第四十七話 大悪党その1確保
ジェロディ達と別れた事で動きの制限が無くなった鈴音は、虎吉を抱えたままさっそく石造りの塀に飛び乗り、通りを逃げ惑う人々の頭上を飛び越えて議事堂の敷地に降りる。
着地点から少し移動し、大神殿と議事堂とを繋ぐ地下通路が真っ直ぐ続いていたならこの辺りに出る筈だ、という位置に立ってみた。
「うん、壁や。隠し扉とかちゃうな。地面も普通やし。やっぱりあっちと一緒で、中に出入口があるんかな」
「部屋ん中の方が、外より怪しまれへんかもしらんな。こんなトコでコソコソしとったら捕まるやろし」
「そっか、確かに日本の国会議事堂もめっちゃ警備厳しいわ」
今は突如現れた巨大な竜のせいで、敷地の外れに見回りの兵は来ないようだが、普段は当然違うだろう。
「んー、ほな中に出入口があるとして、ここに逃げ込んで、まさか正面玄関から出てったりせんやんね?」
「ぶふッ。そら、どっから湧いて出たんや大神官達、てなるわな」
「そしたらー……国家元首が逃げる用の裏口とかあるんかな?クーデターが起きた時とかに備えて」
言いながら壁伝いに建物の裏手へ回る。
正面以外全て確認してみても、業者用の通用口らしきものを発見しただけで、他に出入口は見当たらなかった。
「こんなでっかい建物に裏口ひとつ?セキュリティ上の問題?クーデターは想定してへんのかな。いや、軍隊持っとってそれは無いやんなぁ」
「それこそ地下通路ちゃうんか?こっちの避難用地下通路が先にあって、それを真似して大神殿とココ繋ぐ通路を新しく拵えたとかどうや」
見上げて来る虎吉の可愛らしい顔に目尻を下げながら、鈴音は大きく大きく頷いた。
「きっとそれやわ、虎ちゃん冴えとるなぁー」
顎を擦る手の心地良さに目を細めた虎吉だったが、直ぐに我に返って鈴音を見る。
「そうと判ったら早よ出入口探さなマズイで」
「せやね、お宝置いて逃げたぐらいやし、もう結構遠くまで行かれたやろか。同じ大悪党の国家元首も一緒におってくれたら楽やねんけどなぁ」
「軍の指揮せなアカンからそれは無理やろ」
「そうや、王国に戦争も仕掛けとるんやった。まだ大丈夫やろけど心配やな。……ん?ほな、元首の方は作戦本部みたいなとこから動かれへんねんな?ほぅほぅ、大悪党その1を捕まえたら、大悪党その2もゲットしに行こ」
まるでゲームか何かのような事を言いつつ、悪い笑みを浮かべた鈴音は通用口から議事堂内へ入った。
入ってすぐ目についたのは警備員の詰所らしき部屋だが、人の姿は見えない。
そのまま廊下を進み、倉庫や資料室などを確認するも異常無し。
「地下への入口やねんから1階にあるやんなー……また隠し扉かな?それやといちいち壁叩かな判らへんやん」
面倒臭い、と表情に出しながら遠慮なく扉を開けて中を確認する鈴音へ、小首を傾げた虎吉が不思議そうな顔を向ける。
「何で耳使わんのや?音聞け音。空気の流れがおかしかったら、他に穴が空いとる証拠やないか」
猫好きを虜にする二つの三角を細かく動かし手本を見せる虎吉を見て、鈴音は目が点だ。
「ホンマや。何で気付かんかったんやろ。アドバイスありがとう虎ちゃん」
笑顔で虎吉を撫でた鈴音は、以降の部屋では扉を開けるなり耳を澄ました。
誰とも出くわす事無く大小二つ程の部屋を確認し、二階へ続く階段の横を通って次の扉を開いた鈴音は、何かに気付いた様子で立ち止まる。
「虎ちゃんここ……」
「おう。そっちの、階段があった方の壁や。花瓶がある台のそばやな。そこがおかしいで」
大きな耳で音を集め、髭も前に出して微かな振動を探った虎吉が、空気の漏れ出ている位置を的確に指示した。
言われた通りの場所に立てば、鈴音にもその音がハッキリと聞こえる。
「足元に空気流れとるよね。て事はー……、壁の下側に何か仕掛けがあるんかな?」
しゃがみ込んだ鈴音が手で探ると、壁の下側に指が入った。
横に動かせそうな継ぎ目等は無いので、取り敢えず引っ張ってみる。
すると、微かに動く気配はあるのだが、何かがつかえて引き出す事は出来なかった。
「あー、そっかそっか。向こうから鍵掛けとるんやね。あっちの隠し扉もそうやったもんね。もしかしたらこっちから来るかも、て思たんかなー?」
うふふふ、と顔を見合わせ笑い合う鈴音と虎吉。
「やってまえ鈴音」
「イエッサー!」
