謎は深まるばかり
――翌日。
自宅とは異なる場所で寝泊まりし終えた私はラボへ出社し、ある人物へ直談判を行う。
「ラボ長。お願いがあるんだけど……」
「断る」
「えー? なんでよ! 意地悪! ケチ!」
「あの、まだ何も言ってませんよね……? なんでこの状態で、わかるんですか……?」
「そりゃ、ラボ長は私のおじいちゃんみたいな人だから!」
「せめて、兄と呼びたまえ。我はまだ、30代だ!」
「そうだったっけ?」
ラボ長ことガデムって、外見老けてるからなー。
喋り方も結構渋い感じだし、ついついおじいちゃん扱いしちゃうんだよね。
でも、本人がお兄ちゃんって呼べと命じるのなら、仕方ないか。
「トヨシーハの家名を捨てて、平民になるって決めたの! 私の、お兄ちゃんになって!」
「何を言っておるのだ」
「それが無理なら、ここで寝泊まりする許可がほしいなぁ~」
「君はレオドール殿下と、結婚するのだろう」
「しないよ?」
あいつの嫁になるなら、ラボで寝泊まりする必要はないって言わたけどさ? 残念! 私はレオドールと結婚する気は、一ミリもないんだなぁ~これが。
首を傾げて否定をすれば、ラボ内の空気が凍った。
「求婚されていたではないか」
「あれはあいつが一方的に、言い寄ってきているだけで……」
「埒が明かんな」
ガデムはあいつが、師匠と崇める魔術師だ。
部下であり妹のような存在の私よりも、レオドールの肩を持つのは当然だった。
ここでも、噛み合わない会話を続ける羽目になるのかなぁ。
宇宙人との交信は、もううんざりなんだけど。
そんなことをぼんやり考えていると、ラボ長は有無を言わさぬ表情で私の提案を棄却した。
「どちらも、却下だ」
「なんでよ!? 私の、お兄ちゃんなんでしょ!?」
「我は妹と同じくらい、弟を大切に思っておるのだ」
「あいつは、息子じゃないんだ?」
「我とレオドール殿下の年の差を、いくつだと思っておる」
ええと……。
私とは、17歳差でしょ?
あいつは私より、3歳年上だから……。
14歳差になる。
ラボ長が19歳の時にレオドールが産まれているため、頑張れば自分の子どもだと言い張れるレベルだった。
――話が脱線しちゃった。
私は気を取り直して、本来想定していた相談内容を口にした。
「住む場所、なくなっちゃった……」
「ここを無料の、宿泊スペース扱いするでない」
「え~。だって~」
「ここで寝泊まりを繰り返せば、殿下がふらりと姿を見せる可能性が、高いのだぞ」
「ええ? 夜中になんて、来ないでしょ」
「それに耐えられるなら、我は構わんが……」
「ほんと? やったー! じゃあ、好きにする!」
よし、ラボ長から、言質を取った!
あとは特別使用許可証にサインを書いてもらって、肌見放さず携帯していればオッケー!
よかったー。
いきなりホームレスなんて、いくら前世の記憶があったとしても厳しすぎるもんね。
「殿下に偶然出会っても、責任転嫁だけは、するでないぞ」
呆れの色を隠せない様子で呟いた彼の声なんて、舞い上がっている今の私には聞こえなーい。
これでようやく、お1人様満喫計画の第一歩を踏み出したんだ!
この調子で、どんどん行こう!
「この使用許可証は、期限つきだ。それまで、我のお眼鏡に叶う物件を見つけよ。よいな?」
「はーい!」
――よーし、やるぞ~!
気合を入れた私は事務仕事と並行して、1人暮らしを始める家探しを始めた。
*
あそこは治安が悪いから駄目。
ここは家賃が高すぎる。
あれも、これも。
見つけてきた物件は全部ラボ長に却下されて、なかなか住む場所が決まらない。
――もう。
なんで私、未成年なんだろ?
飛び級制度を使って働いているんだから、成人扱いしてくれたらよかったのに!
お父さんに貴族を止めるなんて大口叩いてこの惨状じゃ、いろいろとまずいよね……?
