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第八十五話 神人

 緩やかな坂は一本道なので、登って来る者達が鉱山入口を目指しているのは明らかだ。

 男二人女二人のグループで、男二人は剣と鎧で武装している。女二人はローブに杖といった出で立ちで、鈴音は何となく白髭の神を連想した。

「鉱山関係者……幽霊の遺族……うーん、しっくり来ぇへんなー」

 異世界なのだから地球基準で考えてはいけないと解ってはいるが、彼ら四人の見た目からして鉱山との繋がりが感じられない。

 ここが現役の鉱山なら、男達は警備担当者だろうかとも思えるが、どう見ても閉山して数年は経過しているので違うだろう。

「男の仕事場、みたいなトコに若い女子いうのも違和感あるし」

「確かにな」

「男の仕事場なの?」

 同意する虎吉と骸骨に頷き、虹男には『地球ではな』と説明しておく。

 彼らが近付くにつれ、目の良い鈴音にはもう少しはっきりとした姿が確認出来た。


 短い薄紫髪の男が三十代前半、濃い紫髪を後ろで括った男が二十代後半ぐらいか。

 アイボリーのローブでセミロングの銀髪の女が二十歳前後、白いローブで腰まである白髪の女が十代後半に見える。


「あの人達に、あっちには何があるのか聞こうよ」

 虹色玉の気配を感じた方向を指す虹男に、鈴音は唸りながら首を傾げた。

「んー、魚の湖の場所も聞きたいトコやねんけど、どうも……ねぇ?」

「せやな」

 眉根を寄せた鈴音に虎吉と骸骨が頷き返す。

 解らないらしい虹男は不思議そうだ。

「どうしたの?」

「めっちゃ警戒されてるいうか、寧ろ敵視されてるに近い感じ」

「え?なんで?」

「さあ……何でやろなぁ。取り敢えず虹男は手ぇ出さんとってな。出さなアカン状況になったとしても、自分が思うより大分……かなーーーり弱目の力を出すようにして?あ、あと目の色を私と同じにしといて。今更髪の色変えたらおかしいから、今回は腹違いのきょうだい設定で行くわ」