ビシ、と敬礼してから鈴音が壁を強めにノックする。
憐れな可動壁は音を立ててバラバラに砕けた。
壁の向こうに現れたのは、階段下を利用した空間。
床下収納のような形をした地下への入り口が二つ、部屋の端と端にあった。
「位置的に左が大神殿、右がどっか別の場所に通じてるんかな。……ああ、右から足音がするわ」
左右を確認しながら耳を澄ました鈴音は頷き、もう開けようと試みる事も無く蓋のような扉を蹴り抜いた。
「今の音、聞こえたかな」
「従えとる奴らは気付いたかもしらんな。それにしてもトロ臭いやっちゃなぁ。あんだけ時間あって、まだモグラの真似しとるんか」
「大悪党は運動しとる人の体型やなかったからね。ひぃひぃふぅふぅ言いながら逃げよるんちゃう?」
「一緒に逃げとるモンからしたら、たまったもんやないやろな」
呆れた様子で会話しながら穴へ飛び降り、大人二人が立ったまま並べる広さの地下通路を走る。
100メートル程進んだ所で、あっさりと目的の人物に追い付いてしまった。
鈴音の接近に気付いていた護衛二人が、通路一杯に並んで立ち塞がっている。
「き、キサマ、何者だ、私に、何の恨みが、この悪党め」
剣を構える護衛達の後ろで、荒い呼吸を整えながら大神官が鈴音を罵った。
「えぇー?いややわぁ、悪党はそちらでしょうー?気を許した振りして私を泳がしてぇ、何者なんか誰に賄賂の事聞いたんか、全部調べた上で利用出来るか考えるつもりやったクセにぃ。勿論、利用価値無しと判断したら、魔剣の材料にするつもりでしたよねぇ?」
ニタァ、と物凄く悪い笑みを浮かべる鈴音に、護衛達の額から汗が噴き出し頬を伝う。
人としては相当強い部類に入る護衛二人には、魂の光も神力も出していない状態の鈴音からでも、どこか異質なものが感じ取れたらしい。
斬り掛かろうにも何処から攻めるべきなのかが見えない、そんな目をしている。
「ふー、悪女ごっこ疲れるわ。ほんで、どないするんよ大悪党。まだ逃げるん?」
「当たり前だ!お前達、さっさと斬れ!ただし神獣は無傷で捕らえろ!」
女が一人で追って来たという異様さにすら気付けない程、大神官は疲れているようだ。
一歩踏み出そうとした鈴音の腕の中で、虎吉が尻尾を大きく振る。
「ふむ。俺は鈴音のオマケか何かやと思われとるわけやな?そうかそうか。よっしゃ、退屈しのぎに遊んだろ」
喚く大神官の言葉にカチンときたらしい虎吉が、鈴音の腕から飛び降りてトコトコと護衛達に近付いて行った。
「うわ可愛ッ!改めて猫のおケツ可愛いわーぷりぷりやわー」
尻尾を振り振り歩く虎吉の後ろ姿を見て、目尻を下げながらグネグネする鈴音。
そちらに気を取られている間に、護衛達の足元へ虎吉が来ていた。
ハッと目を見張り、捕獲しなければ、と慌てて屈みかけた護衛は、視界一杯に広がる虎吉の顔に驚いた直後意識を手放した。
軽やかに飛び上がった虎吉の、それはそれは強烈な猫パンチを食らったからである。
通路の壁に頭からぶつかり崩れ落ちる同僚に驚く間もなく、もう一人の護衛も同じ運命を辿った。
「いっちょ上がりや。いや、二人やったから二丁か?まあええわ」
尻尾を立てて所謂ドヤ顔を決める虎吉と、何が起きたのか解らない大神官。
「虎ちゃんかっこいー!!よし、ほんならその大悪党一発殴って気絶さして……」
言いながら鈴音が一歩踏み出した時、辺りの天井部分から不気味な音と振動が響いた。
下からでは無く上から、地響きが聞こえる。
「え、待って?何この音。上からいう事は地震ちゃうやんね。まさか……」
「女神さんが暴れとるんちゃうか?」
さらりと答える虎吉に、両頬に手を当てて叫びのポーズを取った鈴音が慌てる。
「早ない!?キレんの早ない!?何やらかしたんよ人類ぃ」
慌てながらも大神官を足先でちょんと蹴って気絶させ、服の襟首側を掴んだ。
「ジェロディさん達大丈夫やろか」
「まあ、あの二人の事は気に入っとったみたいやし、大丈夫や思うけどなぁ」
暗に、他の奴らは知らん、と匂わせる虎吉を抱え大神官を引き摺りながら、鈴音は来た道を戻った。
大神殿前の広場で、ジェロディとカンドーレは呆然と立ち尽くしていた。
彼らの視線の先では、大神殿の門前に広がる街の一部が瓦礫と化している。
その瓦礫の中には軍が用意した攻城兵器も含まれていた。
