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第八十四話 万能薬ゲットだぜ

 手に持ったビニール袋が邪魔だったので、通路を開けて貰った鈴音は一旦自室へと向かう。

 直ぐに戻り、腕の中に収まった虎吉から事情を聞いた。

「次にあの玉の回収に行く予定の世界にな、猫神さんのお気に入りの魚がおるんや」

「魚」

「おう。ナントカ言う川の途中にある湖におるらしいねんけど、もしアイツがまた干上がらしてしもたらやな、絶滅しよるかもしらんやろ?」

「ほぅほぅ。つまり、虹男の暴走を止めつつ虹色玉を回収させて、ついでに魚を獲ってらっしゃい、て事で合うてる?」

 先回りして話を纏めた鈴音の腹に、いつの間にか近くに来ていた白猫のご機嫌な頭突きが決まる。

「ごふッ!ど、どうやら正解ですね?あ、黒猫様はお元気でしたよ。うちのかみさん可愛いって惚気られました、ごちそうさまです」

 それを聞いた白猫は更に機嫌を良くして、喉を鳴らしながら鈴音の腹に頭をぐりぐりと擦り付けた。

「ぶふふふこしょばい(擽ったい)です猫神様」

 神々は、じゃれ合う鈴音と白猫を羨ましそうに見ている。


「くぁーええのぅ羨ましいのぅ代わってくれんかのぅ」

「ん?」

 近くからした声の方へ顔を向けるとそこに居たのは、つるりとした頭に白髭白ローブと杖の神。

「あ、ザ・神様」

 オヤツのゴミを取りに来た時に軽く会話したな、と思い出した鈴音の一言に白髭の神は首を傾げる。

「ザ、ってなんじゃ?」

「強調する時に使います。私の住んでる国やと、神様て言われたら立派な白髭に白い服着て杖持ったおじいちゃんが連想され易いんで、いかにも神様やなぁ思て」

「そうかそうか、それは悪い気はせんのぅ」

 納得した様子の白髭の神は、好々爺という表現がぴったりな笑みを浮かべ、ローブの袖から革で出来た巾着袋を取り出した。

「路銀じゃ。好きに使うて良いでの」

 そう言いながら鈴音へ手渡そうとする姿は、孫に小遣いをやる祖父にしか見えない。


「えーと?これから行く世界はお髭の神様の世界で、虹男のおり代も入ってるよ、いう解釈で合うてますか?」

 見た目よりもずっしりと重い巾着袋を受け取り、鈴音が確認する。

「うんうん、それで合うておる。冒険の様子は楽しみたいが、世界を壊されてはたまらんのでのぅ。猫ちゃんの魚を獲る道具なり人なりも必要になるじゃろ?ワシは供えられた物を持って来とるだけで、どうやって獲っとるかまでは知らんでの」

「そうなんですね。地元の漁師さんに聞くのが早いかな。聞くいうたら、お髭の神様の世界も、虹男の世界と同じで全世界共通言語ですか?神様の御招待で行ったら関係ないとはいえ、気になって」

 ボディバッグに巾着袋を仕舞いつつ尋ねると、白髭の神はきょとんとした。

「言葉が共通でなければ、困るじゃろ?」

「ええ、そうなんですけど。私の住む世界ではなんと、国によって言語がバラバラです。おまけに同じ言語でも訛りや方言があって、それがあまりにきついと理解不能になります。虹男の世界にも訛りや方言はあるみたいでしたけど、それこそ島国でもない限りあんまり個性的なんは無いんかな?」

 鈴音の話を聞いて驚いたのは白髭の神だけではない。その場に居たほぼ全ての神が目を丸くしている。


「バラバラだって、何の為に?」

「効率悪っ」

「理解不能では争いも起きよう」

「変わった神も居たもんだ」


「言葉が通じなければ会話にならないじゃないか。どうするんだい?」

 唖然としながらのシオンへ、骸骨と顔を見合わせて鈴音は笑う。

「一応、これが喋れたら大体いける、いう共通語的なものはあるんで、偉い人達はそれ使て世界動かしてますね。ま、私みたいに喋られへん人は、身体動かしたり絵に描いたりして用件伝えようと頑張ります。自分指して地図指したら、ココへ行きたいんやなてかなりの確率で通じますよ」