こうなったら、姿も大人のおねえさんに変更して、非合法的な手段で家を借りるしかないんじゃ……!?
「あー、もう。うまく行かないなぁ……」
容姿を偽るのって、だいぶコスパが悪いんだよね。
私の魔力は、仕事で絶対必要になるから……。
すっからかんな状態で黒魔術の解呪依頼が来ても、対応できないわけで……。
助けられるはずの命を見殺しにするのだけは、絶対に嫌だから。
ありのままの私で、どうにかこの状況を打破する手段を考えなきゃいけなかった。
――これも全部、あいつが求婚なんてしてきたせいだ。
もしもレオドールが素直ないい子で、私と仲がよかったら。
もしもアルベールではなく、彼と許嫁だったら。
こんなふうに悩まなくても、よかったのになぁ……。
「……レオドールの、わからず屋」
私がこんなふうに、寝ても覚めてもあいつのことで頭がいっぱいになるのも。
話をややこしくしているのも。
全部、レオドールのせいだ。
「また、俺の悪口か」
――私の人生を無茶苦茶にした責任、取ってよ。
そんな弱音が口から溢れ出てしまいそうになった時、ある人物が魔法ラボに姿を見せた。
「いい度胸だな」
――窓から差し込む月夜に照らされ、銀髪がキラキラと光り輝いている。
そんな幻想的な姿に見とれて、惚けている場合ではない。
今すぐ逃げなければと、頭ではよくわかっているのに――。
私は椅子に座ったまま、大嫌いなあいつの姿を呆然と見上げるしかなかった。
「ここで、何をしている」
実家にはもう、帰れない。
魔法ラボも駄目なら、どこに行けばいいわけ?
――もしかすると、私には彼以外に頼れる人がいないのかもしれない……。
「あんたこそ。暇なの?」
想像通りの問いかけをあいつから受けた私は、こうやって強がるのが精一杯。
どうにかして、非常識な時間にふらりと姿を見せたこいつを追い返したい。
私は眠気を必死に堪えつつ、彼を睨みつけた。
「勤務時間外に、我が物顔で魔法ラボを専有している少女がいると聞いてな。様子を見に来た。まさか、貴様だったとはな……」
「白々しい……。最初から私だって、わかってたくせに」
「当然だ。愛する人の弱みに漬け込み絡め取るのも、戦略の一つだ」
「ほんと、最低。誰のせいで、こうなっていると思ってんの?」
あんたにとっては願ってもない状況でも、私にとっては最悪としか言いようのない状態なんだってば!
こんなところで手籠めにしようと距離を縮められたって、好きになるどころか恐怖しか感じない。
「何度も言ってるじゃん。私は、あんたが嫌い。結婚なんてしないし、迷惑なんだって……!」
――やっぱり、私には無理だ。
こいつを好きになるなんて。絶対に……。
「貴様は俺を、怒らせた」
「もういいよ。あんたが私を、好きでも嫌いでも」
「何もよくない。一体、何を考えている。俺に対する、嫌がらせか?」
「そんなの、お互い様でしょ? 私だって、あんたの行動原理は理解できないんだから!」
こんな状態じゃ、うまくいくわけがない。
さっさと、諦めてほしいのに――。
あいつは不快そうに眉を伏せて、思いもよらぬ言葉を吐き捨てた。
「いくら俺と結婚するのが嫌だからって……。当てつけのように、妹をけしかけるな。まんざらでもないあの女の様子を思い出すだけで、反吐が出る……」
「……マリンヌ?」
――確かに私は、妹とあいつがくっつけばお似合いなんじゃないかと思って、あの子にこいつと会ってみたらと提案した。
しかし……。
こんなに早く、言葉を交わすなど思いもしなかった。
2人を引き合わせたのは、アルベールのはずだし……。
たった3日で、レオドールと顔合わせまで進むもの?
どんだけあの子は、やる気満々だったんだろう?
それだけ、こいつと会えるのを楽しみにしてたのかな……?
そんなこと、ある?
妹は、婚約者が大好きなのに?
うーん。
彼の説明だけでは、謎が深まるばかりだ。




