悪女街道まっしぐら
――レオドールに妹をけしかけたら、酷い目にあった……。
半日ラボに2人きりで、抱き合って眠るとか。
一体、どんな羞恥プレイ?
みんなが出勤して来てからも、あいつは騎士団長としての仕事をほっぽり出して、私から離れないし……。
「ねぇ。いつまでここに、いるつもりなの?」
「どうしても俺が対処しなければならない、緊急事態が起こるまでだが」
「本気で言ってんの?」
「ああ」
「さっきあんたを呼びに来た団員、困ってたよ?」
「放っておけ」
「いやいや……」
彼の部下達は用事があるから、わざわざ詰め所からここまでやってきたはずなのに……。
『俺は今、エルネットの体温を確かめるのに忙しいんだ。あとにしてくれ』
そんなふうに真顔で追い返すのは、さすがにどうかと思う。
みんな、ドン引きしてたのにさ。
実は、気づいてないとか?
――てかさ?
そんなこと繰り返していたら、せっかく手に入れた地位と名誉が無に帰すかもしれないって思わないの?
向こう見ずと言うか、なんと言うか……。
「もう一生、離さない」
「ちょっと……。怖いこと、言わないでよ……」
レオドールの口から耳元で囁かれると、冗談では済まされない恐ろしさがあるから困ってしまう。
勘弁してほしいなぁ……。
やっぱり昨日、添い寝なんてするんじゃなかった。
そう後悔したところで、後の祭りだ。
あれ以来、こいつは私に触れる許可を得られたと勘違いしているらしい。
スキンシップが激しくなった。
人目を憚らず、いちゃいちゃ、ぷにぷに。
頬や腹部に触れてくる……。
「ねぇ。今、仕事中なんだけど!」
さすがにこれ以上は耐えきれず、大声で怒鳴りつける。
だけど……。
私の頬を人差し指で突いていた彼は、屈託のない笑顔を浮かべて告げる。
「業務終了後なら、いいんだな」
「え? いや、違……」
「わかった。では、夕方迎えに来る」
戸惑う私の声など、今の彼には耳に入らないのだろう。
レオドールは私に文句を言われず触れ合う時間さえ得られたなら、それで構わなかったのだから。
「ちょ、ちょっと! ま……!」
「逃げるなよ」
目にも留まらぬ速さで私から離れた彼は、そう言い残して去ってしまった。
「やられた……!」
もう! なんで、あんなこと言っちゃったかなぁ……!
就業後なんて、また夕方から朝まで付き合わされるパターンじゃん! もう、私の馬鹿ー!
「若いな……」
私が頭をガツガツと壁に打ちつけたい気持ちで一杯になっていると、ことの成り行きを遠くから見守っていたガデムが、そうポツリと感想を述べた。
「もう! ガデムお兄ちゃん! あいつに、言ってやってよ!」
「諦めろ。レオドール殿下は、一度言い出したら聞かん。我も四角関係に、巻き込まれたくはないのでな……」
「ラボ長の、薄情者ー!」
せっかく、「お兄ちゃん」ってかわいらしく呼んであげたのにさ?
あっさりと裏切られたショックを全身で言い表すべく、泣き真似をして机の上に突っ伏す。
私の味方は、どこにいるの……?
「エルネット様……」
「口を挟むな。誰だって、命は惜しいであろう」
「ひ……っ」
そんなふうに悲観したこちらの姿を見かねた後輩が、こちらへ救いの手を差し伸べようと声をかけてくれたみたい。
だけど……。
結局ラボ長に止められて、引っ込められてしまった。
あーあー。
あいつ以外に優しくされたら、コロっと乗り換えちゃいそうなくらいに、大ピンチなんだけどなぁ……。
「どこかにいないかなぁ……。あいつ以外の、素敵な白馬の王子様……」
「もう、諦めろ。エルネットには、レオドール殿下しかおらん」
「嘘だー! 信じたくないよー! あいつと結婚するくらいなら、アルベールがいい!」
「そうか? 王太子は許嫁がいながら、君の妹と愛を育む……。浮気性な奴だぞ。レオドール様のほうがよほど一途で、誠実だと思うのだがな……」
「あれが?」
ラボ長の指摘を受けた私は、彼の姿を脳裏に思い浮かべる。
『妹をけしかけるな。不愉快だ』
――確かにあいつは、私以外のご令嬢と会話をすることすら不愉快極まりないと吐き捨てるタイプだった……。
社交性の高いアルベールのように思わせぶりな態度を取る姿は、見ていないかも……?
つまり、超一途ってこと?