 外国人が多い街に暮らす鈴音はそれをする方では無くされる方だし、今はスマートフォンの翻訳機能も大活躍だが、説明が面倒なので黙っておいた。

「何というか……不思議な世界に暮らしているんだねえ鈴音は」

「あはは、自分でも思います。言葉通じひん上に文化もまるで違う国とか、それこそ異世界ですもん」

 シオンにしみじみと言われ、改めて面白い世界に生きているんだなと鈴音自身も実感する。


「さて、聞いとかなアカン事はもう聞いたかな?何かあったら一旦戻ってったらええか」

 持ち物などを今一度確認するように指を折り、鈴音は虎吉を見た。

「おう。玉の在りは虹男が解るし、魚が居る湖は向こうのもんに聞いたらええやろ」

 虎吉の同意を得た鈴音が虹男へ視線をやると、何やら出入口を見ながらそわそわしている。

「そうか、サファイア様が居てはらへんわ。シオン様、サファイア様はどちらに?」

「ああ、お茶菓子を補充しに戻ったんだよ。そろそろ……ほら、帰ってきた」

 シオンの言う通り、出入口からクッキーの入った籠を手にサファイアが現れた。

 嬉しそうな虹男へ顔を向けると同時に鈴音を視界に収めたようで、サファイアは申し訳無さそうな笑みを浮かべる。


「ごめんなさいね鈴音、夫が少しやり過ぎてしまったみたいで。やっぱりあなたみたいな人に助言を貰わないと、人界では身動きが取れないわ」

「あー……はは、そうみたいですねー」

 営業用スマイルを貼り付け応える鈴音だが内心では、山を吹っ飛ばす勢いのどの辺りが“少し”なのかと全力でツッコんでいる。

「きちんとしたお礼は後でするから、何が良いか考えておいてね?それで、猫の神の大切な鈴音をお借りするのに何かあってはいけないと思って、これを用意してみたの。大丈夫だとは思うけれど、あなたも一応は人なのだから、万が一に備えて持っておいて?」

 一応ではなく思い切り確実に完全に人ですが、と再び心でツッコミを入れながら、サファイアが差し出した瓶を受け取った。


「ありがとうございます。サファイア様、これは?」

 100mlぐらいの液体が入った透明な小瓶だ。

 ただこの液体、微細な金属粉でも溶かし込んだかのように、キラキラと光っている。

「万能薬よ。鈴音は強いから人を相手にして怪我をする事はないでしょうけど、ね、ほら、ね」

 チラチラと夫を見て困った笑みを浮かべるサファイアに、そういう事かと頷きかけ慌てて首を振った。

「いやいや、虹男の攻撃なんかに巻き込まれたら万能薬の出番来る前に鬼さんかツシコさんが迎えに来てまいますやん!いや異世界まで出張はせんか。何にせよそこは全力で阻止しますよ、ええ、殴ってでも止めますけど怒らんとって下さいね」

