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一ミリだけ上がった好感度

「俺が笑うのを見るのは、そんなに珍しいか?」

「だ、だって……。あんたはいつも、もっと意地汚い笑みを浮かべるのが得意じゃん……」

「悪魔の微笑みと言え」


 こいつは俺が笑うと、ほっとした様子を見せる。

 それはいつも、俺が苛立っているからなのだろう。


 今日の彼女は目を白黒させて、俺の笑顔を直視しないように戸惑っている。

 それがなぜなのか、不思議でたまらなかったが――その理由には、視線を追いかけていればすぐさま思い当たった。


 寝起きで、頭が回っていなかったからではない。

 彼女は恐らく、照れているのだ。

 もしかすると、俺の無邪気な微笑みを見るほうが、好きなのかもしれない。

 その証拠に、エルネットの頬は赤みを増している。


「そんなに好きなら、これからはこんなふうに笑ってやる」

「いや……。いいよ……。無理にキャラ、作んなくて……。そんな、アルベールみたいな……」


 俺は気分を良くし、微笑みを深めて提案した。


 だが――。


 彼女の唇から忌々しい男の名が紡がれた瞬間、機嫌は急降下していった。


「あ……。やば……」

「何が」


 エルネットもすぐさま、俺の笑顔が凍ったのに気づいたようだ。

 低い声で問いかけた直後、額からダラダラと冷や汗が流れた。


「ち、違……っ。これは、比べているわけじゃなくて……」

「そんなに、あの男が好きか」

「お、落ち着いてよ……」

「俺の表情から、あいつの面影を探すほどに?」

「ま、待って……!」

「今すぐに、納得できる理由を述べろ」


 俺が視線で射殺せそうなほど強い憎悪を抱いて凄めば、さすがの天才魔術師も恐れ慄いたようだ。

 声にならない悲鳴を上げた彼女は、観念したように唇を震わせた。


「ぎゃ、ギャップ、萌え……」

「モエ? なんだそれは。人名か?」

「普段と違うレオドールの姿を目にしたおかげで、胸がキュンってした……?」

「よくわからんな……。それでは、説明不足だ」

「ええ……? これ以上、どう言えと……?」


 困惑の色を隠しきれずに惚けるエルネットの姿も、かわいくて仕方がない。

 俺は機嫌を持ち直したあと、彼女へ諭すように言葉を紡いだ。


「俺は心の底から、嬉しいと思うから笑ったんだ」

「う、うん……」

「作り笑顔などではなかった。そのうえで、もう一度問う。好きか、嫌いか」


 ここで有耶無耶になど、するものか。

 曝け出された弱みに漬け込んだこちらの問いかけに、彼女は頬を赤らめて告げる。


「わ、悪くは……。なかったってば……」

「どっちだ」

「だから……」

「エルネット」

「う……。何を、そんなに拘ってんの!? どっちでもいいじゃん!」

「よくない」

「はいはい。あんたは私から好きって言葉を引き出せれば、なんでもいいんでしょ!?」


 ――ここまでくれば、俺の思惑などお見通しのようだ。


 彼女は、ようやく普段の調子を取り戻した。

 その後、熟した林檎のように真っ赤な表情とともに勢いよく言葉を吐き出した。


「認めるよ。なんか意外だったけど、さっきの笑顔のほうがずっとよかった! これでいい!?」

「そうだ。その言葉が、聞きたかった……」


 俺の求める好きの意味は込められていなかったが、今はそれでも構わない。


『好き』


 俺は彼女の唇から紡ぎ出された言葉を、脳裏で何度も反芻した。

 その後、荒い息を吐き出してこちらを威嚇してくる少女を優しい瞳で見下し、問いかける。


「目が覚めたか」

「おかげ様で!」

「おはよう、エルネット。突然だが、このまま二度寝してもらいたい」

「はぁ? 何言ってんの? もうすぐみんな、出勤してくるけど……」

「エルネットがかわいすぎて、離れたくないんだ」

「えぇ……?」


 まさか俺が、このような発言をするなど思いもしなかっただろう。

 こちらが抱きしめる力を強めれば、うんざりした様子を隠さぬオレンジ色の瞳が俺を見つめた。


「蔑む視線すら、美しい。結婚してくれ」

「えー……。どこが……? 目、腐ってんじゃないの……?」

「俺の瞳は正常だ」

「どうだかね……」


 エルネットは俺の笑顔を目にして、喜んでいるせいだろうか。

 普段よりは、棘が抜けている。


 普段は俺に対してハリネズミのように背中の針を尖らせているが、幼いころからずっとそばで彼女の成長を見守ってきたからこそわかる。


 それは――。


 エルネットが本当は、素直で困っている人を放っておけない、心優しい少女であるということだ。


「返事は?」

「うーん。やだ。まだ、保留で」

「では、好感度はどうだ。少しは、上がったか?」


 エルネットは深く考え込んだあと、軽い口調で俺の求婚を却下する。

 普段であれば、苛立ちを隠しきれなかったが――今回ばかりは、口元に微笑みを浮かべる余裕があった。


「……1ミリ、くらい?」

「よかった」


 触れられるのも嫌がられるほどではなくなった時点で、こちらのものだ。

 俺は彼女を抱きしめる力を強めると、エルネットの耳元で囁いた。


「好きだ」


 そんな陳腐な言葉を並べ立てたくらいでは伝えきれないほどに、愛している。


 君がそばにいない世界なんて、耐えられないんだ。

 だから、どうか。

 あんな男などではなく、俺を選んでほしい。


 アルベールには与えられないほどの狂愛を、君に注ぐと誓うから――。

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