かみ合わない会話
「うちの妹とは、初めて会ったんだよね? 私なんかよりも、ずっとかわいいでしょ! 儚げ美少女って感じで~」
「いくら容姿が整っていても、性格に難があれば恋愛対象にはならん」
「あぁ……。あの子は、人よりちょっと不安が大きいからねぇ……」
あの子に対する疑問は尽きなかった。
でも、ここで細かいことに白黒はっきりつけようとするのは得策ではない。
だからこそ、横に置いておこうと決めた。
今優先するべきは、レオドールに妹の素晴らしさを植えつけつつ、妻にお勧めですよとゴリ押しすることだよね!
「でも、レオドールとそっくりな性格をしてるからさ! きっと、似た者同士。いい夫婦になれると思……」
「ふざけるな。そもそもあの女は、あいつの婚約者だ。俺をけしかけて、自分は元サヤにでも収まるつもりか」
そう思い立っての行動だったのだけど、あいつは取りつく島もなく、怒りの矛先を私に向けてきた。
どうやら彼を激高させるのに、充分な効果を発揮してしまったらしい。
「うーん……。それも、悪くないかなって……。ほら。アルベールはあんたみたいに、すぐ怒らないでしょ? 優しいし、紳士的。お互い似た者同士と夫婦になったほうが、幸せに――」
「ふざけるな……!」
鬼の形相で威嚇したレオドールは、つかつかと苛立ちを隠せない様子で私の元へと歩み寄ってきた。
私は慌てて、彼がこちらへやってこないように静止を試みる。
「え。ちょっと、待ってよ。落ち着いて……」
しかし、レオドールの前では全く意味をなさなかった。
「あの男と、比べるな……!」
――なんでそんなに、怒ってんの?
本気じゃないんだけど。
あくまで冗談って言うか。
ただの提案なのにさ?
戸惑いながらも椅子から立ち上がり、あいつを窘める。
しかし、彼は止まらなかった。
私を床に押し倒したあと覆い被さり、低く唸るように声を震わせた。
「エルネットを幸せにしてやれるのは、俺だけだ……!」
彼の発言を耳にした私は、ようやくレオドールが怒り狂った理由を悟る。
あー。そっか。
アルベールの名前を出したからか。
レオドールにとっては、コンプレックスの塊だもんなぁ……。
兄と自分の境遇を比べたところで、生きづらくなるだけだ。
私といる時くらいはそんなことが気にならなくなるくらいに肩の力を抜いてほしかった。
なのに――。
彼は幼い頃からずっと、兄と自分を比べて苦しんでいる。
それに同情する気持ちは、もちろんある。
だけど……。
それよりも、今は。彼が口にした発言が許せない。
こちらも優しいままではいられず、思わず問いかけてしまった。
「何それ。すごく、傲慢な考え。私の意思は、無視?」
「俺と同じ気持ちを味わわせてやった。それだけだ」
「……マリンヌの件? 私はなんであんたがそこまで怒るのか、理解できないんだけど……」
「貴様が、ここまで馬鹿だとはな……」
素直な気持ちを吐露すれば、彼は呆れたように言葉を紡ぐ。
いつの間にか、紫色の瞳がこちらをじっと見つめている。
その目の奥には、苛立ちが消えていた。
「いいか。よく聞け」
「聞こえませーん」
「エルネット」
私は両手で耳を塞ぎ、彼の声を遮断する。
そんなことしなければよかったと後悔しても、あとの祭りだ。
レオドールはこちらの意識をあちらへ集中させるためだろう。
顔を近づけてきた。
「な……っ
私が戸惑うそぶりを見せたところで一切気にした様子もなく、以前首筋につけられたキスマークの跡に再び噛みつく。
「……っ」
ピリピリとした痛みに耐えきれず、私が思わず両手をあいつの頭に移動させて、移動させようと試みる。
すると――。
首筋から顔を上げたレオドールは、強い口調で宣言する。
「俺が愛してるのは、エルネットだけだ」
「それは、耳がタコになるほど聞いた……」
「自覚しているくせに、このザマか。貴様は本当に、手に負えんな……」
あいつは呆れを含んだ口調でそう吐き捨てると、理解に苦しんでいるようにしか見えない表情をした。
――こっちはその言葉、そっくりそのまま返したっていいんだからね?
そう言いたくなる気持ちを、ぐっと堪える。
その後、私は彼の求婚を断るために声を発した。
「何度あんたに、告白されたって……」
「貴様が俺と結婚したくないと駄々を捏ねて、行動するたびに。周りの人間に迷惑をかけていると、なぜ理解できない」
だが……。
あいつの口から鋭い指摘が飛んできて、思わず怯んでしまった。
図星をつかれたからだ。
否定せずに、こいつの気持ちを受け入れいればよかった。
そうすれば、マリンヌは不安に思わず、レオドールだって毎日薔薇色の生活を遅れていたはずだ。
彼が欲するのは、私から惜しみなく注ぎ込まれる無償の愛なのだから。
――あれ? こんなに事態がややこしくなっているのって、もしかしなくとも全部、私のせい?
今更気づいたところで、それを素直に認められるはずがない。
私は咄嗟に、否定の言葉を口にした。
「わ、私は悪くない。あんたが……」
「貴様など、その気になればいくらでも組み伏せられる」
だが……。
彼は私が見せた弱みを、見逃してはくれなかった。
「私に勝てると、本気で思ってるわけ?」
精一杯強がったところで、私がこの状況を打破するには魔術を使うしかない。
だけど……。
今は深夜だ。逃げる場所の宛など、どこにもなかった。
「夜間の魔術使用は、禁じられているはずだが」
「緊急事態での利用は、認められてるよ」
「これのどこが……」
「どう考えても、明らかに身の危険を感じる状況でしょ。私、第2王子に襲われてるんだけど」
私はどうにか魔術を使わずに、彼を言いくるめられますようにと願う。
それだけでは足りないかとすぐに思い直し、必死にその気はありませんと態度で示した。
しかし……。
彼は待てど暮らせど、手を休める気配がない。
「俺達の結婚は、決まったも同然だ。素直に認めて、楽になれ」
むしろ、エンジンフルスロットルで2人の間に隔てられた分厚い壁を、突き破る勢いで迫ってきている。
――この状況で、どうやってこいつの求婚を断ればいいの?
困った私は彼の地雷を思いっきり踏んで、騒ぎを大きくするしかないと決断する。
――よし、やっちゃうぞー!
こういうのはやっぱり、思い切りが大事だ。
若干の罪悪感を感じつつも、恐る恐る言葉を紡ぎ出した。
「あんたと結婚するくらいなら、アルベールがいい……」
「エルネット。俺を見ろ」
「や、やだよ……」
「見るんだ」
嫌だな。
怒られたくない……。
結局憂鬱な気持ちに負けてしまい、視線を逸したのがよくなかったのだろう。
レオドールはなぜか、冷静に命じてきた。
――なんで? いつもは、怒り狂うのにさ?
彼の行動が理解できず、命令に逆らい続けた。
「俺の気持ちから、目を背けるな」
すると――。
レオドールは怒気を孕んだ低い声で、はっきりと宣言した。
――その言葉を耳にした私は、ぎゅっと胸が締めつけられるような不思議な感覚に陥る。
それがなぜかを理解できぬまま、恐る恐る問いかけた。