「そないなったら猫神さんが即降臨や。世界が壊れても知らん。虹男がもっかい飛び散っても知らん。せやから安心してええで」

 さらりと告げる虎吉と白猫の愛は嬉しいが、世界を壊す訳にはいかない。

「うん、ありがとう、とにかく自分の身だけは守るて心に決めたわ。骸骨さんもやで、アカン思たら遠慮せんと大鎌でゴンやで」

 虹男を示しながら真顔で言う鈴音に、こちらも真剣な空気を纏いながら大きく頷く骸骨。

 サファイアはホッとしたように微笑み、虹男は両腕で自らを抱き震え上がった。


「準備が整ったみたいだね?サファイアちゃん帰って来たし、虹男もいいね?」

 様子を見守っていたシオンが手を叩き、それぞれに確認する。

「僕だけで良くない?鈴音も骸骨も忙しいよきっと」

「あ、ホンマや。当たり前みたいに骸骨さんと一緒に行く気やったけど、よかったんかな。疲れてへん?」

 殴られたくない虹男が発した一言ではたと気付き、鈴音は骸骨を見た。

 すかさず石板を取り出した骸骨はせっせと絵を描き、鈴音に見せる。

「仕事でヘロヘロからの、猫まみれで復活からの、異世界でバカンス。成る程、気分転換になるからええよって事か。よかったー」

 ニコニコと頷き合うふたりを見ながら、シオンが虹男の肩を叩いた。


「鈴音も骸骨も一緒に行ってくれるってさ」

「わーうれしいなー」

 シオンの手を払い除け、遠い目をした虹男が笑う。

 やれやれ、と肩を上げたシオンは白髭の神に頷いた。

「よぅし、それじゃあ通路を開こうかのぅ」

 白髭の神が手にした杖を振ると、鈴音のそばに入口が出来る。

 向こうに見える景色はどうやら薄暗い洞窟のようだ。

「おー、まだどんな世界かは分からん訳ですね。焦らしますねぇ。……ほな猫神様、ちょっと行ってきます。お魚楽しみにしとって下さい」

 空いている右手で白猫の頭を存分に撫で、虎吉と骸骨と視線を合わせてから虹男を見ると、サファイアの手を握って何やらゴネていた。


「別に僕だけで大丈夫なんだよ?でも誰かと一緒に行かなきゃなんないならキミとがいいなあ。鈴音は面白いけど、殴られたらまた死んじゃう気がするんだよね」

「殴られるような事をせんかったらええだけやで」

「ぎゃー!!」

 真後ろからした声に虹男は飛び上がり、サファイアは口元を隠して楽しげに笑う。

「ほなサファイア様、行ってきます。ちゃんと大冒険の様子見といたげて下さいね」

「ええ、お願いね。ちゃんと見ておくわ。いってらっしゃい」

 笑顔のサファイアや他の神々にお辞儀をして、鈴音は通路へ向かう。

「すまんのぅ、頼んだぞ」

 背後から聞こえた声に振り向いて頷き、鈴音一行は異世界へと消えて行った。


「うまい事行くかのぅ……直ぐに出会える場所に繋げてはおいたんじゃが」

 不安そうに呟く白髭の神に、白猫は胸を張って座り目を細める。

「ふむ、あの子に任せておけ、という事かの?……そうじゃな、今更ジタバタしても仕方無い、成り行きを見守るとするかのぅ」

 頷いた白髭の神は、空中に自身の世界の様子を映し出した。



 さて洞窟へ出た鈴音一行は、背後が行き止まりだったのでそのまま前へと進んでいる。

 いくつかある横道は、鈴音よりも正確に空気の流れを感じ取れる虎吉の判断に任せ、正解の道を選んでいた。

「鉱山か何かかな?音が全然せぇへんから、廃坑?」

「そうやろなぁ。落盤事故でも起きたんかもしらんなぁ」

「事故?だからさっきからこうなの?」

 鈴音と虎吉が何とも言えない表情で頷き、虹男は周囲を見回す。

 骸骨は大鎌を出すべきか悩んでいるようだ。


 実は先程から一行は囲まれている。

 所謂、幽霊というものに。


「虹男にぶつかって消えた奴が出てからしっかり距離保ってるし、ひょっとして悪霊なんかなぁ。消してええんやろか。でももし、ここで何かを守る役目がある、とかやったら消したらマズイやんね」

 悩む鈴音に、虎吉と骸骨が揃って首を振った。

「死んだもんに何かを守らせるとか、碌でもない奴のする事やで。消しても問題無いやろ。問題あるんやったら神さんがなんぞ言うて来る筈や」

 虎吉の意見に骸骨も頷き、耳元に片手を当てて声を聞く仕草をする。

 鈴音と虹男も真似をするが、白髭の神が何かを言ってくる気配は無い。


「そっか。ほんなら遠慮なく」

 言うが早いか幽霊の群れに飛び込んだ鈴音は、魂の光を第一段階の強さで灯した。

 避ける事も出来ず光に触れた幽霊達が出す『アー』とか『オォー』とかいう不気味な声と共に、彼らに巣食っていたらしい黒い靄のような物が額から抜けて消え去る。

 どこか安堵したような表情を見せてから、幽霊達は光の粒になって消えた。

 それを見た骸骨は大鎌は出さず青白い光を纏い、幽霊達へ突っ込んで行く。

 虹男も交じって追い込み漁宜しく幽霊達を一か所に集め、鈴音の第二段階の光で一網打尽にした。


「ふぅ。これで全部なんかな?」

 光を消した鈴音に虎吉が頷く。

「そうや思うで。もし隠れとる奴がおっても放っといてええやろ。これが目的ちゃうねんし」

「そうだよ、僕の一部を探しに来たんだから。まずはここを出ようよ」

 虹男がビシッと指差した方向を見て、首を振る虎吉。

「そっちは行き止まりや。右へ曲がるで」

「イエッサー!」

 大袈裟に敬礼する鈴音とそれを真似した骸骨が、仲良く右へ曲がって行く。

「……ちょ、何でおいてくんだよう。みんな僕のお供でしょー?待ってってばー」

 慌てて追い掛ける虹男の声が、すっかり静かになった坑道に響き渡った。



 幽霊を浄化してから体感で30分程掛かって、漸く外に出る。

 一度も道を間違えずに進んでこの調子なので、虎吉のような能力や地図が無いままこの坑道へ入るのは危険だろう。

 うっかり迷ったりしたら、あの幽霊達の仲間入りを果たす羽目になるかもしれない。

 そう思いつつ鈴音は周囲を見回した。

 緑が茂り始めてはいるが、明らかに人の手で整備された鉱山の入口だ。

 緩やかな下りの道も作られており、掘り出した物を運搬していた事がよく分かる。


「何が出る鉱山やったんかなぁ。いや、今はそれどころちゃうわ。虹男、虹色玉の居場所分かったん?」

 鈴音に問い掛けられた虹男は、頷きつつも首を傾げた。

「なんかねぇ、じっとしてないみたい。遠くには行かないけど、ウロウロはするって感じかな?方向はあっち」

「えぇー……?人が拾てしもたんやろか」

 説明を聞いて眉根を寄せる鈴音だが、ここで悩んでいても埒が明かないので、虹男が示した方向へ跳ぶか走るかしようと決める。

 それを皆に伝えようと視線を移すと、鉱山入口へ続く緩やかな道を登って来る人々の姿が目に映った。

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