第八十六話 ほらやっぱりついて来る
サントリナが黙ってしまったので、これ幸いと鈴音は再びその場から立ち去ろうとする。
「鉱山の中、まだ幽霊残ってるかもしらんし、頑張って下さい。ほな」
軽く右手を挙げて背を向ける鈴音に、ハッと目を見開いたサントリナと男達が慌てて動きかけるが、大穴が邪魔をしてうまく行かない。
「私が埋めますからあなた達で引き止めて下さい!」
杖を構えたサントリナに促され、薄紫髪の男が大きく頷く。
「心得た!お待ち下さい、あの、あー……あれ?名前……えー、私は神人付きの剣士タイマス!こっちは相棒のアジュガ!貴方様のお名前をお教え願えませんか!」
中々にグダグダな呼び掛けを耳にした鈴音は、さっきまでの威勢は何処へやった、と笑いを堪える事が出来なかった。
「名乗る程の者ではありません、て言いたいけど、先に名乗られたのにそれは失礼やんね。私は鈴音といいます。ほんで、虹男と骸骨さんと猫の虎吉」
「おお!鈴音様に虹男様に骸骨様。それと愛玩動物ですか。初めて見る動物ですが可愛らしいですね」
会話を繋ごうと必死なタイマスを横目で見た虎吉が、つまらなそうに呟く。
「ペットちゃうっちゅうねん」
その瞬間、神人一行のうち三人の視線が虎吉に集中した。
大穴を埋める作業中のサントリナは気付かなかったらしく、僅かな沈黙の間彼女の詠唱だけが辺りに響く。
「喋っ……た……?」
先程から驚いてばかりなので流石に慣れてきたのか、タイマスの復帰は早かった。
濃い紫髪の男アジュガとイキシアへ視線を向けて、ぎこちなく頷く二人を確認している。
「お?解るみたいやぞアイツら」
虎吉が瞳孔を少し広げながら三人を見やった。
「ホンマやね。綱木さんや虹男の世界の神官さん達と同じなんかな」
頷いた鈴音が見守る中、タイマスが緊張気味に口を開く。
「そちらの、虎吉……殿とはいつから共にあられるのですか?何処で出会ったのか等もお聞かせいただきたいのですが」
「ん?喋る動物が珍しくて驚いてるだけとはちゃう反応やな。えーと、虎ちゃんとは地元の島で出会いましたよ。私らはとある島国の出身なんで。いつ会うたかはハッキリしませんね。気付いたら居ったし最初っから喋っとったし」
鈴音としては殆ど嘘はついていないので、それをどう取るかは相手次第だ。
「島国で気付いたら一緒に。何かこう、神からのお告げのようなものは……?」
真剣な表情で尋ねるタイマスの後ろで、イキシアが顔を強張らせているのが見えるが、鈴音は特に気にせず答える。
「お告げは無いですね」
依頼はされたけど、と心の中で続けた。
するとあからさまにイキシアがホッとしている。
丁度その時サントリナの詠唱が終わった。
「……果てなき大地の御子らよその偉大なる力我が前に示し給え」
杖が仄かに光ると大穴の底が盛り上がり、飛び散っていた土砂や砂利が元あった場所へと戻って行く。
掘り返したような跡は勿論残っているが、大穴は綺麗サッパリ塞がれた。
その驚きの技に鈴音は尊敬の眼差しでサントリナを見る。
「すごい!!すごいですね!魔法ですか?」
「マホウ?ええと、精霊術です。土の精霊にお願いしました」
キラキラした目で見られて、サントリナは照れながら答えた。
「へぇー、精霊術!よう解らんけど、こんなん出来たら災害の時とかめっちゃ頼りになりますやん。国どころか街の区画ごとに一人欲しい人材やわ。ええなー」
羨ましがる鈴音に褒め倒されて照れまくりのサントリナだが、隣へ来たタイマスからここまでの流れを説明されて驚く。
「喋る獣!?それは初めて聞きました。神獣は神人同様の力を操りますが、喋りはしないのです」
神獣という単語にまたイキシアの表情が曇った。
「けれど、いつの間にか出会っていたというのは、歴代の神人と同じ……やはり何か関係が……」
難しい顔になったサントリナの呟きが聞こえたようで、苛立った様子のイキシアが杖で地面を叩く。
「神に選ばれた訳じゃないなら関係無いですよね!?私はこんな所でグズグズしていられないの!早く行きましょう!」
鉱山を指しながら言うイキシアに、男達は困った顔になり、サントリナはゆっくりと首を振った。
「先程鈴音様は、まだ幽霊が残っているかもしれない、と仰いました。つまり中を御覧になった上で浄化なさったと考えるのが妥当です」
