あんたなんて、嫌い
「だったら、なんで……。ずっと、私を遠ざけたの……?」
私は瞳を潤ませながら、幼い頃に彼から言われた言葉を思い出す。
『一方的な気持ちの押しつけはありがた迷惑。私のやっていることは偽善者だ』
そう言ったのは、レオドールの方だ。
昔の私と同じことをしているって、どうして彼は気づけないだろう?
これも、復讐の一環なの?
私はこいつが抱いている気持ちが、どうしても理解できなかった。
「あんたは私を、いつから好きなわけ?」
「貴様が魔術師としての才を見出され、俺達のどちらかと許嫁になる予定だと聞かされた時からだ」
――彼は私の問いかけに、想像もつかない返答をしてきた。
それってアルベールの姿を偽り、私と顔を合わせる前からってこと……?
――信じらんない!
つまり、最初からじゃん!
だったら、もっと早くに伝えればよかったのにさ?
よくもまぁこんなふうに迫れるよね?
私は苛立ちを隠しきれず、勢いよく言い放つ。
「だったらなんで、今まで黙ってたの? あんたのせいで、私は何回傷ついたかわかんないのに!」
「言えるわけがないだろう! 年端もいかない子どもに、何ができる。何もかもをあの男に奪われた俺が、エルネットに想いを伝えたところで……」
「今だって、同じだよ!」
売り言葉に買い言葉とばかりにヒートアップするはずだった言い争いは――あっさりと終わりを告げる。
レオドールが冷静さを、取り戻したからだ。
「違う」
「私はまだ、子どもなの!」
「俺は大人だ」
彼は先程までの苛立ちをどこかに消失させ、私に諭した。
「俺はもう、ただの第2王子ではない。騎士団長として、確固たる地位と名誉を築き上げた。エルネットとの結婚に、誰にも文句は言わせない」
彼は本気で、信じているのだろう。
これまではどれほど己がそう主張したところで、兄には勝てないと思っていたが――確固たる地位を築き上げた今ならば、自分こそが、私を娶るに相応しい男だと名乗り出ても許されるほどの実力を身につけてきた自負がある。
だからこそ、こうやって堂々と恥ずかしげもなく断言できるのだ。
――自信満々に語るレオドールに、異論なんてできるわけがないじゃん……。
私はよく、知っている。
彼が必死に、一目を盗んで努力を続けていたことを……。
「これでもまだ、足りないというのであれば……仕方ない」
「な、何……?」
「悪魔に、魂を売るか?」
彼の冗談めかした発言は、かなり心臓に悪い。
なんと言葉をかけていいのかわからずに口を噤んでいると、レオドールは不穏な内容を口にした。
それに驚いた私は、慌てて彼の背中へ視線を移す。
――銀色の幻想的な光を放つ彼の魔力は彼の意志に反応したせいか、鈍色の妖しい輝きを放っていた。
「何それ。黒魔術でも、習得するの?」
「そうだ」
「そんなの、無理に決まってる。あんたには、魔術を発動できるほどの魔力がない」
「そんなもの。エルネットに対する愛さえあれば、どうとでもなる」
――いや。愛の力でどうにかなれば、世の中は魔術師で溢れ返っているはずだよね……?
私を愛しすぎて、おかしくなってしまったのだろうか。
洒落にならない冗談は、やめてほしい。
――このままじゃ、あいつが悪の道に引き摺り込まれちゃう!
私は後々面倒なことになるのを避けるため、慌てて浄化魔術を使ってレオドールの魔力に纏わりついた穢れを払った。
「やめてよ。他人に迷惑をかけるとか……」
「ならば、俺を愛せ。拒絶せず、受け入れろ」
「いや、だから……」
彼は幼い頃から何度も、危うい状況に陥っているのだ。
きっとこいつは、黒魔術と相性のいい体質なのだろう。
生まれ持った魔力量が多ければ、悪魔に魂を売ってでも兄を蹴落としたいと考えるような悪しき感情を増幅させていたら、今頃この世界に悪名を轟かせていたかもしれない。
――色んな意味で、怖いなぁ……。
黒魔術をまるで埃をさっと拭き掃除で拭い取るかのように解呪ができるのは、今の所私だけだ。
意地を張って拒否し続けていたら、こいつが本気で悪の道に引き摺り込まれてしまいかねない。
早急に、答えを口にする必要があった。
でも、なぁ……。
レオドールの愛を信じて、彼の妻になるのも嫌なんだよね……。
私はどうしたもんかと、頭を悩ませた。
「あのさぁ?」
「俺の婚約者になれ。はいかYes以外の返事は、受け入れる気はない」
「それは……」
――長い押し問答の末。
私が複雑な想いとどう折り合いをつけるべきか考えを巡らせつつ必死にこの状況を打破できないものかと悪あがきを続ける。
「なぜ、受け入れられないんだ。俺はこんなにも、君を想っているのに……」
すると、こいつは苦しそうにそう呟いたきり、突然黙り込んでしまった。
「もしもーし。レオドールさーん? 生きてますー?」
せめて、私を押し倒すのをやめてから感傷に耽ってくれないかな……。
ほんと、自分のことしか考えられない奴。
そんなんだから、私の気持ちが嫌いに傾くのにさ?
