんだけどなぁ……。
覚えられないや。
――本当に、タイミングの悪い奴。
「安心して、身体を休めることだな」
そんな悪態をつきながらも、それが嬉しいと一瞬だけでも思ったのは――きっと、気の所為だよね。
私は眠気に抗いきれず、意識を失った。
*
私が天才魔術師として才能に目覚めたあと。
アルベールと許嫁を解消するまでの10年間のうちに黒魔術に支配された人を見るのは、3年に一度くらいのペースだった。
なのに――。
レオドールが私に言い寄ってきたあたりから、急激に加速している。
2日に1回ペースなんて、あまりにも異常だ。
充分な睡眠を取って、魔力が回復したかと思えば、またすっからかんになる。
その繰り返し。
そんな生活を3か月も続けていれば、段々と体調が怪しくなってきた。
――やばいなぁ。
身体がつらくて、立ってるのもやっとな状態かもしれない……。
黒魔術に魅了された50人近い人々を、かなり短いスパンで解呪し続けたのだ。
疲労が、蓄積しているせいだろう。
まるで高熱に浮かされたように視界が白み、全身が気怠い。
こんな状態でも現場に赴くのは――黒魔術の解呪を数分で終えられる魔術師が、私以外に存在しないからだった。
「エルネット。もう休め」
疲労を必死に隠して、なんてことのないように日々を過ごしていた。
けれど――レオドールは私の異変を察知し、止めに入る。
あいつは毎日のようにラボで暮らす私の元へやってきて、当然のように添い寝をしていたから……。
肌に触れれば、すぐに今の状況が異常事態だと気づかれてしまう。
だが……。
この程度の苦しみを受けて人々を助けるのを辞めるほど、私は薄情ではない。
「何言ってんの! 放置していたら、たくさんの命が失われるんだよ!?」
「もう、充分だ」
「このくらい、へっちゃらだって!」
「強がるな」
必死に自分の意見を貫き通そうとしたが、彼も引かなかった。
ポンポンと唇から紡ぎ出されるこちらの言葉を拒絶したレオドールは、私に諭す。
「貴様だって、わかっているはずだ。被害者の解呪よりも、優先するべきは術者の抹殺だと……」
「そ、そんなの! わかってるよ! でも、仕方ないじゃん! 私だって、足取りを追えないんだから……!」
魔力が満タンで体調が万全なら、術者を探し当てるのは、そう難しくはなかった。
けれど――。
黒魔術によって操られた人々が、無限にうようよと湧き出てくる。
そんな今の状態では解呪に気を取られてしまい、索敵をする余裕が残っていなかった。
私だってこんな泣き言、こいつの前で言いたくなかったよ。
――でも、仕方ないじゃん。
天才魔術師にだって、限界はあ。
ろくな睡眠も取れていない状態で、レオドールにはいつもどおり迫られ、解呪をしまくっているんだから。
今の私には、雑談をする余裕すらない。
「う……。ぎぼじばぶい……」
その結果――最終的に、身体のほうが悲鳴を上げた。
口元を抑え、湧き上がってきた気持ち悪さに堪える。
するとーー。
こいつは慣れた手つきで私の背中を擦り、床に横たえた。
――なんでこんなに、手慣れてんの……?
彼は案外、面倒見がいいようだ。
私はこの時初めて気づかされた衝撃の事実を受け、そのギャップにハートを撃ち抜かれそうになる。
その後――。
どうにか身体の奥底から胃液が湧き上がるのを抑え込むと、潤んだ瞳で心配そうにこちらを観察するレオドールを見上げた。
「なんでこんなに、優しくしてくれるの……?」
「愛する人が具合の悪い時、寄り添わないでどうする」
「だって、今までは……」
「ふん。手のかかる子どもに優しくするのは、大人として当然だろう」
「……私と3つしか、違わないくせに……」
大人と称するのは、かなり語弊があるんじゃないの?
そう思いながら恨み言を口にすれば、彼はそれを豪快に笑い飛ばす。
そのあと安心させるように、肩越しまでの短い髪を優しく手櫛で梳かし始めた。
「あとは、俺に任せておけ」
「あんたに、何ができるの……?」
「魔法ラボの連中が、黒魔術を食い止めている間。俺達騎士団も、足で稼いでいた」
「警察、みたいな……?」
「なんだそれは」
体調が万全ではない状況では、咄嗟に思い浮かべる単語が前世の常識になってしまうから困る。
私は口から飛び出てしまった用語の意味を解説する余裕すらないまま、朦朧とする意識の中で彼に問いかけた。
「成果は、あったの……?」
「ああ。平民達の間で、願いの叶う店が一大ブームを巻き起こしていてな。どうやらそこで、魔女がある魔術を伝授しているらしい」
――そんな話、魔法ラボでは話題にする余裕すらなかったんだけど……。
それは無理、ないのかも。
私の負担を極力減らすため、同僚達も必死に黒魔術の進行を抑えようとしているから……。
今じゃ仕事に必要な会話すらもできないくらいに疲弊してるのは、みんな一緒だった。
そう言う意味では、騎士団の存在はとてもありがたい。
解呪したあとの事情聴取から近隣の聞き込み調査まで、本来であれば魔術師である私達の仕事なのに――そうした雑用を、肩代わりしてくれたんだから……。
「それが、黒魔術?」
「どうやら、そのようだ」
「そのお店の相談者達は、一体何を願ったの?」
「それはまだ、わからん。詳しいことはまだ、調査中となる」
「全部突き止めてから、報告してよ……」
「情報が無いないよりは、マシだろう」
「そうだけどさぁ……」
こちらは意識を保つのがつらいほどに、意識が混濁し始めている。
これくらいの小言は、許してほしい。
私はこれ以上起きていられないとばかりに、ゆっくり目を瞑った。
「エルネット……っ」
「うる、さいな……。耳元で、騒がないで……」
「急に、静かになるな。調子が狂う」
「仕方ないでしょ。もう、疲れたんだって……」
彼は私がこのまま死んじゃうんじゃないかと、心配してくれたんだろう。
だから慌てた様子で、抱きしめる力を強めた。
それは、はっきりと言葉にされなくたってわかるんだけど……。
さっきまで気持ち悪いって言ってた人間を、圧迫しないでほしい。
――このまま起き続けていたら、彼の騎士服を汚してしまいそうだ。
「あとで、ちゃんと聞くから……。もう、寝かせて……」
「……わかった」
こちらが息も絶え絶えな様子で念を押すことで、レオドールはようやく、静かになった。
どうやら、自分も寝る体制に入ったらしい。
ちゃんとお風呂に入って身を清めなよ、とか。
食事を取らないと身体に悪いよ、とか。
全部ブーメランになって返って来そうなことを考えながら、私は意識を手放した。




