募る怨み
「やっほー!」
3か月後は無視。
「ほんと、強情」
「黙れ」
6か月後には、そう吐き捨て。
「早くデレてくれないと、ほんとに会いに来るのを止めちゃうぞー」
「失せろ。この自意識過剰女が……」
9か月後には、罵倒。
それでも彼女は、俺に手を差し伸べるのをやめない。
「ねぇ。素直になる準備はできた?」
「いいご身分だな」
――そして、12か月後。
俺達の仲が悪化する、ある事件が起きた。
――あいつに会いに来ていると言う名目で俺に声をかけてくれたのは、口では酷い言葉ばかりを言い放っていても、本当はすごく嬉しかった。
彼女と会うのが、楽しみで仕方がなかった。
なのに……。
「私がレオドールにあれこれ話しかけるのは、2人の仲を取り持ちたいからで……アルベールも了承済みだよ!」
その発言により、俺の機嫌は急降下した。
「俺のためを思って行動しているふりをしながら、結局はアルベールに気に入られるための踏み台にしか思っていないんだな」
こいつも結局、一番大切なのはアルベールだけなのだ。
あいつの願いを叶えようとしているだけで、本気で俺と交流を深めたいわけではなかった。
「どれほど言い寄られようとも、俺が貴様に心を開くことはない」
馬鹿馬鹿しい。
どうして、もっと早くに気づけなかったのだろう?
こんなふうに傷つくのなら、遠ざければよかった。
さっさと実力行使に出れば……こんな想いをしなくても、よかったのに――。
「迷惑だと言っている。それを受け入れなかった、貴様が悪い」
何もかもが嫌になって、普段どおりに吐き捨てる。
すると―――。
さすがの彼女も、ようやく俺が嫌っていると自覚したらしい。
「本気で嫌がっているなら、もう辞めるね」
エルネットは普段の明るさなど一切感じられないくらい表情とともに、明らかに傷ついた顔をした。
その後、今にも泣きそうにオレンジ色の瞳を潤ませて俯いた。
――そんな彼女がかわいらしくいと感じ、このまま余すところなく喰らいつくしてしまいたいと思った時点で、俺はもう、壊れていたのだろう。
あの子に対する歪な愛は、この1年間を通じて――大輪の花を咲かせた。
「この程度で謝罪をして身を引くくらいなら、最初から手を差し伸べるな」
――やっぱり、あの子を遠ざけるなんて無理だった。
何を犠牲にしても、俺のものにしたい。
たとえエルネットに変な人だと蔑まれても、みっともなく縋っても、構わなかった。
それであの子の注意を引けるのならば、俺は道化にでもなんでも、なってやる。
「責任を取れ」
「なんの?」
「中途半端に手を差し伸べたのなら、この程度で根を上げるな。最後までそばにいろ」
エルネットは俺の口から紡がれた思わぬ提案に、最後まで困惑の色を隠せない様子を見せていた。
だが――。
「レオドールって、もしかして私のこと……」
俺の想いは、最終的には正しく彼女に伝わったようだ。
本当は、今すぐにそれを肯定したかった。
しかし――。
第2王子として生まれたこと以外はなんの力もない今のままでは、兄からエルネットと奪えないとわかっていた。
だから、あえて否定をした。
だが、心の中ではいつだって君を想っている。
その気持ちだけは、誰にも否定される言われはない。
本物だと、胸を張って言える。
だから――。
――俺は必ず、あの男から君を奪ってみせる。
そう決意をした俺は、血の滲むような努力とともに己の存在を主張し続けた。
*
『第2王子、変わったわよね』
『昔は生気のない、人形のようだったのに……』
『どんどん頭角を表して。今では騎士団長にまで上り詰めたのでしょう?』
『凄いわよねぇ』
王太子としての地位を約束されたあいつがエルネットと逢瀬を重ねる間、脇目もふらずにただ前だけを向いて走り続けた成果は、思ったよりも早く実を結ぶ。
俺は飛び級で聖騎士団に入団し、わずか2年で、騎士団長の座まで上り詰めた。
孤独だった俺にも、今には信頼のおける部下達ができた。
あとは彼女さえ手に入れば、薔薇色の人生は約束されたようなものだ。