なんでこいつは、わかんないんだろうね?
『エルネット。好きだ。愛している』
まぁ、アルベールみたいに? 優しく微笑みながらそう告白されたって、今までのマイナスイメージが強いからこそ、すぐには受け入れられないんだけどさ。
「邪魔なんだけど。退いてよ」
「――ここで寝泊まりを続けるのであれば、条件がある」
ある程度の冷却期間が、あったからか。
あいつは話を元に戻すと、真面目な顔で私を見下した。
――求婚されるよりは、よっぽどマシか……。
私はなんとも言えない気持ちに陥りながらも、態度悪く彼に問いかけた。
「何」
「俺の、抱きまくらになれ」
「はぁ? 無理なんだけど」
「ならこのまま、俺の自室に連れ込むまでだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 変な噂が立つじゃん! やめて!」
あいつは私の婚約者みたいに振る舞っているけれど、こちらはそれを了承していない。
書類上だって、未婚の男女だ。
そんな2人が彼の自室に夜な夜な閉じ籠った……なんて話がラボで蔓延すれば、尾ひれがついて本気で逃げられなくなる。
――それだけは、絶対に阻止しなきゃ……!
「貴様が気にするような悪評なら、もうすでに王城内に蔓延している」
「げ……っ」
あいつは今さら気にしたってもう遅いと言うように、ドヤ顔で宣言する。
その後、不敵な笑みを浮かべた。
「選ばせてやろう」
「いや。だから……」
「どうするんだ」
抱きまくらになるか、自室に連れ込まれてフカフカのベッドで寝るか。
究極の2択はどっちも嫌すぎて、今すぐ第3の選択肢を選び取りたかった。
だけど……。
ほかには思いつかないのだから、どうしようもない。
「もう……! ほんとに、最悪!」
苛立ちを隠す余裕すらなく、悪態をつく。
それでも彼が私を愛する気持ちが変化する様子がないのだから、自分が今すぐにこの場で取れる行動は一つしかなかった。
――仕方ないか。
私は渋々、彼の首元に抱きついた。
「どっちだ」
「言わなくたって、わかるでしょ? このままここで布団をかけずに寝て、風邪を引いてしまえ……!」
「俺はこの程度で体調を崩すほど、軟な身体ではない」
彼は私の嫌味すらも気にならないほど、機嫌を取り戻したようだ。
真顔でそう口にした彼は、口元を緩める。
その後、私の背中に両腕を回して密着した。
「それに……。エルネットの体温は暖かな湯のように、ぬくいからな。思いっきり、堪能させてもらおう」
「はぁ!?」
そんなの、満喫しなくたっていいから!
発言が寒すぎて、背筋がゾワゾワしてきたんだけど!
どう責任、取ってくれるわけ!?
こちらが勢いよく怒鳴りつけようとしているのを、見越したのだろう。
彼はこちらを、真顔で見つめた。
「エルネット」
「な、何……」
この状況で名前を呼ばれるなんか、何か恐ろしい出来事が起きる前触れに思えてならない。
そんな危惧とともに身構えれたところ、なぜかあいつは満面の笑みを浮かべてお礼を告げた。
「ありがとう」
こうして彼の笑顔を見てみると――アルベールに、よく似てる……。
やっぱり、双子なんだなぁ。
血は、抗えないや。
そんなふうに感慨深い想いを抱いたのは、一瞬だ。
「な……っ」
何の前触れもなく、リップ音を立てて頬へ口づけられた。
そのせいで、そんな感動すらも吹き飛んでしまう。
――やっぱり、レオドールなんて嫌いだ……。
彼の唇が触れた場所が、じんじんと熱を持って疼く。
それはきっと、気の所為に決まっている。
私はそう何度も自分に言い聞かせながら、最悪の気分で目を閉じた。




