初対面
――俺達がエルネット・トヨシーハの名前を知ったのは、8歳の誕生日を迎えた直後だった。
「5歳の子どもが、黒魔術を解呪したぞ!」
王城内は天才魔術師が現れたと、大騒ぎになった。
彼女の元へ、下は赤子。
上は70代まで、釣書が山程届いたようだ。
これにトヨシーハ公爵は困惑し、すぐさま王家に助けを求めた。
その結果――大人達の間で話し合いが行われたらしい。
「天才魔術師って噂をされている女の子。僕達の、お嫁さんになるかもしれないね」
兄は「どんな子なんだろう」と、会えるのを楽しみにしている。
そんなあいつの言葉を耳にして、俺は白々しいと吐き捨てたくなる気持ちをぐっと堪え、胸の前で腕を組んでいるしかなかった。
こいつと俺の間には、どれほど努力をしたとしても乗り越えられない壁が、存在していたからだ。
王太子として大切に育てられる王子は、たった1人だけ。
一つしか用意していなかった椅子を求めて、2人の男児が同時に生まれてしまったら、どうなるか。
――それは、ご覧の有様だ。
『先に産まれた兄のアルベールを、王太子として扱う』
椅子取りゲームを始める前から、俺達は両親の一声で運命を決定づけられた。
玉座に腰を下ろすのを許可されたのは、俺ではなく兄だったのだ。
『考え直してください! 僕は、レオドールと一緒に……!』
『王は、2人もいらん』
アルベールはこのままじゃかわいそうだと、せっかく同じ日に生まれたのだから何度も俺にチャンスを与えるべきだと父親に懇願していた。
だが……。
一度決まったものは、簡単には覆られない。
こうして俺は、あいつにもしものことがあった時のスペアとして息を殺す暮らしを始めた。
兄が玉座に座るその日まで、影で大人しくしているように命じられたせいだ。
――どうせ、今回だって選ばれるのはあいつに決まっている。
俺は最初から選択肢に入っていない。
彼女と結婚するのは、王太子である兄だ。
お願いだからもう、俺を気にする素振りを見せないでくれ。
なんでも2人で半分に分け合うなんて無理だと、重々承知している。
だから……。
お前は俺を無視して、堂々と玉座に腰を据えればいい。
そうすれば、「弟を犠牲にしてまで王になりたいのか」と、兄に対する憎悪を募らせても許された。
惨めな気持ちが、和らいだはずなのに――。
「エルネット・トヨシーハは、アルベールの許嫁だ」
その決定が下されたあとでさえも、俺に遠慮をする素振りを見せる。
「そんな……! どうしていつも、僕なんですか? レオドールにも……!」
「優秀な魔術師となるであろう娘の夫は、王でなければならん」
「僕に何かあれば、レオドールが王になるんですよね!?」
「なんでもかんでも、弟に譲ろうとするな」
「ですが……!」
醜い心を持つ俺とは違って、あいつの心は羨ましくなるくらいに清らかだった。
「よいか。黒魔術の解呪は、我が王族の悲願だ。必ず、手中に収めよ。身も心も絡め取り、逃げられないようにするのだ」
「僕は……」
アルベールは、優しい。
どちらかと言えば、母親によく似ていた。
そんなあいつにまだ見ぬ少女を虜にしろと命じたところで、実現できるかは怪しいものだ。
強欲で、嫉妬深く、醜い心を持つ父親によく似た俺なら――王が望むとおりに、あの少女の手足を縛りつけ、二度と俺のそばから離れられないように監禁してやれるのに。
どうして俺は、あいつよりも先に産まれなかったのだろうか?
俺とアルベールの生まれた順番が、逆であればよかった。
そうすれば、父親の機嫌を損ねることなく、嬉々として父の申し出を了承していた。
「そんなの……。僕には、できない……」
「泣き言を言うな!」
「ひ……っ。は、はい……。わかりました……」
父親から怒鳴りつけられたアルベールは、悲鳴を上げると渋々王の命令を受け入れた。
そこで俺ならできると豪語できないくらいなら、最初から異を唱えなければよかったのだ。
あいつは、後先考えずにその場限りの対応しかできない。
そんなアルベールは先に生まれただけで、王太子になれるんだ?
なぜ俺は、誰にも求められず、いないものとして扱われる第二王子に甘んじていなければならなかったのか?
アルベールよりも先にあの子の心を手に入れたら、父は喜ぶ。
そうすれば、俺は――あいつを押しのけて、王太子になれるのだろうか?
「エルネット・トヨシーハ……」
名前しか知らないまだ見ぬ少女が、どんな性格をしていても構わない。
俺の立場を改善させるために、あの子の存在が必要不可欠であるならば――何を犠牲にしても、あの子が欲しい――。
こうして俺は、自分本位な欲望を胸に懐き――。
あいつからエルネットを奪う機会を、虎視眈々と窺っていた。
「ど、どうしよう……。今日は、エルネットと会う日なのに……」
――アルベールと許嫁の初対面は、問題なく終わったらしい。
緊急事態が起きたのは、2回目だ。
使用人に呼ばれてあいつの部屋に顔を出せば、高熱に魘される情けない兄の姿を見る羽目になった。
「ドタキャンなんてしたら、父さんにどやされる……!」
あいつは許嫁に嫌われて、エルネットが他の男の元へ嫁ぎたいと言われたらどうしようと怯えている。
――このまま大目玉を食らって、王太子でなくなればいいのに。
俺はそんな邪な考えを巡らせたあと、すぐさまこれはチャンスだと気づく。
――こいつに成り代わって、あの子へ会いに行けばいい。
だが、俺達双子は髪色と瞳の色が異なる。
変身魔術を使わなければ、すぐに別人だとバレてしまうだろう。
しかし幸いなことに、顔立ちはよく似ていた。
おしゃれの一環だとでも言えば、些細な違いなど幼い子どもならいくらでも言いくるめられるはずだ。
「俺が貴様に、成り代わってやろうか」
「レオドールが、僕、に……?」
「ああ。アルベールとして許嫁に会えば、本物が寝込んでいても面子は保たれる」
「……いいの……?」
「ああ」
アルベールは俺の代理を了承することなく、ゆっくりと目を閉じた。
熱に浮かされた状態では、長々と会話を続けるのが限界だったのだろう。
――ちょうどいい。
俺は師匠と崇めるガデムの協力を得て、変身魔術を使って兄に姿を変えた。
「相手は天才魔術師です。おそらく、すぐに見破られてしまうでしょう」
「構わん。そのほうが、好都合だ」
あいつに成り代わって交流を深めるなど、冗談ではない。
さっさと正体を暴露して、アルベールよりも俺を愛してくれるように仕向けたほうがよほどいいはずだ。
そう考えた俺は、さっそく忌々しい兄に成り代わって許嫁と対面した。
だが……。
「あなた、誰?」
名前を呼んですぐにバレるなど、あまりにも早すぎる。
出会って3秒で正体を明かすなどプライドが許さず、兄のふりを続けた。
すると――。
「ふーん。アルベールだって言い張るなら、もういいよ」
彼女は指をぱちんと弾く。
その後、俺の身にかけられた変身魔術を解除してしまった。
「あれ? 偽っていたのは、髪と瞳の色だけなの?」
あいつは兄とは似ても似つかない銀髪と紫色の瞳を、不思議そうに見上げる。
彼女の肩越しできれいに切り揃えられた茶色のボブヘアと、快活な印象を与えるオレンジ色の瞳は、まるで青空に光り輝く太陽のようだ。
俺は思わず、その愛らしい姿に見惚れ、柄にもなく狼狽えてしまった。