 鈴音の説明と注意に虹男が幾度か頷いた時、10メートル程手前で立ち止まった男達が剣の柄に手を掛ける。

 女達は更に後方、50メートル程手前で立ち止まっていた。

「お前達、ここで何をしている?」

 グループ最年長と思しき薄紫髪の男が、硬い声で誰何する。


 神が通路を繋げた場所にも拘わらず、ここに人が居るのがそんなにおかしい事なのだろうか、それとも自分達の見た目のせいかと鈴音は悩んだ。

 自分はバイト時と同じ系統の服装だし、虹男は白を基調に青があしらわれた三つ揃いだしで、確かに彼らの服装とは随分違っている。

 登山していたらコスプレイヤーに出会ったぐらいの衝撃はあるかもしれないが、それだけならここまであからさまに警戒したりはしないだろう。


「この世界、相当物騒なんかな?人を見たら泥棒と思えレベル?」

 えらい所に来てしまったな、と一瞬嫌な顔をしてから、鈴音は空いている右手を挙げて敵意が無い事を示した。

「あー、すみません。旅の途中なんですが道を間違えまして。ついでやしちょっと見てみよかな思たけど、真っ暗やしやっぱりやめとこ言うてたんです」

 旅の途中にしては荷物が少ないよな、と自分にツッコみつつ、彼らも身軽に見えるしそこは案外問題無いかもしれないと都合良く考える。

 しかし男達には通用しなかったのか、全く警戒が解けない。


「夫婦二人旅か、それは羨ましい」

「いえいえ、腹違いのきょうだいです」

「そうか、失礼した。それで、鉱山には入っていないのだな?」

「ええ。中を覗き込みはしましたけども」

 鈴音の答えを聞いた男達が、目で会話し軽く頷き合ってから二、三歩後退する。

「少しだけ、こちらへ歩いてみてはくれないか」

 特に断る理由も無いので、言われた通り前進した。

「そこでいい、止まってくれ」

 素直に止まる鈴音達へ憐れむような目を向けてから、薄紫髪の男が振り向いて声を張り上げる。

「イキシア様、駄目です取り憑かれています!」

 男の声に反応したのは、白いローブに白い髪の少女だ。

「解りました!直ぐに済ませます!」

 凛とした声を響かせ、イキシアと呼ばれた少女は王笏にも似た身長とほぼ同じ長さの銀色の杖を掲げる。

 少女が何事か呟くと同時に杖の先端に嵌っている透明な石が輝き出し、次いで白く光る魔法陣のようなものが現れた。


 なんと、鈴音の隣に立つ骸骨の頭上に。


「は!?何コレ」

 魔法陣を見上げてポカンとする鈴音達に、薄紫髪の男が声を掛ける。

「大丈夫だ、直ぐに終わるから」

 安心させようとする物言いからして、こちらを害するつもりではないと解るが、問題はそこではない。

「骸骨さんのこと見えてるんや」

 男達と後ろの女達へ鈴音が視線をやると、全員が全員骸骨を見ていた。

「ほんで私らは外して骸骨さんだけ狙ったいう事は……」

 鈴音が骸骨へ視線を戻すと、タイミング良く魔法陣から眩い光が降り注ぐ。


 雨を確認するかのように両掌を上に向けて光を受けた骸骨は、エステにでも行きましたかと問いたくなる程、白い骨をつやつやさせてご機嫌さんになった。


 やはり骸骨を悪霊の類と判断し、澱を消すのと似たような力を使ったようだ。

「ま、ビックリするんは解るけど、いきなり攻撃するんはどうかと思うなぁ」

 口を尖らせる鈴音に、慣れているとばかり骸骨は手を振る。

 何だか申し訳無くなりつつ、四人の方へ目を向けた鈴音はその表情を見て嫌な予感がした。


「なん……そんな……!?」

神人かみびとの力が効かないだと!?」

 濃い紫髪の男が驚愕し、薄紫髪の男は素早く剣を抜く。

 後方の女達はそれぞれ杖を掲げて呪文らしきものを唱え始めた。

「そこの二人!!我々が食い止めるから逃げろ!!」

 薄紫髪の男が叫ぶ。

「逃げる?何からですか?」

 使われた力の性質や人を守ろうとする行動から考えて、彼らはまず間違いなく悪人ではない。