「浄化が出来るのは神人だけですよ?あの人に出来るわけないでしょう?どうしてしまったんですかサントリナ」
真顔のサントリナと引き攣った笑みのイキシアが揃って自分を見たので、素早く横を向いた鈴音は口笛を吹いて誤魔化す。どこかの黄泉醜女の真似らしい。
「うわ誤魔化すん下手くそやなー、しかもいつの時代の誤魔化し方やねん」
目を真ん丸にしている虎吉のツッコミに、『虎ちゃんには言われたくないよね』と遠い目をする鈴音。
その反応を見ていたサントリナは頷き、イキシアは愕然とした。
「やはり浄化して下さったのですね。ではもう鉱山へ入る必要はありません」
「え?いや、あれで全部やったかは分かりませんよ?ウジャウジャ寄って来た分を消しただけやし」
言い切るサントリナに慌てて声を掛け、はたと気付いた鈴音は頭を抱える。
「語るに落ちる……!やってもうたぁ悔しいぃ」
せっかく誤魔化したのに、と悔しがる鈴音の背を叩いて慰めながら、骸骨は肩を揺らした。流れるようなしくじりっぷりが面白かったらしい。
「全てを浄化せずとも、数が減っていれば問題無いのです。囲まれさえしなければ封印出来ますから。お力添え、感謝致します」
微笑んで頭を下げてから、サントリナは表情を引き締めて男達とイキシアを見た。
「その身に光を纏い、喋る獣を連れ、悪しき者の浄化が出来る。これは最早、次代の神人に相応しい人物がもう一人現れたと見て間違いありません。神殿まで同行していただきましょう」
厳しい顔で頷く男達と、信じられないという表情で小さく首を振るイキシア。
何やらとんでもない勘違いをさせてしまったようだ、と理解した鈴音だが、それを打ち消す方法が咄嗟に出て来ない。
実際、光を纏っているし虎吉は喋るし悪霊は消し去れるのだから、あなた達が思うような何かではないと言った所で信じては貰えないだろう。
「えーとえーと、逃げるか?いや相手は神の使い的な何かの一行やし行く先々に変な御触れ出すくらいの事は出来るかもしらん。そうなるとややこしい。街に近付かんかったらええか?いや虹色玉がどこにあるかハッキリせんのにそら無理や」
びっくりする程の早口で呟く鈴音を見ながら、虎吉が大欠伸をする。
「あいつらに付き合うたったら納得するんちゃうか?あれ、思てたんと違う、て」
「それが嫌やから困ってんねーん。あんな無茶苦茶やるお嬢ちゃんと行動してみ?絶対なんぞ揉め事起こすって。お付きの人らも悪い人やないんやろけど、そういう面では頼んない感じやし。あんな威力の攻撃の後で、殺意は無かった言うてみたり宥めようとしてみたり、どっかズレてるやん。浮世離れしたおもろい人は虹男の世界の人らで足りてるからもうええねん」
「まあ、確かにそうやな」
猫の耳専用内緒話を交わしている間に、向こうは話が纏まったのかサントリナがこちらへ近付いて来た。
「あー、逃げる方法逃げる方法。早よ魚ゲットして猫神様に届けたいねん邪魔すなー」
念仏のように呟く鈴音の横から不意に、虹男の能天気な声が響く。
「そういえばさー、魚が居る湖知らない?神様に供えたりする魚がとれる湖。あと、あっちって何があるの?」
「嘘ぉん」
虹色玉の気配を感じた方向を指しながらニコニコ笑う虹男と、まさかの事態に愕然の鈴音。
これで行き先はバレてしまったので、同行する振りをして行方をくらますという方法も取れなくなった。
どんよりとした空気を漂わせる鈴音に首を傾げつつ、虹男へ顔を向けたサントリナは笑顔で答える。
「神に捧げる魚が獲れるのは、鏡の湖ですね。あなたが指した方向にあります」
「そうなんだ!ありがとー。あっち行けば全部終わるみたいだよ。早く行こう」
急かす虹男に鈴音は半笑いで頷いた。
「せやね、行こ行こ」
「え!?お待ち下さい!鈴音様は我々と共に神殿までご同行願えませんか!?」
慌てるサントリナに首を振り、何やら諦めたような表情の鈴音が虹男を手で示す。
「私このお方のお目付け役でもあるんで、無理ですねー」
「そんな!……いえ、無理強いはいけませんね。我々もそちらへ向かいます。ですので、御用を済まされましたら、どうか我らと共に」
ほらやっぱりついて来る、という鈴音の表情には気付かず、あっさりと虹男は頷いた。