どのタイミングでエルネットに対する愛を打ち明ければいいかなど、見当もつかない。
だからこそ――。
俺は虎視眈々と、その時を待ち望んでいた。
すると――。
思わぬところから、願ってもみない提案を受けた。
「このまま、エルネットと結婚するのは……。卑怯だと思うんだ」
結局アルベールは、許嫁の座を俺に譲らずにここまで生きてきた。
エルネットとずっと一緒にいる権利を、好きなだけ享受しておいて、今更身を引くような発言をするなど――どうかしているとしか思えなかった。
しかし……。
これは俺にとっては、願ってもみない話だった。
「だから? 許嫁を、解消するとでも?」
「ああ。俺とレオドール。2人のうちどちらか1人を、エルネットに選んでもらおう」
あちらも勝算がなければ、このような提案などしないだろう。
こいつは、信じている。
あの子が自分を選ぶに、違いないのだと――。
「好きにしろ」
――すべてが終わったあと、後悔すればいい。
王太子の座も、エルネットも。
すべて俺の手に収めた時、あいつがどんな顔をするのか――楽しみだ。
兄に背を向け口元に歪な笑みを浮かべた俺は、こうして彼女に真正面からぶつかる大名義を手に入れた。
あとはもう、これまで心の奥底に隠し続けていた感情を爆発させるだけでいい。
俺はエルネットへ会いに行ったのだが――。
――残念ながら、状況は芳しくなかった。
俺達には長い間、啀み合っていた過去がある。
どうやらそれが尾を引いており、どれほど愛を囁いたところで、素直に受け入れられないようだ。
うまく行かない日々に、苛立ちは募るばかりだった。
しかし、これまでよりかは随分と落ち着いている。
それは、エルネットとこれほど長い時間を交わせる機会など、今まではほとんどなかったという事実が大きい。
兄と許嫁を解消した今なら、好きなだけ彼女に愛を伝えられる。
そう思ったら、どれほど嫌悪されたとしても、彼女の姿を目にするだけで嬉しくて仕方ない。
――早く俺の元まで、堕ちてこい……。
仄暗い感情を胸に懐きながら、俺は彼女の口から発された言葉を思い浮かべた。
『あんたなんて、大嫌い!』
最近は彼女からそう呼ばれると、脳内で好きだと変換されて再生される。
俺がそんなことを考えていると知ったらあの子はきっと引いてしまうだろう。
『私の話、ちゃんと聞いてた?』
――意地っ張りで、素直じゃない。
そんなところも、かわいくて仕方がなかった。
――俺のエルネット。
俺だけの、愛しき太陽。
ああ。早く腕に抱き、誰にも奪われぬように閉じ込めてしまいたい――。
この言いようのない想いを発散するためだけに王城の外れに位置するよく手入れの施された野原へ向かった。
すると――そこで兄と、彼女の姿を見た。
「レオドールは、本気だよ」
「ええ……? これからも、積極的に言い寄ってくるの……?」
「うん。弟と結婚したくないのであれば、僕ら以外に好きな人を作らないとね。できるだけ、早く」
「そんなことを、言われても……」
あいつは俺に、どちらか1人を選んでもらうと宣言した。
それなのに……。
エルネットには他の男へ目を向けるように誘導し、自分のよさを遠回しにアピールしていた。
卑怯な手を使わなければ、彼女ともう一度結ばれることはないと自覚しているからこその行動なのは、間違いなかった。
「レオドールの目に余るような行動があれば、僕にいつでも相談して。エルネットなら、いつでも大歓迎だから」
優しい微笑みを浮かべる優男の顔面を殴ってやれたら、どれほどよかったことか。
俺は拳を握りしめてどうにかその怒りを鎮めると、姿を消した彼女に向かい、後悔の言葉を口にした兄の声を耳にした。
「こんな思いをするくらいなら、手放さなければよかったな……」
――もっと絶望しろ。
俺が受けた苦しみや悲しみは、この程度では到底贖いきれないものだ。
エルネットは絶対に、貴様の元には戻らない。
最後に笑うのは、この俺だ。
俺は醜い感情をすべてぶちまけてやりたい気持ちをどうにか抑え込んだあと、愛する彼女の元へ向かった。