 けれど、それならば余計に、鈴音には納得がいかなかった。


「見えはせんだろうがそこに悪霊が……」

 声を張る薄紫髪の男を遮って鈴音が吠える。

「悪いモン消し去れる力の持ち主が何で解らへんの!?」

 怒りを滲ませる鈴音の迫力に、後方の女達も思わず口を噤んだ。

「その力が効かへんいう事は、相手は悪いモンちゃうんやなて何で思わへんのよ。もし神様に関係する存在やったらどないするん?世界滅ぶで?」

 鈴音の指摘に虹男が遠い目をしながら頬を掻く。

「間違うと色々大変な事になるよねー」

 しみじみと言う虹男に、男達は首を振った。

「間違いようが無い。神人ならば我らの後ろに居られる。お前達は……その悪霊が見えているのか。それならば何故……」

「もしかして悪霊に取り憑かれているのではなく、悪霊を操っている……?」

 男達の表情が険しくなり、もう一人も抜剣する。

 それを見計らったかのように、いつの間にか詠唱を再開していた銀髪の女の声が高らかに響いた。


「……その清らなる心にて我らが剣に祝福を!!」

 女が持つ木製の杖が仄かに光ると、男達の剣もまた淡い光を帯びる。

 薄紫髪の男は軽く手を挙げて礼の代わりとし、再度剣を握り直した。

「悪霊は滅する。あの者達は生かして捕らえる」

「心得た」

 短く会話した男達が戦闘態勢に入る。

 それを見た鈴音が深い深い溜息を吐き、虹男は四人に気の毒そうな顔を向け、虎吉は大欠伸をし骸骨は困った様子で佇んでいた。

 油断禁物とばかり表情を引き締めた男達が足を踏み出そうとした瞬間、鈴音が動く。


「心得んなや、アホか!」


 大声でツッコむと同時に男達の前へと移動した鈴音は、拳ではなく掌で優しくその腹を押した。

 押された順番通り、薄紫、濃い紫、と女達の元へと吹っ飛んで行く。

 銀髪の女が驚いた声を上げ慌てて駆け寄り、男達は呻き声を上げながらどうにか身を起こした。

 その様子を眺めながら鈴音が顔を顰める。

「あーーー!!ぶん殴りたい!!けど悪党ちゃうからアカンねんストレスやわーーー!!」

「凶暴!!やっぱり凶暴!!」

 吠える鈴音と両頬を抑えて叫ぶ虹男を見ながら肩を揺らす骸骨の元へ、銀髪の女が放ったらしいバレーボール大の火球が飛んで来た。

「呪文なしでも攻撃出来るんやん」

 呆れたように言う鈴音の前で、大鎌を取り出した骸骨が火球を刈り取る。

 真っ二つに割れ、息を吹きかけられた蝋燭の火の如く消えた火球に、銀髪の女と男達は目を点にしていた。

 その横で、先程から詠唱を続けていた白髪の女イキシアの呪文が漸く終わったのか、自信に満ち溢れた顔を上げ杖を振る。


「清浄をもたら光矢こうしを以て悪なる闇を貫かん!!……滅びよ悪霊!!」

 杖の先の輝く石が描く軌跡から、数え切れない程の光の矢が現れ分裂し整然と並んだ。


 面になっている矢を眺めながら、鈴音は嫌そうに呟く。

「えげつない。こんなん私らやなかったら死んでまうん違う?アカンやろ」

「せやな。一本一本が物凄い力持っとるな。悪霊に限らず滅ぶで。人に当たったら穴だらけなって、くっっっちゃくちゃなるやろな」

 大きな目で矢を見た虎吉の分析に、鈴音と骸骨が死体の状態を想像して震え上がり、虹男は成る程と頷いて口を開いた。

「当たる?消す?それとも止める?」

 それを聞いた鈴音は、止めるという選択肢がある事に驚く。


「おおー、虹男はやっぱり神様なんやなぁ。止められるんやったら、そっくりそのまま、あの人らの後ろに打ち返されへん?そんくらいせな自分が何したんか解らん思う」

「返すんだね、いいよー。あの人達に当たらないようにか……後ろに落としたら道無くなるけどいいの?あと、うっかり巻き込まれないように動物追い払わなくて大丈夫かな?」

 右手を突き出し、飛んで来た光の矢を空中で静止させながら心配する虹男に、動物の事はともかく道が無くなる事など、以前なら考えもしなかっただろうにと鈴音は嬉しくなった。

