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試し行動

「な、なぜバレた……!」

「あのさぁ。私を、誰だと思ってるわけ? 未来の天才魔術師だよ? この程度の変身魔術を解除するなんて、余裕なんだから!」


 勝ち気な彼女は、キラキラと眩しく光り輝いている。


 自分だけのものにしたいと強く願うほどに、一瞬で心を奪われてしまった。

 この状態で彼女を俺の虜にするなんて、到底無理な話だった。


「あんたが弱くちゃ、話にならないよ」


 彼女が好きだ。

 あいつから、どんな卑怯な手を使ってでも奪い取りたい。

 そんな思いに駆られたこちらの想いなど知りもせず、あいつは俺を弱いと称した。

 それだけでは飽き足らず、アルベールのほうが大事だと呆れたように吐き捨てたのだ。


 それがどれほど俺にとっては悲しく、地獄の業火に焼かれるような苦しみを味わう発言なのか――。


 事情を知らない彼女に、理解を求めるほうが間違いだとわかっている。

 それでも――。


「アルベールを愛する、貴様など嫌いだ!」


 愛を憎しみに変化させた俺は、エルネットに伝えたかった気持ちとは真逆の内容を口にしていた。


 ――違う。

 俺は、彼女を狂おしいほどに愛している。


 あいつよりも、大事にしてやる自信があると言えばいいだけだった。

 なのに――。

 どうして俺は、素直になれないんだ?