「いいよー」
「うん、そない言う思てた」
ただ、虹色玉を回収し魚を手に入れた後なら神界へ戻ってしまえば良いので、神殿云々は回避出来るだろう。
問題は湖までの道中だ。
悪霊が認知されているような世界である。何が出てもおかしくはない。
その際彼らはどうするのだろうか。
「旅人が行き交う道とかであのレベルの攻撃ブッ放されたら……巻き込まれた他人の振りしてトンズラやな」
よし、と頷く鈴音を、楽しげに肩を揺らしながら骸骨が見ている。
罪無き人々を見捨てて逃げるなんて出来ない癖に、とでも言っているかのように。
山を下り、見えない人からは六名、見える人からは七名で認識されるだろう大所帯で街道を進みながら、鈴音達は神人一行の目的を聞き出していた。
聞き出す、という言い方になるのは、サントリナが話し始めると『それを話す必要あります?』『その話はしなくてもいいんじゃないですか?』とイキシアが遮ってくれるからである。
鉱山での一件と、予定に無かった湖への同行が余程気に食わないらしい。
テンポの良い会話を好む鈴音にとって、これはかなり苛々する状況だ。
それでもどうにか我慢しながら聞き続けた所に依ると、神人というのは神の代理人のようなもので、彼女らの最終目的地は神殿。
そこへ向かう道中、出来る限り人々を助けなければならぬとの事。
何でも現在の神人がこの儀式をこなした際に人助け歴代最高記録を叩き出しているそうで、貧相な記録で神殿へ辿り着く訳にはいかないとイキシアが燃えているらしい。
「あー、成る程ね。骸骨さんを簡単に浄化されへん強力な悪霊やと思い込んで、やっつけて点数稼ぎする為にブッ放したんかー。横に人が二人もおったのにねー」
満面の笑みと共に嫌味をかまし、話の腰を折りまくられたお返しをしておく。
ムッとしたイキシアだが、負けずに澄ました笑顔で応じる。
「人かどうか怪しいですよね。タイマスとアジュガが吹き飛ばされたり、光の矢を止めたり、精霊術を使った様子はなかったのに」
「あらー、人やなかったら何なんやろかー?」
「さあ?何なんでしょうね?」
ふふふふふ、と冷たい笑みを交わす二人に、男達は目が合わぬよう遠くを見ていた。
「まあまあお二人とも。とにかく今は鏡の湖を目指しましょう。途中に大きな街もありますから、きっと困っている人も沢山居ますよ」
笑顔で言うサントリナを見やり、やはりどこかずれているな、と鈴音は半眼になる。
困っている人など少ない方が良いに決まっているではないか。
そもそも人助け歴代最高記録も、どの規模の事を何件片付けたのか、きちんと把握しているのだろうか。
「お婆さんの手荷物を運んであげた、とかまでカウントしてへんやろな」
小学生の絵日記レベルだったらどうしよう、と嫌そうな顔をした鈴音の目が、遥か前方から血相変えて走って来る人の姿を捉えた。
「んー?サントリナさん、さっそく困ってる人が現れたみたいですよ?」
「え?」
鈴音に言われて神人一行が前方へ目を凝らす。
何事か叫びながらこちらへ向かって来るのは、籠を背負った男、いや少年だ。
十代前半、日本で言えば中学校に上がったぐらいの年頃に見える。
「……けて、助けて!」
少年の必死な叫びにイキシアが前へ出た。
「どうしました!?」
イキシアの呼び掛けに、彼女の目の前までやって来た少年は荒い息のまま訴える。
「一つ眼の、巨人が、出たんだ!村、が、襲われる!」
「一つ眼の巨人!?」
驚くイキシアに少年は頷いた。
「村は、丸太の柵で、囲われてるけど、たぶん、壊される。だから、そうなる前に、助けて欲し……助けて下さい!」
「解りました。直ぐに向かいましょう、案内を!」
踵を返して走り出す少年を先頭にして、全員で村へと向かう。
その間鈴音は『巨人てどのぐらいのサイズから巨人なんかな?』と街道沿いの木などを見ながら考えていた。
「うわあ。確かにデっカいなぁ」
走る事数分で見えて来たのは、二階建て家屋程の身長がある化け物の姿。
灰色の体に筋骨隆々の手足、頭からは昆布のような物が髪の毛のように生えている。
顔の真ん中に黒い半球が出っ張っており、これが一つ眼の由来だろう。鼻は無く、半球の下が直ぐ口だ。
そんな化け物が三体、村を囲う丸太で出来た高い柵へ手を伸ばしていた。




