双子の約束
――嫉妬心を拗らせすぎて、どうにかなってしまいそうな状態だったのがよくなかったのだろう。
エルネットの唇に、噛みつこうと試みたのだが――急に距離を縮めすぎた結果、逃げられてしまった……。
それを残念に思うと同時に、彼女を欲する想いがより強くなっていくのを感じる。
これが手に入らないほど、相手を求める気持ちか……。
俺は感慨深い思いに苛まれながらも、次はいつ彼女へ会いに行こうかと視線を巡らせる。
すると――。
「ああ、よかった。やっと見つけた」
会いたくない人間に、声をかけられた。
高揚していた気分は、一気に急降下する。
俺は忌々しい兄の姿を目にして、すぐさまあいつを威嚇した。
「なんのようだ」
「エルネットから聞いたよ。僕の婚約者に、興味があるんだって?」
嬉々としてこちらへ声をかけてくるあいつの言葉を理解するまで、随分と長い時間がかかった。
――こいつの婚約者、だと?
エルネットが兄にそんな内容を口にしたのであれば、こいつと寄りを戻そうとしている可能性がかなり高い。
こんなくだらん小細工に、負けてたまるか。
俺は今すぐに怒りをぶつけたい気持ちでいっぱいになりながら、あいつと乱闘にならないように背を向けようとした。
だが――。
「第2王子、殿下……。お初に、お目に、かかります……。いつもお姉さまが、お世話になって、おります……」
アルベールの肩越しからひょっこりと顔を覗かせた女のか細い声を聞き、俺は再び訝しげな視線を向ける羽目になった。
胸元まで長い、ミルクティーブロンドの髪。
意思の弱そうな桃色の瞳は、快活な印象を与える姉の面影など一切感じられない。
「エルネットから妹の話など、耳にした覚えはないが」
「……そう、なの……。ですか……? お姉さまよりも、わたしのほうが……。殿下と、仲良くなれると……。言われ、ました……」
「余計なことを……」
邪魔な俺は妹に押しつけ、自分に言い寄ってこないように画策した結果がこれなのだろう。
――この女が口にしたのは、事実の可能性が高い。
悪気など、一切ないのだろう。
姉に唆され、その気になった妹に辛辣な言葉をかけるのは気が重い。
そんなふうに感じる良心が一ミリでもあれば、エルネットは心を開いてくれただろう。
しかし……。
――残念ながら、俺は彼女以外の女に興味はなかった。
「失せろ。俺は貴様と、交流を深める気はない」
傷つけようが、泣き喚こうが、俺の知ったことではない。
アフターケアは、いつの間にかこちらの与り知らぬところで妹と婚約者していた兄がするだろう。
「あ、あの……。わたし……」
「二度と、顔を見せるな」
「レオドール! エルネットがかわいがっている妹に、なんて酷い態度を……」
兄は俺ばかりを悪者にしたいようだが、こいつがやっていることのほうが、よほどこの女に不誠実だ。
――エルネットを愛しているのを隠して、一時的に好きでもない妹と婚約を結んだのだから。
たとえ彼女を嫉妬させるためなのだとしても、妹が傷つくとわかっていながらも巻き添えしようと目論む。
その魂胆は、全く理解できなかった。
「わ、わたし……。ご、ごめんなさい……」
瞳から大粒の涙を流して嗚咽を漏らすこの女は、気づいているのだろうか?
ここに姿を見せてから、あいつがこいつの名前を、呼んでいないことに。
愛がないのは、明らかなのに――。
あわよくば俺達を手玉に取ろうと画策するこの女は、相当の腹黒と見た。
――茶番に付き合うのは、うんざりだ。
このままこいつと一緒に、地獄へ落ちてしまえばいいのに。
俺は苛立ちながら兄の不幸を願ったあと、この場から立ち去った。
*
――抱きまくらになるか、自室で添い寝をするか。
二者択一を迫れば、エルネットは前者を選んだ。
思いを通じ合わせる前に、こうして長い間、至近距離で彼女のぬくもりを堪能する機会が訪れるなど思わない。
一生このまま密着しあっていられたら、どれほどよかったことか――。
魔術の才に恵まれなかった自分が、憎くて仕方なかった。
――だが、そのおかげで騎士団長としての地位に就けた。
そう思えば、悪い気はしない。
この想いが彼女に届かなかったら。
エルネットが兄を選び、結ばれたいと願うのならば――。
あの子と想いを通じ合わせようと試みるのは、諦めるしかなかった。
長年鍛え抜いてきた肉体を遺憾なく発揮し、彼女を強引に組み伏せるしかないだろう。
手足を拘束し、魔術の使用を禁じる。
恐怖に怯える彼女の涙を舐め取り、俺だけしか頼れない状況を生み出せば――。
外面だけはいいあんな男など、すぐに忘れるはずだ。
「エルネット……」
「ん……」
狂しいほどに彼女を求める歪な想いを載せて名前を呼ぶ。
すると――。
その声に反応したエルネットは、ゆっくりと目を覚ます。
パチクリと瞬きを繰り返すその姿すらも、愛おしくて堪らない。
「起きたか」
状況を把握しようと必死になっているその表情を、独り占めするのも悪くなかった。
だが――。
やはり人形のようなエルネットよりも、普段の明るく元気で、俺に対して意地っ張りな姿を見せてほしい。
そう実感した俺はあえて彼女の目元に口づけ、エルネットの反応を窺った。
「な……。え、何……? レオドール……?」
普段はあいつ、こいつ、と名前ですら呼ばれないのに、久方ぶりに愛する人の唇から自身の名が紡がれる。
それが嬉しくて堪らない。
自然と口元に微笑み浮かべれば、こちらを凝視するオレンジ色の瞳と目が合った。