「まぁ……。愛が重いってことは、認めてあげてもいいけど……」
あいつが誠実かどうかは、疑問が残る。
私はなんとも言えない気持ちで一杯になりながら、唸り声を上げた。
「うぅ……。なんで私があいつのことで、こんなに頭を悩ませなきゃいけないの……?」
「素直にならんからに、決まっておるだろう」
「だって……。私の好意を断ったのは、レオドールのほうが先なんだよ? 今から挽回なんて、無理だって……」
「照れ隠しだとは、思えんのか」
「うーん……」
「はぁ。殿下がかわいそうで、見てられん……」
だったら私と、代わってよ!
そう言いたくなる気持ちをぐっと堪えたのは、ラボ長が男性だったからだ。
「あーあ。レオドールが私よりもべた惚れするくらいの美少女が、空から降ってこないかなぁ……」
「絶対無理だ。諦めろ」
「う……っ」
ついつい口から飛び出た願望でさえも、ガデムに却下された。
これじゃ愚痴すらも、口にするのが困難になりそうだ。
レオドールが、マリンヌを好きになってくれたらよかった。
そしたら私は色恋沙汰に振り回されず、美少女とイケメンの絡みを遠くから見つめる壁になれたのに……。
「うまくいかない、なぁ……」
普通転生すれば、すべてが順風満帆に進むんじゃないの?
ほら。最強設定って、流行っているし。
まさかこんなに苦しい思いをするなんて、考えもしなかった。
しかも私、魔術の天才ではあるけど……。
いまだに気を抜けば死ぬような、やばいポジションに置かれたままなわけで……。
ああ、もう。
あちらを立てればこちらが立たずな状況で、どうやって幸せを掴み取ればいいの!?
「レオドール殿下の想いを受け入れて好意を抱けば、それで終わる話ではないか。何をそんなに思い悩むのか……。我にはよくわからぬ」
「いや、だから。私達は犬猿の仲……。啀み合っていて……」
「不仲同士が、結ばれてはいかんのか?」
「えっ」
純粋な疑問をぶつけられた私は、思わず素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。
いや、確かにさ?
ラボ長の言う通りかもしれない。
だけど……。
私達が喧嘩をするほど仲がいいって感じになる未来なんて、想像できないよね……?
「そんな法律は、聞いたことがないが。よく、言うであろう。嫌いも好きのうちであると」
「いや……」
「嫌いの反対は、無関心だ。最初から、殿下はエルネットに好意的だったと思うのだがな……」
「あ、あれで? 本気で言ってる?」
ガデムは幼い頃からレオドールに慕われて、彼の面倒をよく見ていた。
嘘を言う訳がないって、わかっている。
けど……。
そうなんだろうなって言動には心当たりがあっても、それを素直に認められるかは、また別の問題だ。
「殿下と結ばれるのであれば、誰も文句は言わん」
「ええ……そう、かな……?」
「むしろ、喜ぶであろう。レオドール様はあれでいて、訓練に私情を挟むタイプだ。今頃不機嫌な殿下は、部下達をストレス発散にしごき倒しているやもしれぬ」
「うわぁ……。すっごい、迷惑……」
つまり、私があいつの機嫌を取りに徹していたら、苦しむ騎士団員の姿はなくなるってことだ。
あれ? もしかして私があいつと結婚したくないと意地を張り続けているせいで、見知らぬ周囲の人達に迷惑をかけてる感じ?
無自覚に人を苦しめ、陥れる。
自分本意な振る舞いは、悪役令嬢そのものだよね……!?
「まずいなぁ……」
知らず識らずのうちに、悪女街道を突っ走ってる!?
このまま私を嫌いな人が増えてしまったら、妹と結託して盛大な断罪ショーが始まるかもしれない……!
――そんなの絶対、阻止しなきゃ!
どうにかして、みんなの誤解を解かないと!
「ご、ごめんなさい! 僕の入れた紅茶、おいしくなかったですか!?」
そう一念発起した直後に、ティーカップに注がれた紅茶を一口飲む。
すると、それを入れた後輩が泣きべそをかきながら私に頭を下げる。
私は勘違いさせてしまったと気づき、慌てて弁解した。
「違うの! 飲み物の味が不味いんじゃなくて。私の置かれている状況が――」
だが、その言葉は最後まで口にはできなかった。
「ラボ長! 黒魔術に侵された住人が、暴れ回っています!」
街中を巡回していたはずの同僚が、転移を使って異変を知らせに来たからだ。
「エルネット。準備はよいか」
「万端だよ! いつでもどーぞ!」
――雑談で暇を潰している場合ではない。
ガデムに声をかけられた私は、彼とともに現場へ急行した。