「道はあの人らに直して貰お。動物はー……これでどやッ」

 魂の光を全開にし、神力を少し解放して周辺の空気を震わせる。

 慌てた様子で鳥は森から飛び去り、全速力で走り去る獣達の足音が鈴音の耳に届いた。

「オッケー。みんな遠くへ逃げてくれたで」

「よかった。それじゃ、返すねー」


 にっこり笑った虹男が、矢を止めていた右手の手首から先だけを素早く振る。

 すると回れ右した光の矢達が放物線を描きながら、呆然としている四人の背後へと飛んで行った。

 直後、断続的な轟音と共に矢が地面を抉り、緩やかな坂は途切れ、やけにギザギザとした縁の大穴が姿を現す。

 それは、日本の平均的な一戸建て家屋がすっぽりと収まりそうな大きさだった。


「うわー、あんなん人に向けて撃つかね普通。完全に殺す気やん」

 皆に聞こえるようわざわざ大声で言いながら、鈴音は骸骨と虹男を引き連れて四人に近付いて行く。

 腹を押さえたまま立ち上がれずにいる男達も、ただ立ち尽くしている女達も、骸骨でも虹男でもなく鈴音を見て呆然としていた。

「ヘイヘイそこの白い髪のお嬢さーん、私らに何か言う事ないのん?ひとっつも悪い事してへん人をサラッと殺しかけましたけど?」

 勿論あのくらいの攻撃が当たったところで鈴音達は傷一つ負わないが、それはそれこれはこれ。

 チンピラ風の表情を作る鈴音を見ながら、イキシアが小さく幾度も首を振る。

「そんな……そんな、光が……どうして……?」

「え?」

 謝罪ではない上にか細い声で喋られ眉根を寄せる鈴音の前に、銀髪の女が割って入った。


「も、申し訳ございません。私は精霊術師のサントリナ、こちらは次代の神人かみびとイキシア様です。我々は鉱山に悪霊が巣食っていると聞き、討伐に向かう最中だったのです。ですのでそちらの……ローブの方を、その……間違えてしまいまして。神人の力が通じないというのも初めての事で、皆動揺してしまったと申しますか……、と、とにかく、イキシア様も殺意を持っていた訳ではなく……、あの……、本当に申し訳ございません」

 銀髪の女サントリナが頭を下げる。腰からではなく、首から先を深く下げるのがこの世界の流儀らしい。

「事情は解ったけど、動揺したからいうて地面に大穴作るようなもん人に向けてブッ放すってヤバない?神人ってたぶん神様の関係者の事やんね?この後先考えへん子が?ホンマに?」

 疑わしそうな鈴音の視線に、キッと怒りの表情を見せたイキシアが噛み付く。


「無礼な!私以外に誰が神人になれると言うんですか!!」

「いや知らんがな。仲間かお付きか分からんけど他人に謝らしといて、自分はひとっっっことも謝らんような子に無礼言われる筋合い無いしな。解ってんの?人、殺しかけたんよ?狙われたんが私らやなかったら、今頃あっこ(あそこ)にグッチャグチャなった人のミンチが出来ててもおかしなかったんよ?そこまで考えた?」

 少しだけ背の低いイキシアに目線を合わせ、真っ直ぐ見つめて問い詰める鈴音に、男達がどうにか立ち上がって間に入ろうとする。

「ま、まあまあ……」

「あの……」

「やかましい。アンタらには聞いてない。この子に聞いてんねん」

 ピシャリと言われて男達はスゴスゴと引き下がった。

「神様に、間違うた事しても謝るなとでも言われてんの?」

 呆れたように言う鈴音を睨み付けたイキシアだが、悔しそうに顔を顰め目を逸らす。

「……ごめんなさい」

 蚊の鳴くような声での謝罪だったが、謝罪である事に違いはないし、自分は彼女の身内でも教育係でもないし、これ以上追い詰める必要もなかろうと鈴音は黙って頷いた。


「よっしゃ、解ってくれたみたいやし行こか。この大穴どうするんかはそっちに任せますー。ほな」

 埋めるのを手伝ってくれなどと言われる前に、相手が動揺している隙を突いてトンズラしよう大作戦である。

 軽々と大穴を跳び越える鈴音と、穴の上を飛行する虹男と骸骨。

 ポカンと見送りかけた神人一行だが、いち早く我に返ったサントリナが声を掛けた。

「お、お待ち下さい!」

 その声で男達も我に返り、イキシアはどこか恐怖が混じった辛そうな顔でサントリナを見ている。

「貴方様はどういった御身分のお方ですか?骸骨や神人の矢を止める力を持った方をお付きにしているなど、とても只者とは思えません。それに何より、その光。神人でもそんな光は纏いません」

 必死に言葉を紡ぐサントリナを無視も出来ず、鈴音は渋々振り向いた。

「あのー、そもそもから間違うてますよ?偉いのはこっち。お付きは私。骸骨さんは私の友達」

「……え?」

 鈴音に手で示され虹男は胸を張り、骸骨は軽く頭を下げる。

 何を言われたのか解らない様子で、神人一行は瞬きを繰り返した。

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