「貴様になど、会いに来なければよかった! こんな惨めな気持ちを味わい続けるくらいなら、消えたほうが……」

「そんなの、冗談でも言わないでよ」


 自分でもわけがわからなくなり、心の奥底に留めていた感情を勢いよく吐き出してしまう。

 すると――何を思ったのか。

 エルネットは優しく、俺の指先に触れた。


「ちょっと1回、落ち着こう?」

「う……っ」


 指先から感じるぬくもりが、みるみるうちに身体の隅々まで伝達していく。

 ――アルベールは望めばいつでも彼女と触れ合えるなんて、あまりにもずるい。

 嫉妬で、どうにかなってしまいそうだった。


「初めまして! 私はエルネット・ヨトシーハ! 公爵家の娘だよ」


 太陽のように明るい性格。

 整った容姿。

 どれほど醜い行動をしても、何度も手を差し伸べてくれる。

 俺は彼女の優しさに心を囚われた――この子を独り占めしたいと、仄暗い感情に支配された。


「教えてよ。なんて名前なの?」

「お、俺は……」


 今すぐに、俺の名前を呼んでほしい。

 このまま触れ合った手を握り返して、誰も手の届かぬところに監禁したい。


 ――そんな邪な願望は、叶えられなかった。


「レオドール様!」


 ガデムが俺の異変を察知して、声をかけてきたからだ。


 ――我に返り、慌てて彼女から手を離す。

 俺は魔術師とともに、あの子の元から逃げ出した。


 *


 あの日エルネットと出会ってから、寝ても覚めても彼女のことしか考えられなくなっていた。


 ――もっと、力をつけなくちゃいけない。


 あいつよりも有能だと証明さえできれば、王太子の座とエルネットは、俺だけのものになるはずだ。


 煩悩を振り払い、自らの腕も鍛えられる。

 一石二鳥の訓練に勤しんでいた俺は――愛する少女の隣に佇む忌まわしき存在が現れたことに気づき、喉元へ剣を突きつけた。


「わっ。あ、危な……!」

「帰れ」


 本気で、あいつの命を奪うつもりはなかった。

 しかし――エルネットはこちらの行動を目にして、身の危険を感じたのだろう。

 魔術障壁を展開し、兄を庇った。


 ――少女にとって、あいつはいずれ夫となる人間だ。

 天才魔術師と謳われるほどに特別な力を持つ彼女にとって、アルベールを守るのは当たり前の行動だったのだろう。


 しかし――。


 俺にとっては、違う。

 それが、エルネットからの拒絶にしか思えなかった。


「貴様らは自分達がどれほど恵まれているか、理解していないからそんなことが言えるんだ」


 だから、彼女に裏切られたと感じて苛立ちを隠しきれない。


 こんなにつっけんどんな態度を取り続けていたら、ますます少女に嫌われる。

 それをよく理解していても、自身がどれほど不幸な境遇に置かれているか、説明するのを止められなかった。


「どれほど手を尽くしても、改善されない環境。誰にも手を差し伸べてもらえず、孤独に苦しむ俺の気持ちなど、わかるはずがない」


 なのに――。


「私はまだ、2人のことを何一つ知らないから。これからたくさん会話をして、もっと仲良くなりたい!」


 エルネットは太陽のような笑顔を浮かべて、俺に手を差し伸べた。

 あいつの許嫁である限り、仲良くなったところで、永遠には一緒にいられないと言うのに――。


 わかっている。

 俺がいくら彼女と生涯添い遂げたいと願うほど愛していたとしても、エルネットは友人として、俺を気にかけてくれているだけなのだ。


 思わせぶりな態度をとって誑かしているくせに、彼女にはその自覚がない。

 彼女はなんて、酷い奴なのだろう?


「先に産まれただけですべてを手にした貴様の顔など、見たくもない!」


 ――憎たらしい。

 妬ましくて、堪らなかった。


 俺の好きな少女の許嫁になった兄に対する憎悪が、自分でも制御できないまま一気に高まっていく。

 あんな奴、いなくなってしまえばいいんだ。


 そうすればあの子は、俺のものになる――。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 俺はアルベールに対する憎悪を、素直に彼女へぶつけた。

 そんなこちらの様子を見かねて、エルネットは俺の手を掴んだ。


「離せ……っ!」


 それを咄嗟に跳ね除けたのは、ただ驚いたからだった。


 あいつに向ける醜い感情を、当たり前だと受け入れてほしい。

 ただ、それだけだったのに……。


 俺は愛する彼女を、全く意図しない形で土の上に突き飛ばしてしまった。


 違う。

 俺はあの子を、傷つけたいわけじゃなかった。

 守りたかった。

 自分だけのものにしたかった。


「エルネット!」


 しかし――。

 彼女の名前を呼んで寄り添うことを許されたのは、アルベールだけだった。


「俺は、悪くない……!」


 こんなふうに、本心とは真逆の態度をとってしまう自分が大嫌いだ。

 消えるべきは、邪魔な存在は、兄じゃない。

 俺のほうだった。

 許してくれなんて言葉一つで愛してもらえたら、苦労はしない。


 ――誰でもいいから、助けてほしかった。


 俺を見てほしい。

 肯定してほしい。


 それだけだったのに、どうして俺はいつも周りから嫌われるような行動ばかりを取ってしまうんだ?


 素直な気持ちを伝えられたら、こんな苦労はしなくて済んだのに。

 そんな自己嫌悪に陥っていると、エルネットはアルベールの手を借りずにスクリと立ち上がった。

 その後、彼女は俺に向かって笑顔を浮かべた。


「うん! こんなの、全然へっちゃらだよ! 驚かせてごめんね?」


 ――まるで、気にしてないとでも言うように。


「な、なんなんだ……。貴様は、一体……」


 あり得ない出来事が、目の前で起きている。

 本来であれば彼女は、もう二度と俺の顔など見たくもないと、怒り狂ってもおかしくなかった。


 なのに――。


 あの子はキラキラと光り輝く笑顔を浮かべながら、俺に手を差し伸べてきた。


「未来の天才魔術師! エルネット・ヨトシーハだよ! これからよろしくね!」


 ――俺のような卑しい想いを抱えた人間にも、今までと同じように接してくる。


 その様子を、見ていたら――。

 あの子はきっと、泥の中に飛び込んでも、ケラケラと大笑いして楽しめるほど、強い女性に成長するのだろうという予感に駆られた。


 この子ならば、きっと。

 俺のすべてを受け止めてくれる。


「ふん……っ。誰が貴様のような世間知らずと、交流を深めるものか!」


 そう確信を得た俺はどこまでなら許されるのか、長い時間をかけて試してみた。

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