悪夢の様な出来事を目の当たりにした人々と、瓦礫の山から這い出て来た兵士達は、皆揃って思考停止に陥る。
しかしそこへ、こみ上げる恐怖に耐え切れなくなった誰かのヒステリックな悲鳴が響いた途端、皆一斉に同様の反応を示し大混乱が起きた。
我に返ったジェロディとカンドーレ、彼らと考えを同じくする神官達が、声の限り落ち着けと叫んでも誰にも届かない。
人々が門へ殺到し将棋倒しの危険が高まる中、まるでそれを咎めるように天から何本もの雷が辺りへ降り注いだ。
薄暗い世界を切り裂くような雷光の眩さに、人々が再び動きを止める。
そこへ、議事堂の正面玄関から出て来た鈴音が、大神殿の門の外側から戻って来た。
空に浮かぶ竜と屋根の上の虹男、門に詰まる人々、逆側には壊れた街と兵士達。
右、左、と首を振ってそれらを確認した鈴音は、瞬きを繰り返してから叫ぶ。
「この短時間で……何をどないしたらこないなんねーーーん!!」
取り敢えず門に近寄り、金属の支柱を引っこ抜いて放り投げると、塀を殴って破壊し人々が通り易いように幅を広げた。
「はいどうぞ。通りたかったら通って下さいよ?私は中へ入りますけども」
大神官を引き摺りながら大神殿の敷地内へ入る鈴音を黙って見送った人々は、その背中が遠ざかるや否や一目散に逃げ出す。
ただ、皆が皆逃げられたわけではなく、何故か足が縺れたようにその場に転んで、動けなくなる者達がいた。
神官達だ。
よく見れば、大神殿の敷地外で同じように転んでいる神官達もいる。
竜の出現と同時に我先にと逃げていた、鈴音言うところの末端構成員達で間違い無い。
「コケとんのは、竜が自分達の神やと解りながら、逃げた奴らやね。いうことは、あっちでジェロディさんカンドーレさんと一緒に居る人らは真面目な神官さんかな?」
ズルズルと大神官を引き摺りつつ近付く鈴音に、ジェロディとカンドーレは安堵の表情を見せ、他の神官達は緊張で全身を強張らせた。
「ただいま戻りましたー」
笑顔で会釈する鈴音に、二人も微笑む。
「お帰りなさいませ。流石ですな」
「お帰りなさい鈴音さ……ん。捕まえたんですね」
視線を足元に向けた二人へ頷き、鈴音は大神官を皆の前に転がした。
「まずは大悪党その1確保。大悪党その2の国家元首も捕まえに行きたいんですけど、その前に。……何がありました?」
ジェロディ、カンドーレ、神官達、そして竜、と視線を巡らせ鈴音は首を傾げる。
顔を見合わせた皆は、どこか言い難そうに目を伏せた。
どう説明するか言葉を選んでいるようだ。
これでは埒が明かないな、と思った鈴音は大神殿の屋根を見る。
「虹男ー!ちょっと来て欲しいー!」
空いた右手をブンブン振って呼ぶと、革袋片手の虹男が優雅に飛んで来た。
ジェロディとカンドーレ以外の神官達が更に緊張する。
「おかえりー。なに?」
「ただいま。あんな、私があっち行った後、ここで何があったんか教えて?」
議事堂を指し、この場所を指して言う鈴音に、虹男は笑顔で頷く。
「その二人がみんなを落ち着かせようとして、この人達も一緒になって頑張ったんだけど、あっちで転んでる神官達がわーわー騒いで二つに割れちゃって、そしたら軍隊が来て妻に矢とか石とか撃つから、こっちのみんなが『そんな事しちゃ駄目だー』って庇ってくれたんだけど止まなくて、この人……えっと、カンドーレに矢が掠っちゃったら、妻が怒っちゃってドカーンてなったんだよ」
相変わらずの説明下手である。
まるで子供が母親に学校での出来事を伝えているかのようなそれを、子供も居ないのに鈴音はしっかり理解してみせた。
「“真面目神官ズ”と“生臭神官ズ”が口喧嘩みたいになってもて、竜が神なんかどうか、どっちの言う事が正しいんか、一般の人が迷てしもたんやね……そこへ軍が来てもうたんかぁ」
うんうん頷く鈴音を、初対面の神官達が『あの説明で解るの凄くない!?あと“ズ”って何?訛り?』という顔で見ている。
「仰る通り、私の力が及ばぬばかりに、人々を導く事が出来ませんでした。神の御力と、これ程の輝きを見せる神剣まで拝借しておきながら……」
「いいえ、神官でありながら神に背く愚か者達が悪いのです!」
肩を落とすジェロディの言葉を遮り、カンドーレや他の神官達が口々に何が起きたのかを語り始めた。




